第309話 サクラダダンジョン


 フリシア騒動から何事もなく2カ月近く過ぎた。

 神聖教会の直接的な動きもない。


 その間にフリシア国王から礼状が俺のもとに届いた。

 礼状は礼状だったが、具体的な礼として俺はフリシアの領地持ち侯爵待遇にされてしまった。

 どういうことかというと、他所の国の貴族を勝手に自国の貴族にはできないので、侯爵待遇という名目でその領地で上がった収入を毎年ツェントルムに送るというものだ。


 礼状に領地の名まえが〇×地方と書いてあったのだが、あいにくどこかわからなかったので大使殿に聞いたところ、フリシアの西国境一帯のことだった。これには俺も笑ってしまった。大使殿は逆に恐縮していた。



 12月に入り、予定通りツェントルム、サクラダ間を結ぶ街道、ツェントルム-サクラダ線が完成した。

 道路建設部隊の次の仕事はツェントルム周辺の集落とツェントルムを結ぶ道路の舗装になる予定だ。

 次の工事について、俺はノータッチなので材料の運搬が自前になりそれなりに作業は大変になる。とはいっても道路建設部隊の人員も着実に増えているので少しずつこなせる作業量は増えていっているし、何とかなるだろう。



 街道が完成したので、今日は大使殿との約束通り、大使殿たちをウーマに乗せてサクラダダンジョンに向かっている。大使殿についてきたのは大使殿の武官の二人で、文官の二人は防具を身に着けてとても8時間も歩けないと辞退している。いちおう訓練はしたようなのだが、無理だと悟ったようだ。一般人からすればそんなものかもしれない。

 エリカもドーラも領軍本部は休んで同乗しているので、搭乗人員は8人。


 午前7時にツェントルムを出発してサクラダまで5時間。

 途中で、大まかな予定を大使殿たちに話しておいた。

「最初にサクラダダンジョンギルドに行ってダンジョンワーカーの登録をしてしまいます。

 実際は登録してもしなくてもダンジョンに入れるけど、あって困る物じゃないですから」

「はい」

「今回は初回だけど、13階層まで行こうと思います。けっこう歩くけど13階層を見れば納得できるはず」

「よくわかりませんが、分かりました」

「13階層に降りたら、13階層の中心に向かって進みます」

「中心?」

「中心があるんです。これも自分の目で見た方がいいので詳しくは話しません。見れば驚くと思います」

「期待しています」


 ツェントルム-サクラダ線のサクラダ側の出口は、ディアナとサクラダを結ぶ街道のサクラダ近くなので、ウーマの中で11時ごろ昼食を済ませてそこでウーマを降りて、ウーマはキューブにしまっておいた。

 ウーマ自体は有名になっているので、注目を集めはしたが、騒ぎになることもなかった。


 俺たちは俺を先頭にして、俺たちを見て敬礼する門番たちの間を通って市内に入っていった。


 街の中に入って、道行く人や荷馬車の御者などから注目を浴びながら、しばらく歩いてサクラダダンジョンギルド前に到着した。


「大きな建物ですね」と、建物を見上げて大使殿。

「繁盛してるんでしょう。さっそく中に入って登録してしまいましょう」


 フル装備の8人がダンジョンギルドの扉を開けて中に入っていった。フル装備と言ってもケイちゃんはウサツをキューブに入れているし、ドーラも杖をキューブに入れている。


 扉の先はいつものホールで、時刻が時刻なので雄鶏亭には客がそれなりに入っていたがホールに人はあまりいなかった。


 ホールに入った大使殿が正面の黒い渦を見て。

「あれが話に聞くダンジョンの入り口ですね。ちょっと怖いかも?」

「怖くなんかないから。ほら今人が入っていったしょ?

