第323話 帰還。赤、青、黒そして白


 ガレアを退け、その後のことはこの国の国王代理に任せて俺たちは帰路に着いた。

 西方諸国の西の端まで行っていない関係で帰りは予想以上に早くなる。


 時間に余裕が出たので大使殿にフリシアンの城に寄って行かないかと聞いたところ、帰りも必要ありませんと断られてしまった。

 公私混同を避けるという意味合いと取っておこう。王女殿下なんだからそれくらいの融通を利かせてもいいと思うんだが。

 うちのエリカお嬢さまなんか、魚釣りがしたいからとか言って無茶してたものな。イカを大量に釣り上げて以来魚釣りに行っていないけど、思い出させないようにしないと。


「エド。わたしの顔に何かついてる?」

「いや、全然」

「そっ。ならいいけど」




 1月の末に西に向けて出撃して11日目。帰りの道中何事もなく、ウーマはツェントルムの市街に帰り着いた。時刻は午前10時。

 市街に入って中央広場に向けて大通りを進んでいたら、普段のこの時間とは思えない人が行き来していて、ウーマを認めたらそういった連中が駆け寄ってきた。

 そのままウーマを進めていては危ないのでウーマを止めて俺だけウーマのサイドハッチから路上に跳び降りた。


 俺がウーマから跳び降りたところを見つけた一人が駆け寄ってきた。彼は見知った行政庁の職員だった。

「閣下。行政庁が占拠されてしまいました!」

「占拠?」

「昨日夕方、3人の男女が行政庁に押し入り、領主さまを出せと言って占拠しています。

 領軍が排除のため何度か突入していますが全く歯が立たず、入り口で撃退され犠牲者だけが増えています」

 3人はそれぞれ派手な色の鎧を着ていました。確か、赤、青、黒、3色です」

 もしかして、賊は神聖教会の御子? 赤、青、黒の3色はたおしたが復活した? 新たに3色を任命したと考えた方がいいか。しかし、あの能力が単純な任命ってことはないはず。とすると、何か薬物的ドーピングなのかも?


「分かった。対処する。報告ありがとう」


 俺は行政庁の職員に礼を言ってウーマのサイドハッチを開けてペラとエリカを呼んだ。

 防具を着けている時間はなかったので、レメンゲンとバトンが吊り下がった剣帯けを腰に巻きながら簡単に今の話を二人に告げた。


「エリカ、神聖教会の御子がやってきて行政庁を占拠したようだ」

「相手が神聖教会の御子なら、最初からリンガレングで相手した方がいいんじゃない?」

「それもそうだな。なにも馬鹿正直に相手しなくちゃならないわけでもないし」


  そのあと残ったみんなにウーマから出ないように言ってから、リンガレングを先頭にして行政庁のある中央広場まで歩いていった。途中でエリカも双剣を吊るした剣帯を腰に巻いている。


 普段なら中央広場には屋台が出ているのだがどこに行ったか屋台は出ておらず、その代り100人ほどの領軍兵士が完全武装で行政庁の出入り口前を見張っていた。

 そして中央広場の脇の路面に20人ほどが寝かされ、そこから少し離れたところに10人ほど同じように寝かされていた。その10人はいずれも5体満足ではなくおそらく死んでしまった領軍兵士ないしは市庁舎職員だろう。


 領軍兵士の中の指揮官らしき男がエリカを見つけてやってきた。

「わたしたちで何とかするから、兵隊たちを少し下げていてくれる?

