第318話 研究開発。神聖騎士団


 俺たちにとって西方諸国の情勢は急を要するものではない。と、判断した。功利的に考えて、ある程度ガレアよって痛めつけられた後に真打登場作戦で行くことにした。西方諸国の情報は大使殿経由でフリシアから届いているので間違いは起こらないだろう。少なくともフリシアがガレアに席巻されヨーネフリッツまでガレアが攻め込んでくることはない。



 そういうことなので、半ば安心してライネッケ領の研究開発に力を入れた。


 転炉で製造した鋼鉄を使ったレールの試作品が7月あたりからでき上っており、当面1メートルあたり10キロのレールを採用することにした。生前駅でよく見たJRのレールからすれば相当細いのは確かだが、鉱山や各工房内で台車を使うためのレールという位置づけだ。

 これに関連して、木工工房では枕木。鍛冶工房では犬釘スパイキ、レールの接続金具、転轍機その他の製造を進めている。もちろん、全金属製の鉄道用台車も製造している。ただベアリングの製造は工作機械の製造と表裏一体でまだ先の話だ。従って車軸の滑りは油任せだ。それでも着実に産業革命が近づいてきている。


 研究所の工業部門では次の課題として蒸気機関にとりかかった。シリンダーに蒸気を入れてピストンを往復運動させてそれを回転運動に変える。プロトタイプの製造までにもかなり時間がかかりそうだ。そしてそのあとの改良だ。それでも飽きずに続けていれば必ず結果に結びつく。


 俺は資金と完成予想を口にするだけだが、何かができ上ると文字通り至福を感じてしまう。


 研究所の人員が増えたことを受けてこれらに平行して工作機械の精度向上に取り掛かった。ベアリングの精度を上げ精度の上がったベアリングを使った工作機械を製造し、さらに精度の高いベアリングを作っていく。時間のかかる技術開発だが乗り越えなければならない。


 人員を増やし研究内容も増やしていたら研究所が窮屈になってきた。そのため工業関連研究部門を分離してツェントルムの郊外に第2研究所を作ることにした。


 機械の製造にはそれ相応の強度の金属が要求されるわけで、特にベアリングや工作機械にはそれなりの金属が必要になる。そういうことなので、冶金技術の研究も大事だ。各種の強度を測定するための装置の開発も行っている。技術は全方面で少しずつ進捗している。


 俺が死んでもライネッケ領がある限り、この流れは止められないし続くだろう。つまり俺の崇高なる使命は達成されるということだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらはハジャルの丘にでき上った仮教会の中の一室。

 神聖教会では空席だった2人の大主教を新たに選任したことで、現在総大主教と8人の大主教が神聖教会の舵を取っている。もっとも、大主教には総大主教の方針に逆らう権限はないため、8人の大主教たちは諮問機関と言った位置づけだ。ただ、発言は自由でそのことで叱責されるようなことはない。


「ガレアの侵攻を止めない限り、西方諸国は神聖教会から離れて行くのは必定」

 ガレアの侵攻を止めなければ神聖教会の前に拠って立つべき国が無くなってしまうわけだから神聖教会から離れる以前の問題だ。

 先の東方遠征での大敗北の結果、西方諸国は明らかに神聖教会に対して不信の目を向けている。多数の兵を失った上に何の見返りもなく、国が疲弊してしまった以上当然ではある。

 なんとしてもガレアの侵攻を止めるため御子を送り込んだのだが、なんの成果も上がられず逃げ帰ってきた。御子一人で1万の兵士に匹敵する。と、大きなことを言っていたが、それさえも覆されてしまい神聖教会の威信にさらなる傷がついてしまった。

