第326話 神の怒り
破壊期日。5月15日の午前8時。
ウーマはハジャルの丘から10キロの位置に到着した。
ウーマの甲羅の上のハッチから上半身だけ乗り出して周囲を見渡したところ、上空には抜けるような青空が広がっていた。
ハジャルの丘も市街地も良く見渡せたのだが、市内で市民活動が行なわれているのかどうかは距離の関係で視認できなかった。
ここまで移動中に避難民らしきものに遭遇していないので、住民の避難が完了しているか。ないしは、全く避難していないかのどちらかだろう。
確かめる必要はない。
リンガレングから、半径5キロの範囲を焼き払うには20キロは距離をとらないと危険だ。と言われたのだが、ウーマの中ならハッチを開けていてもだいじょうぶだろうということだったので、状況の観察はウーマのハッチから行なうことにした。
俺の高笑いを誰かに目撃させて伝説を作りたかったのだが、無理のようだ
準備が整ったところでウーマのステージ上からリンガレングが『神の怒り』を発動して目標であるハジャルの丘とそれを中心とした半径5キロの焼き払うだけの簡単な作戦だ。
「リンガレング、見参!」
俺はウーマの甲羅のハッチで、ステージの上にリンガレングを出したところでいつもの口上を聞いた。今回の口上には、前足2本をシャカシャカ振ってポージングするというおまけまでついていた。こいつどこでそんなこと習ったんだ?
エリカたちは、ウーマの前方スリットから成り行きを見守っている。
「リンガレング。いつ『神の怒り』を発動してもいいけれど、発動する前にひとこと言って発動してくれ。そしたらハッチの中に隠れるから」
「了解。突風が吹くのでウーマは地面に腹を付けていた方がいいかもしれません」
「分かった。
ウーマ、腹を地面につけて突風に備えてくれ」
ウーマの位置が下がりその分視界が下がった。
「リンガレング。ウーマはいいみたいだ」
「それではいきます。リンガレング、終末回路ロード。……、ロード完了。
『神の怒り』発動します。『神の怒り』発動!」
リンガレングの最後の「発動!」の声と同時に頭をハッチの下に隠した。リンガレングの声の後しばらくして、あたりが暗くなり一瞬頭上が真っ白になった。その後しばらくして腹に響く爆発音が轟いた。
『終末回路アンロード。……完了。マスター、目標の焼却完了しました。突風が通過するのでそのままハッチの中で待機してください』
リンガレングの警告からしばらくして突風が頭上を吹き抜けていった。
そうしたら耳の中が詰まったようになったのでつばを飲み込んだら元に戻った。
リンガレングが飛ばされてないかと少しだけ頭を出してステージを見たらリンガレングはステージの角に8本の脚を引っ掛けて姿勢を低くしていた。その先のハジャルの市街地上空にはキノコ雲がすごい勢いで空に向かって広がりながら大きく成っていて、ハジャルの丘は陽炎のような揺らぎの中で高さが半減しているように見えた。
ハジャルの市街地は波紋のような跡とところどころに窪地だけ残して更地になってしまったような?
そうやってキョロキョロしていたら「マスター、爆心地に向けて突風が戻ってきますからハッチの中に入っていてください」
と、注意されてしまった。
頭をハッチの下にさげたら、頭上を突風がハジャルに向けて過ぎていったのが分かった。
またまた耳が詰まったようになったので息を飲んで元に戻した。
その後でハッチから頭を出してハジャルの丘の方向を眺めたら、キノコ雲がドンドン大きく成って上空で横に広がり始め、青空の浸食を始めた。このままいけば空が覆われて暗くなってしまいそうな勢いがある。
ハッチを開けていた関係で、先ほどの爆発音はウーマの中にも届いただろうし気圧の変化もウーマ内部に影響を与えたハズだ。
一度階段を下りてエリカたちの様子を見たところ、スリットの近くでエリカとドーラが頭を振っていた。
「エリカとドーラ、どうした?」
「耳の中がなんだかおかしくなってさっきから頭を振ってるんだけどなかなか治らないの」
「つばを飲み込んだら俺は治ったぞ」
「……。何かが抜けて治った」「わたしも」
「ケイちゃんは何ともなかった?」
「はい。何ともなかったです」
エルフ耳と人間の耳では見た目以外にも構造の違いがあるのかもしれない。新しい発見だ。
「下からじゃ見えにくかったかもしれないけれど、焼き払ったというより、突風でなぎ払ったよ感じだ。地面はすっかり更地になってる」
