第6話 木仙さん

「――それで、フウカ様は喜んでおられたのか…しかし、知らなかったとは言え、お主も怖いもの知らずじゃのう」

「何がですか!何が怖いもの知らずなんですか!?」


学校のお昼休み。

今日は1人でご飯を食べたいと言って、人がいない場所にやって来ると。木仙さんが現れた。


…授業中、いきなり頭の中に声が響いて呼び出されたんだよね。


「フウカ様は色々と拗らせている方でな。過去に5回は失恋しておる。その結果、かなり性格が歪んでしまっての。我々の住む霊界で、フウカ様と婚姻を結びたいと言う者はいなくなってしもうた」

「…え?」

「そんなフウカ様に、夢の中で意志の勝負をするとは…惨敗して当然じゃ」


…つまり、メンヘラ拗らせた女に真っ向から製品の勝負を仕掛けたって事?

…元からメンタルがイかれてる相手にメンタル勝負を仕掛けるとか…自殺行為でしょ。

こっちまでメンヘラになっちゃうよ。


「で?何をされたんじゃ?」

「…夢の中で裸にされて、お尻と胸に落書きされた事で心が折れました」

「ふぅむ…フウカ様らしいの」


あまりの羞恥心に心をポッキリ折られ、抵抗を諦めたことでフウカさんは開放してくれた。

…でも、今にも泣き出しそうな私を抱き締めてくれた時のフウカさんは…正直、良いなって思った。


『ごめんなさい。少し調子に乗りすぎました。花嫁を泣かせてしまうなんて…私は人として失格ですね』

『サユリさんは素晴らしい人です。あなたには表裏がない。自分の意見や欲望に忠実で、真っ直ぐ。私も、見習いたいものです』

『あなたは良くも悪くも真っ直ぐすぎるんですよ。いつか苦労することになるでしょう。ですが安心して下さい。あなたの隣には、いつだって私がいます』


耳障りの良い言葉を並べているだけのように聞こえて、それが本心だって事が私にはわかった。

フウカさんは人の心が読めるって言ってたけど…夢の世界では、大抵の人がなんとなく似たようなことをできるのかも知れない。


「…しかし、こうも読みが外れるとは…存外、フウカ様の目は節穴では無いのかもしれんな」

「はい?」

「そんなことがあった翌日じゃから、もうフウカ様には愛想を尽かしているのかと思うたが…むしろ好感を抱いているとは…」


好感?

まあ、確かにフウカさんに対して嫌な感情は持ってないね。

…いや、もしかしてあの囁きに精神誘導の効果でもあったのか?

人の心が読めるフウカさんなら、それくらいできても不思議じゃない。


「何を考え込んでおる。フウカ様は人の心を操ることを嫌っておるし、極力精神系の力を使いたがらない。それに、万が一洗脳や魅了の類を使っておれば、我が気付かぬはずがない。心配することはないぞ」

「…木仙さんも、心が読めるの?」

「何年生きていると思うとるんじゃ。信じられんかもしれんが、我はこれでも3000年は生きているのじゃぞ?」

「えっ!?」


さ、3000年?

えっ…見た目普通に20代くらいなのに、3000年?


つまり、木仙さんは3000歳の超おばあちゃ――


「いたたたっ!?」


突然木仙さんに耳をつままれ、引っ張られた。

狐につままれるとは事のことか…


「我を老人扱いするな。これでもまだまだ数万年は生きられるわい」

「えぇ…?」

「ちなみに言うておくと、フウカ様は400年生きているし、これから先どれほどの時間を生きられるのか我にもわからぬ。少なくとも、途方も無い時を生きるのは間違いなかろう」

