翠玉の章 8話 届かないノスタルジィ
尻込みしつつ踏み込んだ部屋は、
私が想像していたホテルの部屋とは別次元のものだった。
(部屋って言うか、おうちだよね??)
「適当にくつろいでくれて構いませんよ。足りないものがあったら遠慮なく言って欲しい。そのまま連れて来てしまったからね」
「ありがとう。元々荷物これしかないし大丈夫」
リュック一つが全財産だ。
「ここは旅先ですか?」
「いや、私根無草だし。足つかないように定期的に動いてるんだ」
「そうでしたか、どおりで…」
1人納得したように、カナタ。
(適当にくつろげと言われても…)
キョロキョロ、周りを見渡してみる。
想像以上に広く豪華な客室にインテリア。
土足で歩くのは申し訳ないような、毛足の長いフカフカの絨毯。
うっかり汚したらどうしよう、とどうにも落ち着かない。
とりあえず、ソファに腰を落としてみる。
ポヨンポヨン、弾んで楽しい。
このフロアには2組分の貴賓室しかなく、カナタとリュートの貸切らしく、他に人の気配は感じない。
「こんな部屋に長期滞在…信じられない」
広々としたリビング、ダイニング、ベッドルーム、2箇所あるバスルームに加え奥にもう1室ゲストルームがついている。
ロビー同様、けばけばしさのない上品な調度品の部屋だった。
(こんなに広いお部屋なのに、2人はなんで別々の部屋取るんだろう?)
不思議だ。
各々がスイートルームに滞在していた。
カナタ曰く、リュートの部屋の方が広く格が上だと言っていたが。
2人してどれだけお金持ちなんだか…考えると目眩がしそうだ。
「私1人だと少し広すぎるかと思いましたが、あなたがいるならちょうどよかった。
奥の部屋、鍵もかかるし使っていないからそこをどうぞ」
「ありがとう。なんだか広すぎて落ち着かない…バスルームでちょうどいいくらいだよ」
「ははっ、そういえば昔から狭いところががお好きでしたね。でも、慣れて下さい」
昔からの友人のように笑いかけるカナタに私は違和感を覚える。
「…?うん、確かに狭いところは好きだけど…カナタに会ったのは今日が初めましてだよね?」
「そう…でしたね、あなたにとっては」
一気に空気が凍る。
そして、カナタは少し悲しそうに笑った。
「?」
「ハ…あなたの今日の逃走ルートが狭い道ばかり選ぶから、好きなのかと」
「それは好きとか関係なくない!?
てか、先回りされるなんて本当に驚いたよ…
私、今まで捕まったことなかったし」
「ははっ、嫌な道ばかり選ぶから撒かれそうでしたよ。
私は学生時代はこの街で過ごしたので、あの界隈は詳しいんです」
街歩きが趣味でね、とカナタ。
「さ、今日は遅いしゆっくり休むといい。
私はまだ仕事があるので込み入った話はまた明日にでも」
「あ、うん。わかった、ありがとう」
「念のため言っておきますが、窓から逃げたりは考えない方がいいですよ。
セキュリティもしっかりしているし、ここは最上階です。」
「だが、もし怪しい動きを見せたら…困ります。四六時中、見張ってないとなりませんから。
もちろん私のベッドで抱きしめて眠らないと、ね?」
「お、おやすみなさーい!」
邪悪な笑顔のカナタに見送られながら、冷や汗をかきつつ私は部屋に逃げ込むのだった。
「やっと見つけた。変わらない
あなたは何も、覚えていないのか…ハナ…」
拳を握り締め、悲しいも悔しいもないまぜになった表情で、つぶやいた。
・・・・・・
「なんか、変なことになっちゃったなぁ」
どうもカナタの意図はわからないし
本当はなにがしたいのか。
(あれはなんだったんだろ?
昔の私を、知っている…ような)
一瞬、夢の『彼』が頭を過る。
「まさか、ね」
思い出したいのに、あの日以前の記憶はやはり真っ黒だ。
知れたらいいのに。
そうしたら、あんな顔させないで済んだのだろうか。
今日一日の出来事を反芻する。
「…恥ずかしいことを思い出してしまった。
見た目だけはかっこいいんだけどなぁ…」
散々な目に遭わされた昼間の出来事をフラッシュバックし、一人感情が忙しい。
「発言がいちいち物騒なんだよね~、もう…
」
ぽすん、とフカフカのベッドに横になると
私の意識は、
ゆらりゆらりと夢の世界に沈んでいく。
「考えなきゃいけないこと、あるけど…眠い…」
「まぁ…いーか…」
壁1枚隔てた私たちは
それぞれの想いを巡らせて、
それぞれの夜を超えていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます