翠玉の章 6話 選択できない選択肢って、意味ある? 前編

「…えーっと……」


今はもうすっかり日も落ちて、広々としたエントランスに柔らかな灯りが灯る。


今まで縁がなかった場所に縮こまってしまう。


上質な調度品。思い思いに過ごしている上品な方々。

別世界をのぞいてみるみたいだ。


よく言えば多国籍で賑やかな都市だったが、ここでは外界の喧騒とは無縁のゆったりとした時間が流れている。


そんなラグジュアリー感が半端ない空間に

先ほどの逃走劇のすったもんだで

薄汚れた身なりの女が迷い込んでいる。


「私1人、場違い感が半端ない…」


「顎が落ちそうです.間抜け顔ですよ、お嬢さん」

「いや…なにが起きているのか頭がついてかないだけですよ」

失礼だなぁ、と思いながらも返答する。


「そりゃあ、戸惑うのは仕方ないよね!

いきなりこんなとこに連れてこられてさ~。

まさかカナタがそんなことするタイプだとは思わなかったよ~」


底抜けに明るいカナタの美貌の友人、リュートが、ヘラヘラっと会話に入ってくる。


「どんなタイプだとお思いですか?リュート君」


「うーん、とりあえず出会ったばかりの女の子を無理くり攫って

ホテルに連れ込んだりするのは、意外過ぎるほど意外だなーって」


顎に手をやりうんうん、と大袈裟にジェスチャーする。


「それは些か外聞が悪すぎませんか…?」


「いや、リュートの言う通りだと思うけど…」

思わず本音がポロリする。


「…地下牢は、この時期はまだ冷えますね?」

笑顔だけど、笑ってないやつ。


「いえいえ!私は優しい紳士に拾われて幸せだなー」


リズムよく返答を返していると、

興味深げに紫水晶アメジストの瞳を細め、声を上げて笑い出すリュート。


「あははは!キミ面白いね~!…しばらく退屈しないですみそうだ。

カナタが仕事の時は、僕はフラフラしてるからさ~かまってよ!」


「フラフラって・・・」


「僕は今休暇中なの。人生の、ヴァカンスってやつ?

カナタは商談でここにくるって聞いたからさ、仕事押し付けてついて来ちゃった♪

カナタ一人で寂しいかなーと思ってね。僕の優しさ?」


「頼んでいませんが…。サボる理由に私をダシに使っただけじゃないですか」


「そんなことないよ~、僕はこう見えても忙しい身の上なんだから。

友情に厚い、いい男だと思ってね、ハルちゃん」


「なんか…そこはかとなくダメな匂いがしているね、リュート」

薄々、そんな気はしていた。


「そうでしょう?」

「そんなっひど~いっ!!」


僕はカナタほどはっちゃけてないよ?と前おきして


「ううっ、ハルちゃん…不憫なっ!

そこのムッツリ紳士に変なことされそうになったら大声で叫ぶんだよ!」


「あなたにだけは言われたくないな…」


「あはは…」

乾いた笑いしか出ない。



とりあえず、私は今この街で1、2を争う高級ホテルに連れてこられていた。


カナタとリュートの滞在先、のようだが

何故このようなことになっているかというと。


時は少し遡る…


・・・・・・


心臓に悪い捕物劇を繰り広げた裏路地から出て、できれば1人で来たかった大通りに出た。


カナタに手を繋がれて。


「子供じゃ無いんだから1人で歩けるよ。

手、離して。もう逃げないからさ」


「駄目。あなたの『逃げない』は信用できない」


「逃げたいけど、多分カナタからは逃げ切れる気がしないよ」


(地獄の果てまで追って来そう…)

ものすごい執念の追走を見せつけられ、さすがの私も心が折れた。


「ご理解いただけて光栄です。これ以上手荒な真似はしたくありませんから」


「…噛んだくせに」

ボソッと呟き鼻先を抑える私。


「ふふっ。なかなか紳士的振舞いだったでしょう?」


「どの口が言う…」


「まぁ、もう逃さないから諦めてくださいね?」


極上の笑顔のカナタ。大変上機嫌である。


(とんでもない人をターゲットにしちゃったよ…)


とほほ、と肩を落としながら売られる子牛の気分で手を引かれていった。



あの後、

カナタは私を捕まえてどうするのかと思ったら

衛兵に突き出すつもりではなかったらしい。


(…『らしい?』のか?)

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