第316話 ライネッケ領。西方諸国情勢
ドリスの戴冠式も終わり4月になった。
反射炉での鋼鉄の生産も軌道に乗り品質も安定してきたと研究所から報告を受けた。
転炉への移行はまだまだ先なので、次の課題としてレールの生産と蒸気機関の研究を指示しておいた。
レールの説明は簡単だったが、蒸気機関についてはまずヤカンを沸騰させてヤカンの口から吹き出る蒸気を水車の模型に当てて水車を回すことで研究所の連中に理解させた。水車の模型はペラに言って作ってもらったものだ。ペラは何気にそういった工作も得意なようだ。ペラがその気になれば工作機械並みのことができそうだが、生産にペラを組み込むわけにはいかないので何も言わないでおいた。
蒸気機関が完成したら、改良しながら各種の力仕事や単純作業の機械化を進めていく。
目玉は蒸気機関車と自動織機だ。どちらも近代産業になくてはならない技術だ。蒸気機関車は言わずもがなだが、自動織機によってこれまでの大量の人手によって生産されたいた布が基本的に人の手を借りずに大量に生産されるようになり労働力をよそに回すことができるようになる。
これはわがライネッケ領に限られることで、他の地域では新産業の興隆によって押し流される犠牲者は当然出るだろう。そういった人間はぜひライネッケ領に流れてきていただきたい。仕事はいくらでもあるんだから。
工業関連はこんなところで、農業関連として研究所で栽培中のジャガイモもトマトもちゃんと芽が出て大きくなっている。
栽培が成功したらさらに規模を大きくしていく。今から楽しみだ。
もちろんダンジョンから持ち帰ってからウーマの中で俺が調理してエリカたちはもちろん大使殿たちも何度も食べている。ジャガイモはポテトサラダとコロッケが大好評だった。
トマトについては、生のままのサラダと、サンドイッチの具材。スープの具材からスパゲッティ風の麺の具材といろいろ試してみた。どれも好評だった。
ジャガイモもトマトも手に入ったのだが、コンニャク芋は見つかっていない。そもそもコンニャク芋の葉っぱの形すら知らないので、見つけようがないともいえる。もしかしたらこの前、13階層の柱の1階層でジャガイモとトマトを見つけたあたりに生えていたかもしれない。今度行くことがあったら、地面にそれっぽいものが生えていたら全部引っこ抜いてコンニャクイモが生っていないか確かめないと。
領軍規模は6個大隊+1個弓兵大隊となっている。エリカによるとそのうち2個大隊は錬成中のため実戦に使えるのは4個大隊と1個弓兵大隊だ。慢性的な人員不足の中での貴重な兵力なので無駄なことはできないのは当然だが、エリカに言わせると、この2500人でよその1万人規模の兵くらいなら簡単に粉砕できるだろうということだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのころ西方諸国連合内の最も西に位置するユルクセン王国。
神聖教会の『魔王をたおせ!』との求めに応じて、多くの領主が領軍を率いて東に進んだ。もちろん彼らの目的は略奪である。西方諸国連合内では合流しつつおとなしく東進していた彼らだったが、進軍途上のフリシアに越境したとたん本性を現し、略奪を重ねフリシアでの最大の戦利品が眠る王都フリシアンを目指して進軍を続けた。
そして、ある日を境に彼らの行方は文字通り消えてしまった。
彼らに遅れて越境し、立ち直ったフリシア軍の追撃を辛くも免れた者たちは、多くの物言わぬ死体がフリシアの都フリシアンの手前のいたるところに散らばっていたという。
ユルクセン王国でも4万を越える者が出征しておりそのほとんどが帰国しておらず音信不通のままである。残された者、特に下級兵士の係累の多くは路頭に迷っている。もちろん国内の景気も低迷し、治安も悪化している。また多くの領地が領主不在のままとなっている。
既に数カ月前から怨嗟の声が神聖教会に向けられるようになり、神聖教会側も救護院を開くなど対応したが焼け石に水だった。
神聖教会側は東進した20万の軍勢に起きたことは把握していたが、固く緘口令を敷いておりいまのところその情報は西方諸国に漏れてはいない。
そういった状況の中、ユルクセン王国の西の海に無数の軍船が現れ、砂浜になった海岸に乗り上げ兵士と多数の軍馬を吐き出した。
軍船の数は2000。上陸した兵数は9万。うち3万は騎兵だった。
瞬く間に海岸周辺を席巻した海からの軍団は着実に東に向けて進軍を続け途上の諸都市を占領していった。彼らは自分たちのことを『ガレア』と呼んだ。これに対して西方諸国は後日彼らのことを『西の蛮族』と呼んだが、ガレアの文化は西方諸国と比べ決して劣っておらず、多くの分野で西方諸国を凌駕していた。
ガレアの戦術は、騎兵により野戦で敵を粉砕したあと、行く手の都市を包囲し、周辺からの一切の補給を断って降伏を促すというものだ。そういう意味では着実な戦術である。ただ相手が大都市となると占領までに時間がかかる。
一度野戦で大敗したユルクセン王国軍は王都エルドネアに引きこもったが、ガレアによって包囲されつつあった。
ユルクセン王国では西方諸国に救援を求め各国に急使を派遣したが、各国とも東への派兵でいろいろな意味で疲弊しており救援の兵を送ることに消極的だった。
神聖教会でもこの事態を把握しており、西方各国に対してユルクセン王国への援助、援軍を求めたが、同じ理由の他、先般の遠征失敗の反発もあり各国とも消極的だった。
そのため神聖教会では王都エルドネアをガレアの包囲から解放するため新たな御子の初めての実戦を兼ねて3人の赤、青、黒の御子をユルクセン王国に派遣することを決定した。
ハジャルから1カ月ほどでユルクセン王国に到着した3人は、エルドネアに接近するも、ガレアの騎兵に入れ代わり立ち代わり短弓を射かけられ翻弄され続けたあげく、負傷することはなかったが結果的に撃退されて聖地ハジャルに逃げ帰ってしまった。
フリシア王国では、昨年の西方諸国による侵攻を受けていたこともあり、早期に西方諸国に対し間諜を送り込んでいた。
ガレアのユルクセン王国への侵入の報は、2カ月後フリシアの王都フリシアンに届けられた。
引き続きフリシアンに続報も届けられ、3人の御子がガレアに撃退されたことも報告された。
ガレアの圧倒的な力の前にユルクセン王国は籠城するだけでなすすべもなかったが、ガレアの侵攻速度はことのほか遅いことも判明して復興途上のフリシアではある程度安堵した。
とはいえ、ガレアの侵攻がどこで止まるのか分からない以上無視はできない。王都の防衛のため城壁の補修、強化を進める傍ら、フリス河上流の渡河可能地点数カ所に砦の建設を開始した。
また、ツェントルムに駐在するケイト・エリクセンに西方諸国の状況を記した書状を送り、エドモンド・ライネッケにガレアの脅威を伝えるよう指示した。
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