第39話 大きくなるもの

慣れというのはすごいものだ。

一日中ご飯を食べ続ける生活にも慣れ、私のお腹はすっかり大きくなった。

今では体の中で赤ちゃんが動いているのが分かるし、声を掛けたら反応することだってある。

フウカさんは初めての自分の子供に興味津々で私のお腹に何度も耳を当てて、中の子供が動く度にキャーキャー騒ぐ。

それも、かなりの頻度かつここ最近ずっと…


「サユリさんサユリさん!」

「分かってるよ。また動いたね」


口を開けばその話。

まったくよく飽きないものだね。

とまあ、そんなフウカさんはさておき、木仙と真面目な会話をする。


「もう30日経つけど生まれないよね?」

「子供なぞそんな物じゃ。いつ生まれるかなど分かったものではなく、予想は予想でしかない」

「どんな子が生まれるのかな?私に似て美しい女の子が生まれたり?」

「どのような子供であれ、母の悪いところを見習ってフウカ様のようにならない事を願うばかりですな」

「むっ…またばあやがそんなひどい事を…」

「当然じゃ。何十回同じ話をしておると思っているのじゃ。よく飽きないものじゃのう、サユリ様は」


…どうやら私も人の事は言えないらしい。

まあ、似たもの夫婦なところが私達のいいところだし、これからも変わる事は無いだろうね。

お腹とフウカさんの頭を撫でながら微笑む。


…でも、やっぱり不安になってしまう。


「大丈夫ですよ。世間の母親も同じことを考えて子を産みます。私のお母様も、サユリさんのお母様も」

「でも…私なんかに母親なんて務まるかな?そもそも私はこの子を無事に産めるのか…」


日々大きくなっていくのはお腹だけじゃない。

母親としてやっていけるだろうか?

この子を無事に産むことが出来るだろうか?

そんな不安が日を追うごとに大きくなり、流石の私でもストレスでご飯が喉を通らなくなることもあった。


それだけじゃない。

たまに大皇様が私の様子を見に来るんだ。

仕事が終わって空いた時間とか、私の容体がよくないときとか、子供の成長が感じられたときとか。

別にセクハラされるわけでも嫁いびりを受けてる訳でもないけど…それでも大皇様に見られるのは小さくない私のストレス。

何が酷いかって、大皇様が来るときに来るあの老害共。

あの野郎、私の事をまるで化け物を見るような目で見て来るんだ。

一回本気で切れて大皇様の前で怒鳴った事があったけど、そいつが来なくなっただけで他のやつも似たような感じだから腹立つ。


…駄目だ、こんなこと考えてたらストレスでお腹の子に悪影響を及ぼす。

落ち着け私。


「不安なら私が抱きしめて…それもダメでしょうか?」

「生憎と今はそういう気分じゃないの。出来ることなら夢の世界に連れて行ってほしい」

「駄目ですぞサユリ様。そうしてすぐに夢の世界に逃げ、帰ってこないではないか」

「だって…」


最近の私の憩いの場である夢の世界。

夢の世界に居る間はなんでも出来るし、何もしなくて良い。

だから頻繁にお昼寝をして夢の世界でフウカさんと遊んでる。

木仙もその事はお見通しだから寝ようとすると怒られるんだよね。

現実から目を逸らすなって。


はぁ〜…マタニティーブルーって言葉は聞いたことはあるけど、結構心に来るなぁ…

後どれくらいこの生活が続くのやら。

でもまあ1ヶ月経ったし、そろそろ生まれてもいいはず。

この生活ももうすぐ終わりだ。

そうしたら…またフウカさんとのいつも通りの生活が待ってる。


育児?

私はほとんど参加できないらしいよ?

木仙みたいな世話係が育児の殆どをやって、たまに私に会いに来るくらい。

だから私は母親の役目というよりも、フウカさんの婚約者としての役目を求めらえる。

つまり、今まで通り仲良く愛し合ってればいいって事。


「…そう言えばこの子って誰がお世話するの?」


少し気になって木仙に聞いてみる。


「基本的には我の弟子が世話係になる予定じゃ。中央のクソガキ共の言いなりにならん頼れる奴を選んでおるから安心せい」

「中央の…?」

「私達が老人と呼ぶ者たちですよ。ばあやからすれば皆子供なんです」

「流石3000歳越えのババ――大妖怪だね」

「我の耳は誤魔化せんぞ?出産が終われば鍛錬を再開する。覚悟しておくのじゃな、サユリ様」

「大人気ないなぁ…」


ちょっといじったら本気で怒られた。

やっぱり木仙に年齢の話題は禁句だね。

私もいつかその気持ちが分かるようになるのかなッ!?


「う、ぐっ…!!」

「サユリさん!?」

「この状況でじゃと!?おい!すぐに言っていたものを用意せよ!!」


猛烈な痛みに襲われ、私は持っていた箸意を落としてしまう。

すぐに何かを理解した木仙は侍女に必要な道具の準備をさせ、すぐに私の隣に駆け寄ってきて服の帯を緩める。


「フウカ様。悪いがサユリ様が掴まれるようにそこを動かないで下され!!」

「もちろんです!頑張ってください、サユリさん!」


私の手を握って励ましてくるフウカさん。

こういう時こそ神通力で痛みを和らげてほしいところだけど、そう言うことはあんまりしてくれない。


フウカさんを頼ることは諦め、必死にしがみついて強い精神力で痛みをこらえる。

幸いまだ私の力だけで耐えられる。

でも…痛い。

出産の痛みを表現する言葉は沢山あるけど…ここまでとは――!!

これなら以前のように意識を奪ってほしいけど…それをしたら出産に悪影響があるかもしれない。

そう考えると、やっぱり私が耐えるしかないんだ。


多くの侍女と、空気をピリ着かせる護衛。

必死の形相で作業を進める木仙に、何とか私の支えになろうとするフウカさん。

そして、いつの間にか集まってきた観衆。

私は沢山の人に見守られている。

そんな中で私は耐えて耐えて耐えて……



――部屋に元気な赤子の泣き声が響いた。

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