第322話 ガレア戦3
ウーマは王都市街を囲む田畑を通って街道を撤退中のガレアに向かっていった。
すぐにガレア側もウーマに気づいたようで、横に広がり陣形を作り始めた。
そういった物は何の役にも立たないことはガレア側でも承知しているのだろうが、だからと言って無防備に蹂躙されるのを待つわけにもいかない以上仕方がない。
あまりウーマを近づけてしまうとガレアが必要以上に警戒しそのまま戦闘状態に突入するのは明らかだったので、俺はペラだけ連れてガレアの陣地に徒歩で向かった。たった2人が歩いてきている以上、軍使的な何かであろうことは容易に想像できるはず。
「おーい。俺たちは交渉に来たんだ。そっちの責任者を呼んでくれー!」
大声を出しながら整列する騎馬と歩兵に塊りに近づいていったところ、矢を射かけられはしなかった。
そのまま、彼らの30メートルほどまで近づいて先方の動きを待った。
ウーマは俺の後方50メートルほどだ。
そこでもう一度『責任者出てこい!』と大声を上げたら、責任者らしきおっさんが数名の部下を連れ、陣地の兵隊たちの間から抜け出てこっちに向かって歩いてきた。
「わたしが、この軍団をあずかる大将軍ズィヤードだ。
貴殿があの『魔王ライネッケ』なのか?」
「わたしが魔王云々と呼ばれていることは承知しているが、ヨーネフリッツ王国大侯爵ライネッケだ。あなたがガレアの代表と考えていいんだな?」
「いや。わたしはこの軍団をあずかるだけでガレアの代表ではない。ガレアの代表は覇者イブン・マジャルトだ」
こいつ、文脈を理解していないのか? 生前普及していたポンコツAIみたいな受け答えしないでくれよな。
「わが方は貴殿の軍を容易にうち滅ぼすことができる。このことについて異論はあるまい?」
「それは理解できている。わが方に降伏を迫るというのか? ならばわが方は一兵になるまで戦い抜く所存である」
「降伏を迫るつもりはない。ここまで占領した国からも引いて母国に帰るなら見逃そう。と言っている」
「それは、
「二言はない」
「なぜだ?」
「ここで皆殺しにしてしまうのは簡単だが、そうすれば貴殿の国も恨みに思うだろう?」
「……」
「1年ちょっと前、この地方からやってきた20万の兵を皆殺しにしたことがあるが、それは彼らがわたしに縁のある国に攻め入ったからで、正直なところこの地方についてわたしは縁もゆかりも思い入れもない。
ただ、ここできみたちをこの地方から駆逐すれば恩を売れる。そして、きみたちを生きて返せば少なくともきみたちは命拾いしたと思うのではないか?」
「……」
「国に帰ったら次のことをイブン・マジャルトとかいう御仁に伝えてくれ。この地に二度と足を踏み入れるなと」
「了解した。これだけの兵を失ったわたしの最期の言葉としてイブン・マジャルトはその言葉を聞くであろう」
負けた将軍が死をもって全責任を取るというのは、生前の中国の話で読んだことがあるが、この世界でもそういったところがあったのか。
目の前の覚悟を決めているおっさん。そこらの国の将軍などよりよほど優秀なんだろうが、惜しいものだ。
「もし貴殿にその気があるなら、わたしのもとに来て働いてみないか?」
「……」
さすがにリクルートは無理か。
「それじゃあ」
俺は自陣に戻っていく大将軍たちに背を向けて、ペラを伴ってウーマに戻っていった。
そのあとウーマのスリットからガレアの陣を見ていたらすぐに陣が解かれ西への行軍が再開された。
確かに訓練の行き届いた、いい軍隊だ。
「二度とこの地を踏むなとは言ったが、相手が現地司令官だったのでその言葉が反故にされることは十分あり得る。それは仕方ないだろうな」
「もし今度来寇するようなことがあれば素直にツェントルムに助けを求めるから大丈夫よ」
「それもそうだな。
さーて。次は王都に入ってこの国の王さまと交渉だな」
「そうね。ここまではいいとして、ここより西の国ってわたしたちのおかげで国が元の戻ったことを知らないじゃない」
「そうだな。その辺りは、この国の王さまと交渉して事実を伝えさせればいいんじゃないか。
ついでにダンジョンイモの種芋もここに置いておけば」
「ちゃんと各国に配るかな?」
「後で確かめると言っておけばさすがにちゃんとするだろ」
「それもそうね」
「それじゃあ、ウーマに乗ったまま市街に入って行って王さまを呼び出そう」
ウーマを街道に入れて王都に向かっていき市街を進んでいったら住人が建物から現れ、ウーマを見つけてまた引っ込む。を繰り返しているうちに大通りの先に城が見えてきた。
市内の建物も破壊された痕はないし、城もいたって健全なので戦うことなく降伏したのだろう。
住人が飢える前に降伏していないと悲惨だが、さすがに救援の望めない状況で長期間籠城する間抜けはいないよな?
