第38話 妊娠
「…お腹空いた」
「またか…全く一日に何食べるつもりじゃ?」
「仕方ないじゃん。食べないとお腹の子が死んじゃうんだからさ」
フウカさんとの子供を持ってから3日。
ようやく生活が安定し、普通に過ごせるようになった。
フウカさんが子供の成長を十五倍にしたせいで栄養が十五倍の速度で消費される。
その結果、私は常に何か食べていいないと栄養失調になって私かお腹の中の子が死ぬという恐ろしい状況に陥っている。
「よく食べますね。今日は何杯目ですか?」
「そんなの数えてないよ。全く他人事みたいに言っちゃってさ?」
私をこんな状況に追い込んだ本人がふざけたことを言う。
もう数十杯は玄米ご飯を食べているし、魚なんて何匹食べたか分からない。
私の食事だけでこの屋敷で働いてる全員分の食料が無くなりそうな勢いだ。
そんなに食べて消化吸収できるのかという話だけど…そこはフウカさんの『千変万化』で何とかしてる。
強引に消化吸収を強化し、排泄物は勝手に何処かへ飛んでいく。
…お尻から出てくる前に、大腸内で転移して本当に何処かへ消えちゃうんだ。
凄い不思議。
「サユリさん。お水もしっかり飲んでくださいね?」
「分かってるよ。ご飯お替り」
「もう少ししっかり噛んで、味わって食べてほしいですな」
「正直そんなことしてる暇があったら、もっと量を食べたい」
今はほとんど味付けされてない料理しか食べられてない。
私からの要望で、五大栄養素が十分に取れるだけの味付けとか全く関係ない料理だけほしい。
とにかく栄養素がたくさん含まれていたらそれでいい。
そんな物ばかり食べてる。
「…でも流石に眠い。もう三日寝ずにご飯食べてるんだよ?」
「睡眠しながらでも勝手に咀嚼できるようにしましょうか?」
「何それキモ…」
「ですが寝ずにというのも大変でしょう?」
「…分かった。今夜はそれでお願い」
ついに寝ていても食べられるようになった。
『千変万化』って本当に何でもありだよね。
「…ちなみにじゃが、夜寝ているあいだ誰が食べさせるんじゃ?」
「木仙」
「ばあや」
「はぁ…」
呆れた様子で目を手で覆う木仙。
最近私関係の仕事で休めていないせいか、目元に隈ができてるからね。
そろそろ休みたいんだろう。
大変なら他の侍女とかにでも任せればいいのに。
「睡眠は大事じゃ。寝ている間の面倒は見てやろう。じゃから今日はぐっすり寝ること」
「ふふっ。最近はお腹の子の事でいっぱいいっぱいでしたし、夢の中では…」
「フウカ様。それも無しじゃ」
「そんな!?」
悲しそうな顔をするフウカさん。
最近確かにご無沙汰だったから、たまには羽目を外したいところではあるけれど…しっかりと休養を取るために夢の中でも無しと言われてしまった。
…フウカさんが1ヶ月で子供が生まれるなんてとんでもない事をしなければこうはならなかったから、私は味方しないよ。
むしろ神通力を使ってまでとにかくご飯を食べないといけない生活の苦しさを味わってほしい。
「夜通し世話をするとなると流石に疲れる。我は仮眠を取らせてもらう」
「ええ。サユリさんの為にしっかり休んでください」
「ならばフウカ様は大皇様のところへ行き、輸送する食糧の桁を増やすよう頼んできてくだされ。あと、信用できる料理人を連れてくるのも頼みますぞ」
「なっ!?」
木仙は夜に向けて仮眠を取りに部屋へ。
フウカさんは木仙からのおつかいで大皇様のところへ。
名残惜しそうに私の手を握って上目遣いをしたフウカさんは、渋々転移の術を使って目的を果たしに行った。
部屋に残された私は、数人の侍女と護衛に見られながらご飯を食べる。
基本みんな顔見知りで、普通におしゃべりも出来るけど…ご飯を食べながら話すのははしたない。
相手がフウカさんや木仙ならまだしも、侍女じゃなぁ…
これでも私は王族の婚約者、いわゆる妃と言うやつなんだから、そのくらいの恥じらいや心構えというものがある。
特におしゃべりはせずご飯を食べ続け、静かに過ごした。
◇◇◇
夜
「全く…何故我がこんな事を…」
気持ちよさそうに眠りながら口をパクパクさせるサユリ様の口の中に、玄米運んでいいく。
フウカ様が余計な事をしなければ…いや、それはもう何度も言ったか。
いつまでもグチグチ言っても仕方がないとはいえ…文句の一つや二つ。
三つ四つ五つ六つ。
言いたくなるのは当然の事。
「料理人も大変じゃな…こんな夜中まで働かねばならんとは。適当な食事でも構わんのが救いじゃろうが…少し見て来るか」
分身の術を使い、作り出した分身を厨房へ向かわせる。
何度も通ってきた廊下を歩いた先の厨房は、夜だというに昼のように明るい。
誰かが照明の術を使っているのか、業務に環境的な弊害はなさそうだ。
「はあ、後どれだけ働かされるんだ…」
「知るかよ。茹でた野菜と焼いただけの肉、白くない米を食わせるだけで満足してる今に感謝しとけ」
「姫様の無茶苦茶には困ったものだぜまったく…」
料理人もかなり疲れているな…一応フウカ様が大皇様に料理人を派遣するように頼んできてはくれているが、その料理人は果たして信用できるのか?
「フウカ様の無茶ぶりは今に始まった話でもなかろう」
「っ!?」
「せ、仙狐様!?」
我が声を掛けると料理人たちは震えあがって真面目に料理に取り掛かる。
…やることなど大してないはずだろうし、真面目に働いているフリだな。
「あの方は昔から変わらん。ずっと前からこうじゃ。我は慣れたものじゃが…おぬしらは今が一番苦しいであろうな」
「い、いえ。そのようなことは…」
「別に責めてはおらんよ。お前たちを労いに来た」
「そ、そうでしたか…」
「お前たちは交代で働いておるのか?それとも一日中か?」
一日中働いているのなら休ませねばならない。
場合によっては我が分身を使えば夜間の食事の用意くらい何とかなる。
昼には侍女や護衛の者の食事も作ってもらわねば困るからな。
「交代で働いているのでそれほど疲れてはいません…ですが仙狐様は――」
「我の事は構わん。休息はそれなりに取っておるからの」
我が働き詰めなのはこのような料理人さえ知るところか…
やれやれ…これでは労いに来た意味がないな。
まるで嫌味を言いに来たみたいではないか。
「…その、一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか」
「ん?なんじゃ?」
厨房から去ろうとすると、最も若そうな料理人が話しかけてきた。
「姫様と妃様の子は…本当に生まれるのですか?」
…もっともな質問だな。
我とて今でも半信半疑。
じゃがそれでも神通力で調べれば確かに赤子の反応があり、すくすくと信じられぬ速度で成長している。
おそらくは生まれるだろう。
生まれてくる子供がどんなものかはさておきだが…
「ああ、生まれるじゃろう。おそらくは、な…」
そう言って厨房を去ると分身を解除してサユリ様の食事へ専念する。
このまま何事もなくお腹を育でててくれるように。
元気な赤子を抱けるように。
「頑張ってくだされ、サユリ様」
気持ちよさそうに眠りながら玄米を食べるサユリ様を見て、何故だか笑みがこぼれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます