第4話 御屋敷
「ふふふ…私がこの御屋敷の案内をするので、ついてきてくださいね?」
「あの…」
「大きな御屋敷なので、はぐれると迷子になってしまいます。なので、手を繋ぎましょう」
「あっ…」
フウカさんは私の手を繋いで、友達を家に呼んだ子どものようにはしゃぐ。
すると、後ろから咳払いが聞こえ、フウカさんの耳と尻尾がピンと立つ。
「フウカ様。何度申し上げればよいのですか?」
「うぅ…」
「もう何十年も同じ事を言っておりますが…本当にあなたは学ばない」
はしゃぎ過ぎたからなのか、私を迎えに来た女性に叱られている。
「ばあや。花嫁の前でそんなに叱らないで下さい…」
「大切な花嫁の前だからですよ。この木仙、フウカ様の結婚生活で失敗せぬよう、大皇様より命を受けているのです」
「うぅ…」
私を迎えに来た女性は、木仙と言うらしい。
変わった名前だなぁ…
それに、この感じマナーとか規律に厳しそう。
私の苦手なタイプ。
「まあまあ。私はフウカさんと色々とお話したい事があるので、あとからでも…」
「ふむ…サユリ様が良いのでしたら構いませんが…後でしっかりとお説教させていただきますからね?」
「あぅ…」
なんとか私の目の前での説教は免れたものの、フウカさんはまた後で叱られるらしい。
助けられなかったね…
「それでお話とは…」
「ああ。えっと…昨日の夢の話なんですけど…あれって私とフウカさんの間に婚姻関係が成立したとか…そんな、あり得ないくらい突然な事じゃないですよね…?」
そう聞くと、フウカさんと木仙さんは顔を見合わせた。
そして、何故か笑っている。
「ふふっ、何を言っているんですか?サユリさん」
「面白いご冗談ですね。流石はフウカ様がお連れになられた方」
「…え?」
2人の反応に困惑していると、フウカさんが私の手を握ってくる。
すると、手が熱くなって、手の甲から花のような紋様が浮かび上がった。
「これは、私達の世界では婚姻を結んだ者同士に浮かび上がる印…要は結婚した証です」
「え?でも、そんなの結んだ覚えは…」
「はい?ですが昨夜、私の告白に首を縦に振り、手を握ってくれたではありませんか」
……アレかぁーッ!?
あの…あの手に感じた変な温かさは…!
つまりあの時私はフウカさんのプロポーズに首を縦に振っちゃったから、婚姻の証をつける条件が成立しちゃったってこと?
「え…これ、今から消したり出来ないんですか?」
「婚姻の印は、消すことが出来るが消したいと思った側――或いは、不貞を働いた者に大きな罰が下る」
「じゃあ…」
木仙さんが恐ろしい事を言う。
つまり…それはつまり?
「破棄ことは基本的に出来ない。フウカ様、その事をサユリ様にお伝えになられなかったのですかな?」
「すいません…必死だったもので…」
「まあ、そういう事です」
何でもない事かのように、とんでもなく大事なことを話す。
と言うことは…え?