この国の兵隊たちも一度はガレアに降伏しているので武装解除されていると思うがどうなんだろう?
ウーマを城に向けて歩かせたが、住民がチラホラ目に入るだけで兵隊の姿は見えない。
城の正面らしきところまでウーマが到着したところでウーマを止め、ペラを伴ってウーマの甲羅のステージに上がって城に向かって大声で呼ばわった。
「ヨーネフリッツ王国大侯爵ライネッケだ。ここは王城と見受けるが国王ないし国王の代理人を寄こしてくれ。
もう一度言う。わたしはきみたちの言う『魔王ライネッケ』だ。国王ないしその代理人を寄こしてくれ」
城の中にこもられてしまうとこっちには兵隊もいないので皆殺し前提でリンガレングを使うしかなくなるんだよなー。俺の親心を察してすぐに出てきてくれよ。
10分ほど待っていたら、おっさんと数人の男女が城の中から出てきた。
俺はステージの上からその連中に向かい、
「誰が王さまだ? 代理でもいいが誰だ?」
少し間があって、一番年かさに見える男が一歩前に出て答えた。
「わたしが国王陛下の代理です」
「了解した。
現在この都からガレアが撤退したことは当然知っているだろ?」
「はい」
「理由は分かるかな?」
「いいえ。分かりません」
「ここに来る途中2つの都市を囲むガレアを文字通りわたしたちが殲滅した。その結果、ガレアは恐れをなして彼らがやってきた西に向けて逃げ出した。途中の国々からも撤退する。というのが真相だ」
「にわかには信じられません」
「それなら何かの証拠を見せないとな。
城の外壁を壊して丸裸にすることも簡単だけど、それをやったら信じるかな?
それとも、ここから見える城内で一番大きな建物の屋根を吹き飛ばしてみようか?」
修理するのが簡単だから屋根を吹き飛ばそう。
ペラ、あそこに見える大きな建物の屋根を吹き飛ばしてくれ」
そう言って俺は四角手裏剣をキューブから取り出してペラに手渡した。
四角手裏剣を受け取ったペラはひょいっといった感じで城の本棟らしき建物に向かって四角手裏剣を投げた。
四角手裏剣は横隔膜に響くような嫌な音を一瞬発し、その後建物の屋根が吹き飛んだ。音はそんなにしなかったが、結構大きく屋根が壊れてしまった。
「これで分かったかな?
あれ? 返事がない。それなら城壁を壊すしかないか。
リンガレング!」
別に声を出す必要ないのだが、ノリでリンガレングを呼んで、キューブからウーマの甲羅の上に出してやった。
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン!」
また訳の分からないことを口走ってリンガレングが現れた。
「目の前の城の城壁だけを破壊してくれ。特殊攻撃じゃなくて手足を使った攻撃でな」
「了解しました」
「待って。待ってください」
「リンガレング待て」
「はい」
こういう時リンガレングは一状況を読んで『了解しました』から行動開始まで一拍置くんだよ。非常に賢い。
「信じてくれたようでなにより。
それでは、ガレアからきみたちを解放したわたしからきみたちに
まず一つ目。
西方諸国各国に使者を出し、このわたしがガレアを退けた。と知らしめること」
「それだけでいいんですか?」
「まだ一つ目だから。
二つ目。
今から種芋を渡すからそれを西方諸国に配ること。
名まえはダンジョンイモ。収量が多いのが特徴だ。
あとで確認するからちゃんと配らないと大変なことになるからな」
「栽培法などは?」
「イモと一緒に栽培方法などを書いた紙を渡す」
「その2点だけでしょうか?」
「その通り。
なぜわたしがそんなことをするのか不思議だろ?」
「はい」
「それは、きみたち西方諸国に恩を売るためだ。
国の大半を飲み込んでいた敵を退けてもらったうえで、救荒作物の供与までしてもらえば、どんな国でも感謝するんじゃないか?」
「もちろんです。
『魔王ライネッケ』とは教会の者たちが閣下のことを誹謗した言葉だと理解できました。
わが国は教会とのつながりを断ち、閣下に感謝いたします」
「それを忘れないように。
それじゃあダンジョンイモを出すから受け取ってくれ」
道の上にジャガイモを全部出してやったらずいぶん大きな山ができてしまった。その後、国王代理の足元にあらかじめ用意していた栽培方法や食べる時の注意点を書いた紙を置いておいた。
「わたしの用事は終わったから、これで失礼する」
深々と礼をする国王代理たちの前でウーマをUターンさせ、大通りを街道に向けて移動させ、ウーマを帰路につかせた。
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