 けが人はどう?」

「了解です。けが人は蔵からのケガ用ポーションで全員回復に向かっています」

「亡くなった者は?」

「領兵が11名です。いずれも即死でした」

「分かった」

 11名も犠牲を出してしまったか。相手が本物の御子たちだったのなら、その気になれば皆殺しされていたかもしれないので、手加減はしてもらったのかもしれない。だからと言ってこちらが手加減する必要は微塵もない。



 領軍の指揮官の指示で、兵隊たちが後方に下がったところでリンガレングをキューブから路面に出した。


 行政庁の建物はいくらでも建て替えられる。とはいえ、メチャクチャにしないでほしいのも確か。

「リンガレング。前方の建物の中にそれぞれ赤、青、黒の鎧を着た敵がいるはずだ。味方に害が及ばないよう、たおせ。できればでいいが建物はなるべく壊さないように」

「了解。対象をみつけ次第殲滅します」


 リンガレングが行政庁の開け放たれた扉に向かって移動していき、そのまま建物の中に入っていった。扉の近くの路面には血の痕のようなものが広がっている。そこで領兵が切り伏せられたのだろう。


 リンガレングが行政庁の中に入って行ったあと、ほとんど音は聞こえてこなかったが20秒ほどしてリンガレングは建物から出てきた。


「マスター。建物の中にいた赤、青、黒の鎧を着た者を処分しました」

 実際のところ赤、青、黒が本物の御子だったのかは不明だが、リンガレングにとってモブであったことは間違いない。


「味方は誰もいなかったか?」

「いませんでした」

「了解」


「中に入って死体を確かめるか」


 リンガレングはその場に残して、エリカとペラを伴って行政庁の入り口に向かって歩いていった。


 数歩歩いたところでいきなり腰に下げたバトンが輝いた。同時に何かの気配、いや殺気を感じてレメンゲンを鞘から抜き放った。エリカも同様に、双剣を抜き放った。

 ペラが俺の前にさっと動き俺と殺気の間に立った。


 俺は何ともなかったが、俺をかばってくれたペラの右の手首から先が切り払われていた。

 

 ペラの視線の先を見ると、そこに白い革鎧を着て双剣を構えた女が立っていた。

 エリカに似ているのはそこまでで、女は珍しく黒髪で年のころは俺と同じか少し上。女はどことなく日本人に似た顔立ちをしていた。

 女はペラから打撃攻撃を受けていたようで、女の左腕はだらりとぶら下がっている。

 ペラの打撃を受けて腕が繋がっていること自体奇跡だ。よほど頑丈な鎧なのか体なのか?


 どこに潜んでいたのか分からないが、うまく気配を消していたものだ。

 誰何すいかしたところで何の意味もないし、そもそも相手が答えるいわれもないので、後はリンガレングに任せることにした。


「リンガレング、その白い賊を討ち取れ」

「了解」


 これで簡単に片がつく。と、思ったのだが、白い鎧の女はあっという間に後方で俺たちのことを見守っていた領兵たちの中に駆け込み、そのまま見えなくなってしまった。さすがのリンガレングも手出しできず、また追うこともできずに戻ってきた。

「取り逃がしてしまいました」


「仕方がない」


「ペラはウーマに戻って手首の修理をしてくれ」

「はい」


 ペラは先ほど切り飛ばされた手首を持ってウーマに戻っていった。


「さっきの白いの、やけにすばしこかったわね」

「これまでの赤、青、黒以上に強敵だな」

「リンガレングで仕留められなかったって初めてでしょ?」

「そう思う。

 まだ金の御子が潜んでいるかもしれないから用心しないといけない。

 とにかく、御子を見つけても手を出さないように領軍にも住民にも徹底させてた方がいいな」

「そうね」


 エリカが先ほどの領軍の指揮官を呼んで俺がさっき言ったことを徹底するよう指示を出した。

 さきほどの行政庁の職員が割と近くで成り行きを見守っていたので、彼には俺から今のことを伝えておいた。


「それじゃあ、中に入って検分しよう。

 リンガレングは赤、青、黒を仕留めたところに案内してくれ」

「了解」


 俺とエリカはリンガレングの後について入り口前の血を避けて行政庁の中に入って行った。

 リンガレングのことだから、ある程度メチャクチャになっていることは覚悟していたが、言いつけを守ってくれたようで建物の中はきれいなものだった。


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