「私…詰んだ?」
そう呟いて、膝から崩れ落ちた。
「…つまり、私と婚約するつもりは無かった、と?」
「はい…」
「そう、なんですか…」
お屋敷の中で、私は正直に私からの視点でどんな事が起こっていたかを話した。
フウカさんも木仙さんも静かに私の話を聞いてくれて、とても助かった。
…だけど、本当の修羅場はここから始まりそうだった。
「あれほど…婚約者を選ぶ際は慎重にと言ったのに…!」
「あ…あわわわ!」
「私の警告を無視し、一目惚れした相手に何も考えず婚約を申し込んだのでしょう!?それはダメだとあれほど口酸っぱく…!」
「だ、だってぇ…」
事態を把握した木仙さんによって、本気で〆られるフウカさん。
なんだか可哀想に見えて、また助け舟を出す。
「ま、まあまあ…!ペナルティがあるとは言え、破棄できるんですよね?なら!」
「…そんな軽い気持ちで破棄できる契約では無いのですよ、サユリ様」
「え?」
フウカさんを怒る事を止めた木仙さんは本当に深刻そうな顔をしながら、この契約について説明してくれる。
「この『婚姻の契』は、契約するのは簡単です。双方の同意があれば可能ですからな。しかし、破棄するとなると話は別。契約破棄には膨大な量の力――具体的には生命力と呼ばれる寿命を消費します」
「じゅ、寿命!?」
「ええ。一般的な夫婦の両者の寿命半分を使用することで解消できます」
「寿命半分…つまり、100年生きるとしたら…50年…?」
私が何年生きられるのかわからないけど、解消すれば私は50歳くらいまでしか生きられないってことじゃ…
怯えていると、木仙さんが私の肩に手を置いた。
「すまぬ。一般的な夫婦というのは、我らの『一般的』じゃ。我らの一般的とは、だいたい人間の寿命の10倍」
「10倍って事は…」
「500年分の寿命を使わねばならん」
「終わった…」
500年なんて寿命…払えるはずがない。
つまり私は、この契約によって縛られ、フウカさんとの結婚生活を送ることになる。
全ては…あの時ただの明晰夢だと思って首を縦に振ってしまった私の失敗。
受け入れなければ…
「おまけに、この場合罰を受けるのはサユリ様。罰の内容がどうなるかはわからんが…おそらく、支払いきれない寿命を血縁者の命を持って払わせるとか、そんなとこじゃろう」
「じゃあ…お父さんとお母さんも?」
「それどころか、一族郎党契約破棄の道連れになるじゃろう」
「あぁ…終わりだ…」
またもや膝から崩れ落ちる私に、木仙さんは何故かおばあちゃん口調で優しく慰めてくれる。
「結んでしまった契約は破棄できん。こればかりは変えられんのじゃ」
「…じゃあ、契約を結んだままこの事は無かった事にして、別々の人生を歩むとか…」
「それもできぬ。フウカ様もサユリ様も、一生恋人を作ることができなければ、誰かに好意を持つことも出来ぬ。契約が続く限り罰を受け、ろくでもない事になるじゃろう」
「なんでそんな…」
「これほど強力な契約じゃからこそ、婚姻の契と呼ばれ、一般的に使われているのじゃ」
もう…私にはここで婚姻を結び、フウカさんと夫婦となって生きていくしか…ん?
「……このお屋敷って、フウカさんのものなんですか?」
「まあ、そうじゃな?大皇様が、フウカ様にお与えになられた屋敷じゃ」
「その、大皇様って何者なんですか?」
「我ら妖狐族の長――そうじゃな、サユリ様にもわかるように言うと、大名じゃの」
大名…これまた言い方が古い。
でも、なんとなくわかる。
今で言うところの県知事…よりはもっと偉い人…で良いかな?
まあ、そんなところだ。
つまりは権力者にして金持ち。
……玉の輿では?
「…フウカ様って、お金持ちだったりします?」
「まあ、大皇娘様じゃからの。妖狐族の姫と言えば、分かるじゃろう」
「……あれ?結果オーライ?」
契約を破棄できない事にはかなり驚かされたけど…よく考えてみたら、破棄する理由が私になくない?
だって、実質破棄できない婚姻契約で玉の輿状態何だから…もうこれ、人生勝ち組でしょ?
「…フウカ様。このおなご、かなりの俗物のようじゃが?」
「私は構いませんよ。むしろ、そう言う人の方が裏表が無くて安心できます」
木仙さんに薄汚い考えを見抜かれ、ちょっとドキッとしたけど、フウカさんは私との結婚に前向き。
私も私で、突然転がり込んだ幸福を離すまいと、かなり前向きになれた。
「フウカさん」
「サユリさん」
向かい合って名前を呼び合うと、一緒に頭を下げる。
「「よろしくお願いします」」
かくして、私も心から婚姻に納得し、晴れて私達は夫婦になった。
「…本当に大丈夫かのう?」
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