 今度は出てきた」

「見てて不思議ですね」

「慣れだから。

 登録を先に済ませてしまいましょうか」


 渦の左右に石像が並んだちょっと豪華なホールを横切り受付カウンターにやってきた。


 本人はどう思っているか分からないが俺にとって有難いことにエルマンさんは売れずに健在だった。


「ライネッケ大侯爵さま!」

「エルマンさん、お久しぶり! って程じゃないですが、今日は知人の登録をお願いします」

「かしこまりました。そちらの3人の方たちですね?」

「はい」

「さっそくですが、みなさんの名まえと生年月日をこちらの用紙に記入してください」

 エルマンさんから渡された用紙にカウンターに置かれたペンを使って3人が順に名まえと生年月日を用紙に書いていった。

 その間に俺は3人分の登録料の銀貨3枚を払っておいた。お金のことはキッチリした方がいいのは確かだが、さすがに大使殿に請求はしない。というかできません。

 それに気づいたミューラーがお金を払おうとしてくれたが断った。


 用紙を受け取ったエルマンさんがいつものようにその用紙を後ろに持っていって席に戻り、ダンジョンワーカーの規則などを大使殿たちに説明した。

 3人が見た目高級な防具を身に着けてる関係か、俺の関係者たちだからか今回は寮の案内はなかった。


 説明が終わって少ししてエルマンさんのところに登録証のタグが届けられ、大使殿たちが礼を言って受け取った。あとで革ひもを渡しておかないとな。たしかキューブの中に入れていたはず。

 キューブを意識したらやはり中に革ひもが入っていた。


 エルマンさんが誰を相手にしていたのか知らないままだとかわいそうと思った俺は、最後に。

「一応エルマンさんに紹介しておきますが、この方はフリシア王国の第2王女さまです。現在ツェントルムで大使をされてます」

「王女殿下! ひぇーー!」

「驚かなくても。普通の人ですから」

「そうは言っても」

 実際は王女殿下より大侯爵の俺の方が格上なんだけど。慣れ親しんだ王女の言葉に感動したんだろうな。

「黙っていてもよかったんですけど、有名人と会ったってことをあとで自慢できるだろうと思って教えてあげました」

「大侯爵さまだけでもみんなにうらやましがられてるのに!」

「それじゃあ」

「は、はい。お気をつけて」



 無事ダンジョンギルドの登録が終わったところで、俺が先頭に立って渦に向かって歩いていった。歩きながら渦を抜けた後の注意事項を大使たちに教えておいた。

「後続が追突してしまうので、渦を抜けたらすぐに横に移動してください」

「分かりました」「「了解です」」


「それじゃあ、俺から」

 渦を抜けたところですぐに横に移動して、後続を待つ。

 今日の隊列は、俺、大使殿、シュミットにクライン、続いてエリカ、ドーラ、ケイちゃん、ペラの順だ。


 いちおう俺だけリュックを背負い、カンテラを点灯してリュックの横あたりに下げておいた。

 今の時刻は12時50分。途中休憩を2、3回取って6時間かけて13階層まで下りていく予定だ。

 13階層到着予定時刻は19時。午後7時の予定だ。そこからウーマに乗って夕食を食べながら柱を目指す。

 柱に向かうのは何年ぶりか忘れてしまったが、1階層でバナナ狩とかすれば大使殿たちも楽しいだろう。

 モンスターとの実戦は帰り道の3階層辺りで実施するつもりだ。


「それじゃあ、行こうか。

 まずは2階層まで。だいたいここから30分歩いて2階層に下っていく階段に到着するからそのつもりで」

 エリカたちには当然今回の予定について話しているが大使殿たちには何も話していない。

 最初に今日の予定を話してしまうと全くの素人の大使殿の心が折れてしまいかねないので、予定は小出しにすることにしている。

 歩く速さはいつも通り。武官の二人はいいとして初心者の大使殿にはちょっと速いかもしれないが、荷物といっても腰の剣帯に下げた剣ぐらいなのでそれほどでもないだろう。

 もしつらくなって泣きが入ったら、そしたらスピードを緩めよう。



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