第327話 神の怒り2。襲撃
日付は1カ月少々遡る。場所はハジャルの丘の上に建てられた仮教会の中の一室。
モーリス総大主教はヨーネフリッツのドリス・ヨルマン女王の名で届けられた書状を8人の大主教の前で声を出して読み上げた。
「要約すると、神聖教会の放った5人の御子によりツェントルムが襲撃され、多大の犠牲者が出た。その報復としてこのハジャルを破壊するので死にたくなければ避難しろ。ということだ。
ヨーネフリッツの女王の名まえではあるが『魔王ライネッケ』が書かせたものだろう」
「総大主教聖下。御子がツェントルムを襲ったというのは事実なのですか?」
「彼らが西方から帰還してしばらくして行方をくらましていまだ行くえはつかめていない」
したがって彼らがツェントルムを襲ったのかどうかは把握していない」
「つまり?」
「おそらく彼らがツェントルムを襲撃したというのは事実であろう」
「「……」」
「すでに起こってしまったことについてとやかく言っても始まらぬ。今話し合わなければならないのは、この警告をどう扱うかだ」
「もしそのような能力が本当にあるなら、なぜわれらに知らせたのでしょう?
報復するなら黙って報復するのではありませんか?
早い話、中身の無いタダの脅しでしょう。
そのような
「しかし戯言でなければ、われらも、ハジャルの民も皆殺しにしにあうのだぞ」
「『魔王ライネッケ』により20万の西方諸国連合軍が皆殺しにあったのはつい先日。
10年近く前、ゲルタという城塞に迫る3万の大軍をわずかな時間で皆殺しにしその3万の死体を短時間で形のないまで焼き払ったというのもおそらく事実」
「「……」」
「つまり魔王ライネッケは文字通り魔王だった。その魔王に御子が先走ったにせよ教会は勝てる見込みもなく喧嘩を売ってしまった」
部屋の中が静まっている中、一人の大主教がぽつりとつぶやいた。彼は8人の大主教の中でもっとも若く、大主教に先日昇格したばかりである。
御子だけの話ではなく、ヨルマン2世の王位継承後、魔王ライネッケは嫌な思いを強いられた。間接的とはいえアレも
「ハジャルから出ていきたい者は出ていってよい。
もし警告が事実だった場合は、ハジャルに残った者は教会と共に滅びるだけだ。わざわざ警告したということは、魔王ライネッケはわれらに慈悲をかけたとも受け取れるから、逃げ出した者まで追求することはあるまい。ハジャルから去った者は別の地で神聖教会の芽を繋いでくれ。
警告が狂言で、出ていった者がハジャルに帰ってきたとしても罪は問わない。その点は安心してくれてよい。少なくともわたしはここに残る。
ここを去る者はこの部屋から出て行ってよい」
先ほどの大主教を含む3人の大主教が総大主教に一礼して部屋を出ていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
警告日当日。
モーリス総大主教は数人のおつきの者を連れ、久しぶりに仮教会から外にでて空を見上げた。
春の青空が広がり、気持ちのいいそよ風が吹いている。とてもではないが、この日『魔王ライネッケ』によりハジャル一帯が焦土と化すなどとは考えられなかった。
3人の大主教がハジャルの住人の3分の1と神聖騎士団員1000を連れハジャルから退去している。
仮教会の中に戻ろうとしたところ、頭上に雲が渦巻き始めその渦がドンドン大きく成っていく。間違いなく天変地異である。
いやな予感がしたモーリス総大主教は仮教会に急いだが急に目の前が白くなり、そこで意識が途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
6月に入った。
ここはオストリンデンの宿の一室。
部屋の中にいるのは町着を着たフィン・カイザーとリナ・ノーマンと名乗る二名。
彼らは先ほど、街角でハジャルが焼かれたとの高札を見たばかりだ。
「先ほどの高札。われわれが留守にしている間にハジャルが『魔王ライネッケ』によって文字通り焼き払われたようだ」
「このようなことでウソをつくことは不可能でしょうから、事実と考えるしかないのではありませんか」
「そうだな。総大主教以下ハジャルの住民がどうなったかは不明だが、ただでは済まなかっただろうな」
「退去勧告を1カ月以上前に出したとありますが、最悪、総大主教以下ハジャルの住民全てが焼かれているのではないでしょうか?」
「退去勧告を真に受け逃げ出したところ何も起こらなければ笑い者だ。だれも退去しなかったかもしれぬな」
「カイザー。わたしたちはどうすれば?」
「赤、青、黒の3人を犠牲にしてまで『魔王ライネッケ』を討とうとしたが討ち切れず、その報復としてハジャルが焼かれた。
この上はなんとしても『魔王ライネッケ』を討ち取らなければならない」
「あのクモにはカイザーも手が出せなかったのではありませんか?」
「残念だがその通りだ」
「それで『魔王ライネッケ』を討ち取れるのですか?
