第14話 華野でデート
「フウカさんフウカさん!アレは何をしてるの!?」
私が指さしたのは、大道芸人のような人達。
多くの観客を集め、刀や棒や弓を使って色々な芸を披露している。
「…さぁ?ばあやは知っていますか?」
「ええ。じゃが、あまり見ぬ方が良いじゃろう。面倒なことになる」
そう言って、木仙さんは私たちを連れてその場を去ろうとする。
その時――
「まあまあ、お待ち下さい。どうぞ見ていってくだされ」
男性が声をかけてくる。
…主に、私に向かって。
いきなり声をかけられ固まっていると、木仙さんが私の前に立って代わりに話してくれる。
「悪いが今忙しくての。他を当たれ」
そう言って、私の脛を踵で蹴ると、後ろを指差す。
すると、フウカさんが私を連れて歩き出した。
「えっ…あの」
「ばあやが対応してくれている間、他の場所を観に行きましょう」
「え?でも…」
「いいんですよ。私は2人で街を見て回りたかったので、あそこでばあやが捕まっているのはむしろ都合がいいです」
…なんか、木仙さんが可哀想。
でも、おかげでなんとなくあの大道芸人達が何なのかわかった気がする。
彼らは普通の大道芸人。
そう、『彼らは』ね?
さっき私に声をかけてきた男性は、ある種の悪質なセールスマン、もしくは詐欺師とかそんな類いだ。
あそこで少しでも足を止めたら、料金を払えとか言ってくる類の連中だと思う。
フウカさんもそれを理解したのか、木仙さんに任せて他の場所でのデートに誘ってくる。
「どこか、行ってみたい場所はありますか?」
「う〜ん…食べ物を売っているお店が立ち並ぶ場所とか?」
「屋台や出店、と言うことでしょうか?でしたら…」
フウカさんは私の手を引いて駆け足で思い当たる場所へ向かう。
…ただ、全然止まってくれなくて、私はあんまり運動が得意じゃない事もあり、すぐに体力切れで膝をついてしまう。
「はぁ…はぁ…」
「頑張ってください!目的地はすぐそこですよ?」
「はぁ…はぁ…もう、背負って連れて行ってくださいよ…」
「…恥ずかしくないのですか?」
「めっちゃ恥ずかしい…」
「でしょうね」
なんとか立ち上がってフウカさんの後に続く。
そうしてやって来たのは、沢山の出店が立ち並ぶまるでお祭りの会場のような場所だった。
見える限りで、おにぎり、うどん、蕎麦、肉、お煎餅、団子の屋台がある。
…流石に焼きそばやたこ焼きのお店は無いか。
「ここは、華野一の道楽街です。昼はこうして食べ物の屋台が立ち並び、夜が近づくと店を畳んで両側にあるお店が営業を始めます」
「へぇ〜?なんのお店なんですか?」
私がそう聞くと、フウカさんは耳と尻尾をピンッと立てて固まる。
そして、顔を赤くしながら耳打ちをした。
「…風俗とか…売春宿…です」
「あっ…」
フウカさんにとんでもない事を言わせてしまった事に気付き、私は少し慌てる。
ピコピコと小さく何度も動く耳は、毛におおわれているのに紅潮しているように見えた。
私はお店を見渡してよさげなものを探すと、一つの屋台に目が吸い寄せられた。
「あれって、いなりずしだよね!?」
「えっ?あっ、はい」
「食べてみようよ!私、こっちのいなりずしを食べてみたい!」
勝手なイメージだけど、キツネは油揚げが好きなイメージがある。
だから、そんな油揚げを使ったいなりずしも大好物なんじゃないかって思ったんだ。
フウカさんの手を引いてその屋台へ行くと、私はいなりずしを注文した。
「二つ下さい!」
「あいよ!」
いなりずしがすぐに出てきて受け取ろうとするが、その手をフウカさんが止める。
「待ってください。誰がお金を払うのですか?」
「え?フウカさんじゃないの?」
首をかしげると、フウカさんは手をひらひらさせて、何も持っていない事を見せてくる。
「私のお小遣いは、ばあやに取り上げられていますよ?」
「じゃあ…」
いなりずしを渡し損ねた店員の女性が、どうしたものかと困り顔を見せる。
私もどうすることもできず、申し訳なさそうな顔をしながらひき下がろうとすると…
「いいじゃないか。渡してやれ」
奥でいなりずしを作っていた男性が、こっちを見ずにそういった。
「姫様に婚約者が出来たんだ。めでたい事だろう?」
「そうね。お代は要らないわ。どうぞ」
女性は笑顔でいなりずしを差し出してくる。
私はそれを受け取ると、勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「ご馳走になります」
私に続いてフウカさんも軽く頭を下げた。
その動きはまさにお姫様のそれであり、おしとやかで美しい動きだ。
いつもの子供のようなフウカさんとは似ても似つかないね。
「いなりずし…でしたら、いい場所があります。ついて来てくださいね?」
「はい。…今度は私がついて来られる速度で…ね?」
「ええ。ゆっくり歩くので大丈夫ですよ」
そう言って、私の歩調に合わせて歩くフウカさん。
宣言通り、ゆっくりと歩いてくれたフウカさんに感謝しながら隣を歩いていると、ふと視界の端に木仙さんがいたような気がした。
「うん?」
「?どうかしましたか?」
「…いや、何でもない。私の勘違いだったと思う」
「そうですか。ところでサユリさんは、歩くことは好きですか?」
「歩くこと…まあ、嫌いじゃないかな?」
自転車に乗った方が楽だし、車ならなおの事楽だけど…別に歩くことは嫌いじゃない。
毎日学校から家まで歩いてたし、今だって何も苦じゃない。
それに…
「歩けばこうやってフウカさんとゆっくり話せるし、このいなりずしを食べるためのお腹も空く。私は歩くことは嫌いじゃないって思ってるの」
笑顔を見せ、優しい表情で私の話を聞いてくれたフウカさん。
そんなフウカさんが、クスクスと小さく笑う。
「ふふっ…とても素敵な表現ですね」
私の事を褒める笑顔と声。
決して私の事をバカにしているわけじゃない。
真心で私の事を褒めている声だ。
「私は普段からお屋敷の外に出ることはありませんし、外に出るにしても転移で目的地まで一跳びですから…こうやって誰かとお話をしながら歩くのは、久しぶりです」
「私も普段は車だから、似たようなものだと思うけど…」
「車と転移は別ですよ。わずかな時間と刹那には、覆すことのできない差があります」
「まあ、そうですね…だからこそ、こうやって二人で歩くことが特別に感じるのかも…」
私がそう呟くと、フウカさんは少し目を開き…そして静かに笑った。
「そうですね…特別なこととは、何気ない事なのかもしれませんね」
そんな呟きと共に空を見上げたフウカさんは、私の手を引いて歩調を早める。
「行きましょう。ばあやが帰ってきてしまします」
「えっ?ま、また走るの!?」
私は走るフウカさんにせかされて、また肩で息をするくらい走らされるのだった。
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