 西方からの寄付なども細ってきているのも事実だ。


「3人の御子がなすすべなく逃げ帰ってきた以上、神聖騎士団を派遣してなんとしてもガレアを止めなければ」

 各国から神聖騎士団の派遣を強く求められているのも事実である。

 幸いなことに教会の貯えもある程度回復してきており、神聖騎士団3万を送り出すことは可能ではある。

 しかし、神聖騎士団同様、いやそれ以上に騎馬を主力とするガレアに対して神聖騎士団が勝てるのか? と、問われて、勝てる。とは容易に言えないのも事実である。

 もし神聖騎士団がガレアとの戦いの中で壊滅した場合、神聖教会そのものが崩壊しかねない。

 となれば、神聖騎士団の派遣はすべきではない。


 となると、最後の手段は金の御子ということになる。

 金の御子以外失われたところで補充できるが、金の御子が失われれば、御子はそこで途絶えることになる。しかし、ガレアも人の子である以上金の御子をどうこうすることはできまい。現に3人の御子は成果は上げられなかったものの無事帰還している。

 御子と教会全体を秤にかけてどちらが重いのかと言えば、もちろん教会全体だ。

 となると、金の御子を筆頭に残りの御子もガレアとの戦いに向かわせるしかない。

 また各国からの要望に応えるという意味でも神聖騎士団を派遣した方がいいだろう。


「金の御子以下5人の御子全員をガレア討伐のため西に向かわせることとする。彼らに2万の神聖騎士団を同行させる」


 総大主教のその言葉に8人の大主教たちが賛同の意を示した。




 1週間後。総大主教の意を受けた5人の御子はハジャルの丘を下り、準備の整った2万の神聖騎士団と輜重部隊を引き連れて西に向かった。

 神聖騎士団では1人の騎士に3人の従兵が付き従う形をとっており、今回の2万の神聖騎士団のうち5000が騎士で残りの1万5000が騎士に従う従兵という編制である。




 名目上の総大将を金の御子として2万の軍勢を引き連れた5人の御子たちは、荒野を横断し、西方諸国の一国に到着。地元の神聖教会からガレアの侵攻最前線の位置を確かめさらに西に向かって移動した。


 そしてハジャルを出発してから2カ月後。

 彼らは丘から見下ろす平野の先にガレアが囲む都市を遠望する位置まで進出した。

 ガレア軍の囲む都市は、西方諸国の5つの国のうち西から3つ目の国の都であった。


 なんとしてもガレア軍の包囲をこじ開けなければいずれその都は陥落する。

 御子たちと神聖騎士団は突入の機会をうかがいながらガレアが囲む都市に向けて進んでいった。


 作戦は、金の御子を中心に左右に二人の御子が横に広がりガレアの正面から突進する。

 そのあとを騎士団が楔状に続き、御子が開けた穴を大きくこじ開けていくというものだった。

 引き連れてきた輜重部隊自身は後方で待機させている。



 もちろん彼らの進軍は早い段階でガレアの知るところとなっていた。さらに以前赤、黒、青の御子との交戦についてもガレア内では共有されていた。


 突貫の声を上げ御子を先頭とした神聖騎士団が迫る中、ガレア側はほとんど反応を示さず、いよいよ間近に迫ったところで、ガレア軍は御子と神聖騎士団に接触することなく左右に引いた。

 こうなることを予想していなかったため、御子たちは立ち止まることも方向転換することもできずそもまま突き進んでいき、御子たちによって都市までの道が啓開されてしまった。

 ガレア側はでき上った間隙を直ちに埋めて再包囲してしまった。

 御子たち5人にとって包囲からの脱出は容易であったが、突進力を一度失った神聖騎士団は内側から包囲を破ることは困難となった。


 そのころには、ガレアの別動隊によって騎士団の連れてきた輜重隊は全滅しており、神聖騎士団がたとえ包囲を脱したところで、周辺での物資の大量徴用は難しく戦力の維持は不可能となっていた。


 5人の御子はその日のうちに包囲を脱したが、神聖騎士団は包囲から脱出できず都市の重荷となってしまった。

 そしてその5日後。神聖騎士団ともども都市はガレアに降伏した。


 神聖騎士団の降伏は意図的に周辺に拡散され、神聖教会の影響力はさらに低下してしまった。

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