翠玉の章 13話 わんこ的可愛いと思ったけど、やっぱりカナタはカナタだった件


 ホテルに入ると思いきや、先程来た道を引き返しているようだ。

 無言で引っ張られていく私。

 掴まれた手がちょっと痛い。

 カナタがご機嫌斜めなのは広い背中が語っていた。


「あのー、カナタさん」


「………なんですか?」


「なにがお気に召さなかったのでしょうか…?ちょっと怖いんだけど…」


 スイーツに泣く泣く別れを告げた私のほうが怒ってもいいんじゃないか。


 と、思わないこともないが

 虎の尾を踏みたくないので下手に出て尋ねると


「………すみません。

 私の都合であなたを振り回しているのに。配慮が足りな過ぎました」


「えっ?何のこと…」


 カナタの歩調が緩まり、私の横に並んだ。


「……第一に行くのは服飾店だった。

 ハナにあんな顔させずに済んだ」


「カナタ…」

 そんな風に思ってくれてたんだ。


 色々重なって無理できなかったのはあるのでそんなに気にしないでもらいたい。


「リュート君はこういうところはスマートだ。認めたくはありませんが…」


 バツが悪そうに目を逸らしながらも


「私の不甲斐なさに呆れてしまったというか…存外嫉妬深いというか、その…」


「……ふっ、ふふふ」


 しゅん、と耳を垂れた大型犬わんこがカナタと重なって見えて、

 つい、笑ってしまう。


「…笑わないでください」

 たまに見せる少年のような顔。

 いつもの雰囲気と違って、


「なんか、かわいい」


「!?」

 思わず出てしまった言葉に、カナタは目を見張り私を凝視する。


「私がかわいいって…かわいいのはあなたでしょう」


 口元を押さえて拗ねたように呟くカナタの耳が赤い。


 おお、大変珍しいものを見た。


「ふふっ、カナタ、耳赤い」

 いつもの意趣返しのつもりだった。

 軽い気持ちの。


「………人の気も知らないで、煽るな…」


 私を引き寄せて、肩を抱く。

 そして、流れる様な所作で掠めるように耳にキスをする。


「ちょ…!人前!!」

「人前でなければいいですか?」

「そーいう問題じゃない!」

「そうですか、残念です」


 ベリっと引き剥がすようにカナタから逃れ抗議するが、


「ハナ、耳赤い。本当…かわい…」


 これでおあいこですね、と大変良い笑顔でやり込められてしまった。


「……やっぱ……かわいくない」

「ふふっ、光栄ですね」


 そんなやり取りをしながらホテルの正門を出ようとしたところで、



「やあ、イグニード卿ではないか?」

 身なりの立派な細身の男性が、少し先から手を挙げてこちらに近づいてきていた。


「ちっ、不粋な」


 心底嫌そうに顔を歪めたが、すぐにビジネススマイルを浮かべるカナタ。

 そして自分の上着を脱ぎ、私に羽織らせる。


「ハナ、すみませんが部屋に戻っていてください。面倒な方と出会でくわしました。」


「ご無沙汰しています、閣下」


 そう耳打ちし、私を隠す様に立つカナタ。

 私は頷くと、そのままきびすを返し、場を離れる。


 不自然にならない程度に速足で離れたたので

 男性との会話は聞こえないが、

 不躾な視線は背中に刺さる。


(気にしない気にしない)

 カナタの上着をギュッと握る。

 ふんわりと香るカナタの匂いで思考が紛れるが


 妙に落ち着かない心地でエントランスへ向かうのだった。

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