17話 病み系愛が重過ぎるオトコの苦悩と葛藤(カナタ視点)


「契約解除ですと…?何故っ?」


 そこそこの格式がある食事処の卓を挟んで向かい合うのは

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす成金風の男だ。


「うちの商品は長年の定番人気で、そちらにとっても悪い取引ではなかったはずだ。


 …当代の商会長はまだまだお若いですからなぁ。

 先代ほど物の価値がお分かりにならないようで。」


 カナタを侮辱ぶじょくする様な物言いだが、

 当の彼は顔色一つ変えずに笑顔で対峙する。


「確かに…私は若輩者だということは否定しませんが、ね。

 残念ながら覆すことはありません」


「先代からの取引で、良い関係を築いていたのだよ。

 こんな一方的な通告、少々礼節に欠けるのではないか?納得のいくように説明して頂きたい」


「納得のいくように、ねぇ?」


 怒りで熱くなる男とは対照的に、底冷えするほど冷えた翠玉すいぎょくの瞳がスウッと細められた。


 コト。

 カナタは二つの繊細な宝石細工のペンダントをとりだし、男の前に置いた。


「こちらは、先代の頃の取引品で、もう片方が私の代になり納められたものです。

 さあ、貴殿ならどちらを買いますか?」


 テーブルの上のものを目にするなり、男の顔色が変わる。


「……!?」


「見た目は取り繕っているようだが、金細工も鍍金メッキ、使われている宝石も硝子玉の贋物にせものですね。

 先代の頃とは随分変わってしまったようです」


 こちらの男とは貴族階級向けの装飾品の取引をしていたが、度々このような粗悪品を掴まされていた。


「高貴な方の目に触れさせるわけにもいきません。

 私の商会に、貴殿はふさわしくない。」


 この理由でご理解いただけない理由の方が知りたいくらいだ。


「この……若造が…っ!」


 悔しげに奥歯を噛み締めながら、睨みつける男。


 ガンっ!


 椅子を蹴り上げる。


 普段の顔からは想像もつかない、冷酷な経営者の顔だ。


「先代が急逝し、何もわからぬ若造と思い粗利を稼ごうとしたんだろうが、あまりにもお粗末。

 私の目はそこまで節穴ではない。あまり、みくびらないでもらおうか」


「待って…ください!私は知らない!今回のことは部下の独断でやったことだ!


 以後なきようにしますので、全面的にきるのはご容赦願えませんか?このままではうちが…!」


「知らなかった、と。裏は取れているんですがね。

 まあ、どちらでもいいでしょう。私には関係のないことだ。

 そちらの経営が大きく傾いたとしても」


「しばらく様子を見ていましたが、全部の品ではない所がタチが悪い。


 このようなものを度々混ぜられては当商会の信用問題に関わるものでね。顧客に申し訳が立たないだろう。


 それに、私の貴殿に対する信用も地に落ちた。

 先代からの長きにわたる取引には感謝する。

 では、失礼」


 長台詞で決別の挨拶。

 にっこり微笑み相手に一礼するがその態度もかえって相手の怒りを煽る。


「……っ」


 真っ黒の憎悪の色がカナタに刺さるが、表には出さない。



「貴様…鬼か悪魔か!!」



 カツカツカツ、

 その場に男を残し踵を返して退室する。


 ・・・・・・・


 食事処を出て、男から離れるとようやく人心地つく。


「...疲れた。あまり気持ちのいいものではないな、こういう仕事は」


 悪意を向けられる仕事は必要以上に消耗する。


 火急にこなさないとならない案件は全て済んだので、

 すぐにでも2人に合流したく、リュートからの通信があったあたりに足を運ぶ。



「ハナはどこにいるだろう?

 リュート君が一緒だから逃げるってことはないでしょうが」



 …多分、何も言わずに去ることはない、だろう。


 昨日が1番の逃走チャンスだっただろうが、『色』に当てられたカナタを見捨てずに助け、


 厄介な相手と出会したあの時だって.

 逃げようと思えば逃げ出せただろう。


 なのに、彼女はここにいる。


(少しくらい自惚れてもいいだろうか。)



 沢山の悪意と好意の極彩色ごくさいしょく入り混じる中、

 彼女だけを見ていれば呼吸ができた。

 


 玻璃はりの花、硝子水晶のように、透明な花。

 彼女の魂の『色』は無色透明で、とても綺麗だ。


 その「色の形」は他人より小さい透明な花を象っている。


 感情の色は凪ぎた水面のようで。

(彼女の隣は、居心地がいい。)


 望もうが望まないが他人の感情が『色』として流れてきてしまうカナタにとっては唯一の救いだった。



(もし、彼女が本気で誰かを愛したら

 玻璃はりの花はどんな風に、輝くのだろうか。)



「その相手は、私でありたい」



 ハナキの記憶に無くても、一途に抱き続けたこの思いは色褪いろあせず

 カナタの行動のいしずえになっている。



 しかし自分は大変不甲斐ふがいなく。

 今朝のやりとりを思い出して、

 カナタの眉間に、深いしわがよる。


 思い起こすのはリュートの事で。



 ーー「余裕がない男はかっこわるいよ~」


「よーし!善は急げだね!

 ハルちゃんはこの箱をどうぞ」



 リュートの行動は間違いなく最適解だ。

 多忙なカナタをカバーし、彼女を守ってくれている。


(…カッコ悪いな、確かに)



 理解も感謝もしている。

 そこに折り合いがつかないのはカナタの

 感情きもちだけで。



(できるなら、いっそ……)


(全てを遮断とざして隔離かくして

 私とあなただけの世界で

 咲かせられたらどんなにいいか)



 翠玉エメラルドの瞳の光が失せて、虚空こくうを映す。



 おのが内から溢れる劣情を、

 紙一重の狂気は

 できるなら彼女には気取られぬよう包み隠しておきたい。


「厄介だな……」

「今は一刻も早く、ハナに会いたい」


 ここ界隈で暇潰してぷらついているとは聞いていたので遠からず会えるはず。


「!」


 少し先の、女物の装飾品を扱う店の中に

 見える薄桃色の髪の探し人の姿。


 一秒でも早く逢いたくて。

 自然と歩幅も大きくなる。


 店先まで足を運んだところで……


「あれは………」


 それ以上は海泥の海藻に絡め取られたように、動かない。


 視線の先にはハナキとリュート。

 意中の人がそこにいるのに。


 店の中で楽しそうに笑い合う2人。


 ハナキの髪に触れて、髪飾りを選んでいるのか、あれやこれとあてがっているリュートに憎悪の念を抱いてしまう。



(私のハナに触れるな)


(リュート君とあんなに楽しそうに過ごしていたなんて)


(私といるより、彼との方が好きなのでは…)



 そもそも、カナタは無理に縛り付けているだけで彼女の心はまだ手に入れられてない。

 怒るのはお門違いなのは承知の上だ。


 だからこそ、どんどん疑心暗鬼ぎしんあんきになる。


 リュートに他意はない。 『色』が証明している。


 ないはずだけど。

 許せない。

 理屈じゃない。


 嫉妬という名の醜い感情が際限なく湧き出てくるのが止められないでいた。


「そうだ」


 仄暗ほのぐらい光がカナタの瞳に宿り、その思いつきにニッ、と口角を上げる。


 2人に声をかけるでもなく、静かにその場から背を向けて遠ざかっていく。


 その後ろ姿からは不穏な気配を漂わせていたのを、彼が近くまで来ていたことも、ハナキもリュートも気づけなかった。

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