第12話 お屋敷の夜
「ふふっ、今日も一緒ですね」
「多分、またフウカさんを置いて寝ちゃうよ?」
「その時は、夢の中でお話しましょう。私達はどんな時も一緒です」
夜も更け、寝る前になったと言うのにテンションの高いフウカさんと一緒に布団の中に潜り込む。
私もフウカさんもそこそこ身長が高い。
だから、二人で寝ると布団が狭くて仕方ないんだけど…フウカさんは意地でも布団を二つ出したがらない。
私が本気で頼めば、渋々出してくれるだろうけど…そこまでして頼み込む理由が無いし、フウカさんとの関係を悪くはしたくない。
だから、ちょっと狭いくらいは我慢しようと思う。
…今度、木仙さんに大きい布団を用意してもらおうかな。
「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
一応挨拶だけして、僅かな明かりを消すと……案の定私はあっという間に寝てしまった。
夢の中でフウカさんに、『寝るのが早すぎる!』と怒られたのは言うまでもない。
◆
――フウカの屋敷の一室――
沢山のロウソクが置かれ、まるで何かの儀式でもするかのような部屋に狐の耳と尻尾の生えた一人の女性が…木仙いる。
「定期報告の時間じゃ。様子はどうかの?」
『はい。概ね問題はないかと』
「ふむ…それは上々」
部屋に響いた声に、木仙は満足気に首を縦に振った。
「サユリ様の身代わり…そちらの常識に慣れているお前にしか務まらん仕事じゃったからな。問題ないようで何より」
『ええ。そうですね。……ただ』
「ん?なんじゃ?」
部屋に響く声の、どこか困ったような声色と言葉に木仙は耳を立て、真剣な表情になる。
『ただ…その、人間たちの反応がいささか異質でして…』
「異質、か…それは具体的にはどのように?」
『私の演技が…まるで通じません』
「…?」
木仙は首を傾げる。
演技が通じないのなら、先程の『概ね問題ない』と言う言葉が嘘になる。
しかし、そこまで深刻なようには感じられない口調。
状況を飲み込めず、首を傾げる木仙に続く言葉が放たれた。
『私は…“精一杯元気を見せようとしている”ように見える演技をしました。普通なら、その空元気を見て心配することでしょう』
「そうじゃな」
『ですが、見舞いに来た全ての人間が同じ反応を見せたのです。それは…“空元気で応対している事”に心配しました』
「……?すまぬ、どういうことじゃ?」
説明されても意味がわからない様子の木仙。
もう一度説明を求め、目をパチクリさせる。
『そうですね…症状を心配するのではなく、態度がおかしい事に心配している、と言えば分かりやすいかもしれません』
「ふむ…それなら理解できるな。……しかし、なぜそんな心配を?」
ようやく事が理解できたらしい木仙は、軽く息をついて力を抜くと、再び首を傾げた。
サユリの周囲の人間の反応が、理解できてなかったためだ。
『何があってもケロッとしているサユリ様が、空元気を持って接してきた…見舞いに来た人間たちの反応を説明すると、こんなものでしょう』
「何があっても、か……確かに、あの時もサユリ様はこちらの話を聞かぬほど騒いではおられなかったな…それに、ほんの少し時間を置いただけで前向きになり、状況を飲み込んでおられた」
『…本当ですか?にわかには信じられません』
「事実だ。この私の目を疑うか?」
『い、いえ!そんなつもりは…!』
納得は出来ないが、どこが腑に落ちた様子。
それまでのサユリの反応を思い返し、サユリがどんな人間であるかを改めて認識しようとしている。
『しかし…とんでもない適応力ですね』
「うん?なにがじゃ?」
『サユリ様です。普通、我々のような存在に婚姻を結んでいると言われ、いきなり狐の嫁になったと言うのに…あっという間に状況を飲み込んで当たり前かのように振るうなんて…とても私にはできません』
「適応力、か…」
思い返せば、サユリの適応力は相当なものであり、当たり前だと思っていた事が、まったく当たり前ではない事を知る。
そう理解した途端、木仙はサユリという人間が恐ろしい存在のように思え、身震いをした。
「他に何か報告すべき事はないか?」
『はい。特にございません』
「ご苦労。最低でも3日はこちらで様子を見る予定だ。3日間頼んだぞ?」
『はっ!』
定期報告が終わり、木仙はため息をつくと部屋を出る。
そして向かったのは…サユリとフウカの眠る部屋の隣だった。
◆
「なるほど…?確かに言われてみれば、サユリさんの精神の強さは異常ですね」
「フウカ様納得いただけたようで何よりです。我としては、要警戒と言いたい所なのじゃが…」
「問題ないでしょう。ばあやは――木仙は、この私を疑うのですか?」
「…杞憂でしたな」
定期報告を受け、その内容を私にも共有してきた。
そして知る事になった…いや、気付いたと言うべき、サユリさんの異常。
この人は精神力がおかしい。
普通なら、出会って数日の相手と婚姻を結び、同じ食卓を囲み、共に風呂に入って体を流し、同じ寝床で眠る。
そんな事は、到底出来るはずがないのだ。
私ですらそんな事出来ないし、サユリさんからすれば私達は人非ざる化け物。
魑魅魍魎の類のはずなのに…まるで動じる事なく、普通に生活している。
…もはや、恐ろしいとまで感じられる適応力だ。
「しかし、一体どんな人生を送れば、この歳でそのような鋼鉄の如き精神を手に入れられるのか…」
「その通りです。我もとても理解ができませぬ。この我よりも強固な心を、齢十数の人間が持っているなど…」
ばあやはサユリさんに恐怖すら抱いているようだ。
確かに、私もサユリさんに対して少し怖いと思ってしまった。
でも、私のサユリさんへの思いは変わらないし、この先も一緒だ。
だから、私は隣で眠るサユリさんの頭を撫でる。
「…ぅん」
「ふふ…可愛らしい反応ですね?」
頼めばもっと信頼関係を構築してからするような、夫婦の夜の営みもできてしまいそうなサユリさんを、私は愛らしく思う。
「…まあ、フウカ様がそれでいいのなら我は何も申しませんが」
「あら?それは職務放棄では?」
「冗談はよしてくだされ。フウカ様」
「ふふ…私は冗談を言ったつもりはありませんよ。我が僕、
「…そうですか、では以後気を付けるとしましょう。
あまり呼ばれたくない本名で呼ばれ、思わず顔が強張る。
…やはり、ばあやには喧嘩を売るべきではありませんね。
「私が口喧嘩でばあやに勝てる日は来るのでしょうか?」
「来ないじゃろうな。フウカ様とは年季が違うからの」
「でしょうね…」
簡単に口喧嘩で負けてしまった私は、ばあやに笑われながらふて寝した。
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