第13話 お屋敷の外へ


また味気のない料理をいただき、お腹を満たした私はフウカさんと花札で遊んでいた。


「う~ん…」

「サユリさんは普段花札をしたりしないんですか?」

「花札なんて触ったことないくらいには…」

「なるほど…」


花札なんて、名前しか聞いたことがないくらいには分からないモノ。

遊び方なんて全く分からないし、何が面白いのかも分からないのだ。


「私が教えてあげましょうか?」

「…まあ、また今度の機会に」

「そうですか…でしたら、お散歩でもしましょう」


フウカさんはそう言って立ち上がると、私の手を引いて外へ向かう。

この世界がどんなところなのか気になっていた私としても、外に行けるのはとっても楽しみ。

特に抵抗もせず…むしろ自分から外へ歩く。


そんな時…


「フウカ様。どちらへ行かれるつもりですかな?」

「ギクッ!」


突然開いた扉から出てきた木仙さんが、私達を呼び止める。

笑顔を浮かべているが、黒いオーラが漏れ出していて、怒っていることが分かる。


フウカさんは恐る恐る振り返ると、強張った顔で笑みを見せながら言い訳を始める。


「お庭で花見でもしようと思いまして…」

「ほう…庭師も呼ばずに花を…」

「え、ええ。サユリさんにいいところを見せたかったので」


必死に言い訳をしているが、目がマグロくらい泳いでいて、とても説得力がない。

おまけに手の動きがあまりにも怪しく、体もふらふらしている。

…見るからに、『嘘をついています』って感じ。


「まあ、庭に行くにしても、護衛をつけた方がいいでしょうな。我が供しましょう」

「は、はい…」


フウカさんが嘘をついている事には触れず、いい感じに言いくるめてついてくる。

…フウカさんの扱いに慣れてるな、この人。


「き、気を取り直して…サユリさんは何か見てみたいものはありますか?」

「う~ん…しいて言うなら全部かな?」

「全部…とは?」

「私が見ることのできるすべてを見てみたい。私の生きてきた世界とは似ているようで似ていないこの世界を。見てみたい」


こっちの世界は私のいた人間界とどんな風に違うのか?

どんな世界が広がっているのか見てみたい。


お屋敷の窓からは山と森しか見えなかったこの世界の町はどんな景色なんだろう?

この世界ではどんな人がどんな風に生きているんだろう?

気になる事は上げ始めたらきりがない。


だけど一つ確かなことは…


「私はこの世界に来て外に出られると知って、とてもワクワクしてる。本当に小さいころに忘れてきた好奇心が、戻ってきたような気がするの」


幼いころ、それこそ幼稚園に居た頃は何もかもが新鮮で、世界のすべてが輝いて見えた。

何も知らない、何も分からない、何も持っていない。

でも、それは全く恐ろしい事じゃないし、むしろ楽しい事だった。


そんな無邪気な好奇心が復活した。

それが今の私。


「フウカさん。この世界を、私に見せてください!」


笑顔でそう頼むと、フウカさんは一瞬目を丸くして、私を見つめる。

そして、いつもの優しい微笑を受けべ、私の手を取る。


「もちろんですよ。サユリさん」


そう言って、手をつないだ瞬間…突然景色が変わり、私は驚いてビクッと軽く飛び跳ねてしまった。


「ゴホン!…今回だけじゃぞ?二人とも」

「木仙さん…」

「ふふっ…では行きましょうか」


そう言ってフウカさんが手を引く方向を見ると、そこには沢山の建物があった。


「もしかして…」

「はい。ここは我々妖狐族の都――『華野』です」


木仙さんが連れてきた場所は、都会も都会。

私が居る妖狐族の国の首都だった。








「うわぁ~!フウカさん!あれは何ですか?」

「お菓子を売っている店ですね。庶民向けの煎餅屋でしょう」

「じゃあアレは!?」

「町中の人でにぎわっている場所に移動してモノを売る屋台です。アレは…おそらく油揚げでしょうね」


私が知らないものを見つけるたびに、フウカさんは私の問いに答えてくれる。

まるで子供をかわいがる母親のように私の相手をするフウカさんはとても楽しそうだ。


「フウカ様が正しかったのかもしれませんな」

「どうしました?ばあや」

「フウカ様もサユリ様も、こんなに楽しんでおられる姿を見るのは初めてじゃからの。サユリ様の身を案じ、良くなるまで屋敷から出さぬようにしようと思いましたが…」

「こんなに楽しんでいるのなら、連れてきた方がよかったという事ですね。屋敷の奥でずっと引きこもっているよりは、何倍もよくなるでしょう」


フウカさんと木仙さんが、何やら話しているけれど…私はそれどころじゃない。

見つけた煎餅屋に駆け込んで、店員の男性が焼いている煎餅を見つめる。


「いらっしゃい」

「ねえ!この煎餅はどんな味付けをしているの!?」

「…はあ?」


何故か店員さんに怪訝な表情をされ、私も首をかしげていると、木仙さんがやってきた。


「二つ貰おう」

「あいよ」


木仙さんが硬貨を渡すと、すぐにできたての煎餅が渡された。

それを私とフウカさんに手渡し、私に食べてみろという。


軽く息を吹きかけて冷ますと、一口齧ってみる。

炭焼きのいい香りと、米のような香り。

そして…とってもほんのりと塩気があり、それ以外は…まるで放置されてカピカピに乾燥したご飯を食べているような味がした。


「な、なんですかこれ…」

「煎餅じゃよ。サユリ様の住む世界の煎餅と、こちらの世界の煎餅を一緒にしないことじゃ」

「じゃあ、これの味付けは…?」

「まあ、強いて言うなら塩じゃないですかね?」


フウカさんが苦笑いを浮かべながら、教えてくれた。

木仙さんも店員さんも苦笑いを浮かべていて、私はそこで初めて恥をかいた事を知る。


思わず顔を手で覆い、下を向いて赤面していることを隠す。

すると、フウカさんがすかさずフォローを入れてくれる。


「ま、まあ!サユリさんは街に出るのは初めてなんですし、そんなこともありまあすよ!!」

「うぅ…フウカさ~ん!」


恥ずかしくてフウカさんに抱き着き、気持ちを落ち着かせる。

しかし、それ自体が恥ずかしい行為だということに気付くのは…もう少し後だった。

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