討ち取ったとして、教会が過去の姿を取り戻すことはもはやないんではありませんか?」
「では、どうせよという?」
「このままこの地を離れ、どこか別の地で穏やかに暮らしませんか?」
「分かった。お前はお前の道を行け。わたしはわたしの道を行く」
「カイザー! もうやめましょう。『魔王ライネッケ』を討ち取ったとしてその先に何があるのですか?」
「ノーマン。さらばだ」
フィン・カイザーはリナ・ノーマンを残して、部屋を出ていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
月が変わって7月に入り俺はこれで24歳になった。ドーラは3月に20歳になっている。もちろんエリカも24歳だ。前世での俺は社会人2年目で、バリバリ仕事をしているというわけではなく、指示された仕事を黙々とこなしていた。と、思う。入社2年目の社員ってそんなものだろ? 大切なのは最初の配属でいい先輩、いい上司に巡り合えるか。それだけで会社人生の7割が決まる。俺は幸いにしていい先輩、いい上司に恵まれたおかげでその後も順調に会社人として生きていけた。最後は変な形でコケてしまったがそれはそれ。
今生の24歳はいたって順調な滑り出し。
尊敬のまなざしを受けながらツェントルムの中を視察して回るだけが今の俺の主な仕事になっている。
木立を引っこ抜く作業も今は卒業しているし、鉱石の運搬もレールの敷設の目途も立ち近いうちに卒業できそうだ。
ケイちゃんはウーマの掃除をすると言ってウーマに残っているし、ペラは領軍副本部長としてエリカとドーラと一緒に領軍本部に出かけているので、今日の視察は俺一人だ。
研究所では蒸気機関の開発に先立って石炭ボイラーの開発が始まっている。
温泉保養所でお茶を濁して公共浴場を先延ばしにしていたのだが、ボイラーができ上れば市内に公共浴場を開ける。とは言っても住民が全員毎日入浴できるほどの施設を作るには時間がかかるので入浴回数は制限せざるを得ない。その辺りは少しずつ改善されるはずだ。
などと考えながら次の視察先に向かって通りを歩いていたところ腰に下げたバトンが急に光り始め、強い殺気を感じた。
その殺気を避けるよう体を思い切り捻ったところ、金色の何かが通り過ぎていった。
俺の足元に血が垂れているのが目に入った。その先には袖と一緒に切り飛ばされた腕が転がっていた。
なに?
そこで右腕から鋭い痛みが襲って来た。見れば俺の右腕が胴着の袖ごと肘の先からなくなって、鼓動に合わせて切り口から血が噴き出てくる。脇腹もいくらか切られているようで切られた胴着にどんどん血が広がってきた。その脇腹からも鈍い痛みが伝わってきた。
マズい! 次の一撃を受ければ助からない。とにかくリンガレング。
「リンガレング。襲撃者を片付けろ!」
「了解」
路面に転がった腕を拾ってくっつけて傷用のポーションを振りかけるなり飲みさえすれば腕はくっつきそうだが、脇腹も痛いしとてもそんな余裕はない。もったいないが今はエリクシールだ。
問題は、サクラダダンジョンで3本だけ見つけた輝くポーションのことを俺が勝手にエリクシールと呼んでいるだけで、実はエリクシールではなく何か他のポーションの可能性がないわけではない。でも、俺の勘はエリクシールと言っている。
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