第29話 人と妖
高校生にもなれば、ほとんど大人と一緒。
なんだったら、今は18歳から成人だからそれは間違ってない。
…でも、大の大人とまだ学生の私では力に差がある。
何よりお父さんとお母さんを傷付けたくない私は本気で抵抗することが出来ず、渋々車に乗って大人しくしていた。
「ねえ沙友理。今はなんともない?」
「元々害のあるものじゃないから大丈夫だって。…だから懐中電灯で照らすのをやめてくれないかな?お母さん」
「心配なのよ…あの影がまた出て来たらって…」
私は車にあった懐中電灯で照らされている。
フウカさんの影が出てくるのが相当怖かったみたいでこういう事をしてるみたいだけど…懐中電灯が影を作ってるからずっとフウカさんの手が私の背中に張り付いてるのは黙っておこう。
「と言うかこんな時間にお寺なんて開いてるの?」
「あそこには知り合いの住職が居る。その人に頼むつもりだ。だからもう少し大人しくしててくれ、沙友理」
「いや、だから悪い人じゃないんだって。それにフウカさんは私の婚約者で――」
「少し黙るんだ!!」
怒られた…
お母さんも私の手を握って真剣な表情で首を振ってるし、一旦説得は諦めよう。
(ごめんなさい。お父さん達の説得は難しそう)
『大丈夫ですよ。こうなる事はある程度予想出来てましたから』
(お父さん、寺に行くって言ってたけど…婚姻の証が解除されるなんてことは……)
『出来るものならやってみろ、とだけ言っておきましょう。…しかし、寺は少々面倒ですね。サユリさん。天界に目を付けられる覚悟はありますか?』
(今更だよ。それに、天界とか神様が怖かったらこんな事してないもん)
お父さんとお母さんに話すと決めた時、フウカさんは私に天界と事を構える覚悟をしたほうが良いと言っていた。
今までは私が半ば騙される形で結んでいた婚姻の証。
それを受け入れ、家族に説明して本格的に嫁に入ると言うことは、人間を捨てる事。
そうなれば、人間界と霊界の接触を避けようとする天界は私を霊界へと送り込むつもりらしい。
家族以外の人間から、私の記憶を奪って…
(寺って仏教の建物だから、仏様の加護があって妖怪とは相性が悪いとかあるんですか?)
『余程の大寺院ならあるでしょうね。しかし、街のお寺くらいの規模でしたら加護なんてあってないようなものですよ。…ただし、神聖な領域であることに変わりはありませんので、なにか問題を起こせばすぐに天界が干渉してくるでしょう。極力、言葉で乗り切ってください』
(努力するよ。…まあ、そう簡単に行かない気がするけどね)
『私もそう思います。ばあやが人間界への移動を阻害する結界を破壊する準備をしていますので、最悪の場合それまで耐えてください』
(分かった)
影を通してフウカさんと会話する。
念話は封じられてるけど、こういう方法でなら距離があっても会話できるみたい。
でも、これも後どれくらい使えるかは天界の気分次第らしい。
だから極力会話しないようにしながら待機していると、お寺に着いた。
車から引きずり降ろされた私は、お寺の門をくぐった瞬間全身に寒気が走る。
(これは…?)
『霊界に来すぎた弊害でしょうね。私達からすればお寺や神社の敷地は敵地そのもの。その領域に踏み込むだけで嫌な気配が背筋を伝うのです。サユリさんも霊界に何度も来たせいで妖の力が溜まっていたのでしょう』
(害があったり…?)