「…それじゃあ、その頃にはもうとっくの昔に私は死んでますね」

「…どうだかの」

「えっ!?」


木仙さんを持ってしても、どれだけ生きるのかわからないというフウカさん。

それに、何か不穏なことを言ってたし…しっかり問い詰めないと。


私が口を開こうとすると、不意に木仙さんが明後日の方向を向く。


「…わかった。すぐに戻ろう」

「は?」

「こっちの話じゃ、急用が出来たから失礼するぞ。また今日の夕方に迎えに来るから、待っていることじゃ、サユリ様よ」

「えっ!?話はまだ終わってな……行っちゃった」


木仙さんは私の話を最後まで聞かず、何処かへ消えてしまった。

…何なんだろうか、あの人。







「どこを見ておる?」

「え?」


下校の途中、突然背後から声をかけられて驚く。

振り返ると、そこには和服を着た女性が立っていて、呆れた表情を浮かべていた。


「こうも簡単に背後を取られるとは…サユリ様には危機感が足りぬ」

「…木仙さん?」

「ああ。この姿なら、人間界でも平気じゃろう?」


私の背後に立っていたのは、人間の姿に化けた木仙さん。

言われてみれば、確かに似てないこともない顔。

…耳も尻尾も無いから、全然気づかなかった。


「さて、ではフウカ様のところへ行くぞ。いい加減、フウカ様の惚気話を聞くのは飽きたからの」

「惚気話?まだ会って二日ですよ?」

「フウカ様はそういうお方。あの方の相手をまともにできるのはサユリ様だけじゃ」


…私、、フウカさんとやっていけるだろうか?


そんな事を考えつつ、私は木仙さんと手をつなぐ。

するとすぐに景色が変わり、昨日も見たお屋敷へやってきた。


その直後、誰もいなかった空間に突然フウカさんが現れた。


「…フウカ様、わざわざ界渡りの神通力など使わなくとも、我が連れて行きますというのに」

「待っている事なんてできません。さあ、行きましょうサユリさん!」


いきなり現れたフウカさんが、私手を引く。

そして、木仙さんの時のように突然景色が変わって気づけばフウカさんの自室に居た。


「さて、今日は何をしましょうか?サユリさんの部屋からお借りした、『とらんぷ』なる絵札で遊びましょうか?」

「それ普通に窃盗…まあいいや。フウカさんにトランプが出来るとは思えないので、今日はお預けです。それよりも、私はお話がしたいなあ」


そう言って、私は正座するフウカさんの膝に頭を乗せて膝枕をしてもらう。

きっとこうすれば純粋なフウカさんからの好感度は爆上がりだろうからね?


「そうだなぁ…木仙さんって何者なの?」

「いきなりばあやの話ですか…できれば私の話がよかったんですが…いいでしょう」


フウカさんはちょっと寂しそうな表情を見せながらも、話し始めてくれる。


「木仙。本名は大影山大樹仙狐おおかげやまのだいもくせんこという…そうですね、サユリさんにもわかりやすく言えば、傾国の大妖魔です」

「その傾国の大妖魔ってのから知らないんだけど…まあ、凄い妖怪って事は分かったよ」


フウカさんの、わずかに私より小さい胸に手を伸ばし、確かな質感を感じながら話を聞く。

私の方は、フウカさんに優しく頭を撫でてもらっているので、なんだか心地がいい。


「強さで言えば霊界では最上位に位置し、我々妖狐族の中では二番手です。ちなみに妖狐族最強は私のお父様です!」

「そういえば、フウカさんってお姫様でしたね…」


だからなんだって感じだけどね?

だって、なんかめっちゃ距離感近いし、無礼なことしてもぜんぜん怒らないし。


おまけにフウカさんに頭を撫でられるとすごく落ち着く。


「もっといい子いい子して」

「ふふっ…サユリさんは、みんなが思っている以上に可愛らしいですね」


この歳で『いい子いい子して』なんてせがんでるのは、私くらいだと思う。

でも、相手は数百年生きてるフウカさんだし…いいよね?


「なんだか子供の世話をしているみたいですね」

「そう?私、そんなに甘えてたかな?」


ちょっと思うところあって、膝枕と頭ナデナデから抜け出す。

そして、今度は私がフウカさんに膝枕をしてあげて、頭を撫でる。


サラサラの髪と、頭頂部――と言っていいのかわからないけど、頭についているケモミミ。

ケモミミは思っている以上にふさふさで、癖になる触感だ。

…耳でこれなら、尻尾はもっとすごいだろうなあ。


耳を撫でられてくすぐったそうなフウカさんを横目に、私は尻尾に手を伸ばす。

しかし、急に伸びてきたフウカさんの手によって、私の手は叩き落とされた。


「尻尾は駄目です」

「…はい」


顔がガチだ。

好感度がグンと下がった気がするのは私だけかな?

そんな気がして、心配になった私は、何とか頑張ってナデナデよしよしで挽回を図り…気が付けば門限が迫っていたので、一端に家に帰り、泊りの準備をする。


ちなみにその時に木仙さんから聞いた話なのだが、妖狐族の尻尾を触るという行為は、人間でいうところの女性のお尻を触るのと同じらしい。

夫婦ならそれくらい良いじゃんって思ったけど、妖狐族にとってはたとえ夫婦でも嫌な行為らしく、やるなら夜の営みをしているときくらいなんだとか?


…好感度大丈夫だよね?




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