「ゲルタの前で敵兵の死体を焼き払った時と比べて、こっちの方がすごかったみたいよね」
「だな。とにかくこれで神聖教会は活動できなくなっただろう」
「そうね」
「目的達成ということでツェントルムに帰ろうか」
リンガレングを収納してハッチを閉め、ウーマを180度方向転換してきた道を引き返していった。
スリットから前方を眺めていたら少しずつ辺りが暗くなって30分ほど移動していたら雨が降り始めた。
ただの雨ではなく灰色の雨だ。
「あんなに晴れていたのに雨が降ってきた」
核実験後に黒い雨が降るとか聞いたことがあったような。水場も『神の怒り』の有効範囲内にそれなりの数あったろうから、雨になって降ってきたのだろう。『神の怒り』は核反応にそっくりだが核反応ではないはずなので雨滴に放射能はないのだろうが、空恐ろしい攻撃、言い換えれば『魔王』らしい攻撃だ。神聖教会が元気なら『魔王』の凶悪さ、強大さを喧伝してくれただろうが、無理だろうな。
それでも誰かは必ずさっきの攻撃を目撃しているはずなのでそのうちうわさは広まるだろう。
ドリスの名まえではあるが俺が警告したことは少なくとも広まっているだろうし。
とにかく、ひとつの敵対都市を文字通り消し去ったという『武名』は尾ひれがついてこの世界で広がっていく。バカでなければ俺たちに逆らえないだろう。
本当の意味での『覇王』の誕生も近いぞ。
そういった中で、俺たちはじっくり時代を進めていけばいい。
神聖教会の本拠地で聖地でもあるハジャルを文字通り消し去った俺たちは5日後、ツェントルムに帰り着いた。
行政庁に顔を出して留守中異常なかったかたずねたところ、御子に襲撃されることもなく異常はなかったそうだ。
平和だなー。
ウーマを屋敷の中庭に止めてみんなで中に入った。
おうちが一番。
ウーマの帰還を知った大使殿たちが着替えを持ってやってきた。
10日近くお湯のお風呂に入っていないはずなので、風呂に入りに来たともいう。
大使殿たち5人を俺の執務室の会議テーブルに座らせて今回の首尾を教えておいた。こちら側で同席したのはエリカだけだ。
「ゲルタでのことは聞いてはいましたが、そこまでライネッケ殿のリンガレングは強力だったのですか」
「その気になれば、国ごと砂漠に変えることもできるみたいなんですが、警告はハジャルにしか出していなかったのでそれは止めておきました」
「閣下。もし閣下があのときその気になっていれば、フリシアもドネスコも砂漠になっていたということですね」
「あのときは、リンガレングにそんなことができるとは知らなかったので、できなかったでしょうね。でもいつでも王都に攻め込めたから、その気になれば王都をハジャルと同じようにできましたよ」
「……」
エリカが苦笑している。ちょっと脅しがきつかったか。
「そういったわけなので、おそらく今回のことはそのうち各国に広まるでしょう。
よほどの愚か者でない限り、ヨーネフリッツに手を出さないでしょう」
「このツェントルムにはわが国とドネスコ、ハグレアの公館が建っていますが、おそらくその他の国も競ってこの地に公館を建てるため使者を送って来るでしょう」
それはあるだろうな。
恐怖で支配するのも一つの手段だけど、ある程度のものは与えないと。
今度のジャガイモの収穫はかなりの量が期待できるので、そういった国々にもジャガイモを分けてやろう。アメも大切だからな。
ジャガイモは一時的なアメだが、将来的にはツェントルム発の技術文明の恩恵を受けることで、ツェントルムに依存することになるのだよ。(注1)
俺がレメンゲンに飲み込まれたとしても、文明の火はどんどん燃え盛る。
大使殿と話していて思いついたのだが、せっかくだから今回のことを宣伝してやろう。
ツェントルムに公館を置くドネスコとハグレアの大使たちにも今回の顛末を教えて、それから、神聖教会の非道とそれに対する報復を「エドモンド・ライネッケ大侯爵」が正義の名も元に執行した。と、国内の各都市に高札を掲げてやる。
これで世界に広がってますます神聖教会の権威は地に落ち、俺の影響力はさらに上がる。
注1:
アシモフの、第1ファウンデーションそのものの戦略ですね。
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