『本来は害あるものを洗浄する力なので、全くありませんよ』
無害なら問題ないね。
普通にどっしりと構えて居ればいいや。
そんな事を考えていると、フウカさんが切羽詰まった様子で話しかけてくる。
『すいません。一旦影を離します』
(え?うん)
何かあったのかもしれない。
でも、それを聞く前に一方的に影を離されて会話ができなくなってしまったから、何があったかは分からない。
…まあ、私はフウカさんを信じてる。
フウカさんなら何かあっても助けに来てくれる。
そう信じて、お父さんに連れられてお寺の住職さんの家の前まで来た。
お父さんがインターホンを鳴らすと、しばらくして坊主頭の男性が現れた。
「こんな時間に何かありましたか?」
「娘が化け物に憑かれてるんだ!!」
「化け物じゃなくて妖狐。あと、憑かれてはないよ」
「沙友理は黙って待ってろ!!」
…全然人の話を聞かないじゃん。
まあ、この人がどうこうした所でなんともならないし、大人しくしておこう。
そのほうが怒られなくて済むし。
住職さんは慌てるお父さんを落ち着かせながら一通り話を聞くと、私たちを連れてお寺の中へ入る。
そこで改めて私に目を向けてきた。
「……さっき妖狐と言っていたね?それは本当かい?」
「嘘をついてると思う?」
「いいや。確かに狐の気配を感じる」
「やっぱりか…娘は大丈夫なのか!?」
「落ち着きなさい。それをこれから調べるから、お茶でも飲んで心の平静を保ちましょう」
住職さんがお父さん達にお茶を勧めると、住職さんと同じくらいの歳の女性が緑茶を持ってきた。
とってもいい匂いがする。
そんな事を考えていると、数珠を持った手で私の額に触れる住職さん。
今度は頬に手を当て、次に両肩に手を置いてくる。
こんな病院の検診みたいなやり方するんだ……
「狐の気配を感じる以外は問題ない、か……まあ、1番の問題は…」
「これが何か分かるの?」
「分からない。だけど、私ではどうにもならない術である事は分かる」
フウカさんの言っていた事は本当なんだね。
…まあ、解除することを想定していない契約みたいだし、そりゃあ当然と言えば当然だけど。
「沙友理は…娘は助からないのか…?」
「…これが悪いモノなら、助からない。君はこれが何か知っているのかい?」
「うん。知ってる」
目を細め、じっと私の手の甲を見つめる住職さん。
そして、視線で私に説明を求めてきた。
私は少し洒落た説明をしようと、お父さんとお母さんを呼ぶ。
そして、2人の左手を――正確には薬指を指さして話す。
「これは婚姻の証。絶対に外せない結婚指輪みたいなものだよ」
「絶対に外せない、か…」
「でも、話を聞く限り婚姻の証は消せるし、この契約は破棄できるらしい。現実的じゃないけど」
そう話した瞬間、後ろから勢いよくお父さんに捕まれた。
「なんとかなるのか!?」
「ちょっと!揺らさないで!!」
私の身体を揺らして必死に問いかけてくるお父さん。
お母さんに諌められて一旦は落ち着いたけど…話したらまた興奮するんだろうね。
「解除はできる。でも、解除には寿命を使うらしい」
「寿命…」
「しかも、500年分。足りない分は両親や祖父母、或いは親戚まで寿命が削られるらしいよ」
「そんな…」
お母さんは口に手を当てて絶望したような表情をする。
お父さんは真っ赤な顔で肩を震わせているが、怒鳴っては来ない。
私としてもそっちのほうが都合がいいから住職さんと話を再開する。
「私は何もされてない。…いや、コレは何かされたに入るのかもしれないけど、コレを嫌だとは思わない」
「そうか…けれど、見逃すわけにはいかない」
「やめたほうが良いよ。住職さんにとっても良いことはないし、私も困る」
妙な真似をすればフウカさんが許さない。
それは住職さんにとって良いものではないし、私もフウカさんが人間界で人相手に神通力を使うとなるとタダじゃ済まない。
フウカさんと離れ離れになるのは嫌だ。
だから、余計な事はしてほしくないんだけど…
「とりあえず、こっちにおいで。お堂でなんとかしてみよう」
「……これは最後の警告。余計な事はしないで」
「そうかい。これでも住職を務めてきた。手は尽くしてから諦めさせてくれないか、な…」
住職さんの表情がみるみる青くなっていく。
警告の意味が伝わったのか、後ろで感じるフウカさんの力のせいか…
「さっき最後って言ったけど、もう一度警告してあげる。余計な事はしないで」
「……分かった。しかし、こんなモノを野放しにするわけにはいかない。悪いけど、しばらくこのお寺から出ないでもらえるかな?」
「う〜ん…まあ、それはお父さんとお母さんに聞いて」
フウカさんの力を感じ取った住職さんは、諦めてくれたらしい。
でも、別の意味で危ないと思ったらしく、しばらく私を隔離したいみたいだ。
…まあ、寺から出るなとは言われたけど、霊界に行くなとは言われてない。
フウカさんと一緒にいられるなら、別になんでもいいや。
私はそう考えて、お寺でゆっくりすることにした。
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