第299話 蔵。神聖教会


 親善試合の翌日。


 金の保管所が完成したというので、神聖教会の聖地ハジャルで拾って来た金貨がいっぱい詰まった千両箱を収めるためにやってきた。場所は行政庁の裏手で現在は塀で囲ってるため行政庁の中を通らないと出入りできないようになっている。

 拾って来た580箱をきれいに積み上げたところ、まだ保管所の中は余裕があったのでダンジョンポーションを10箱ほど積んでおいた。領民にもしものことがあれば使うように行政庁の各トップに指示しておいた。それでも蔵には余裕がある。

はっきり言って資金は潤沢を通り越して有り余るほどあるのだが、こうなってくると保管所をいっぱいにしたくなるのが人情だ。

 エリカが言っていたように、もう2、3年したらハジャルに出かけていって金貨の詰まった千両箱を拾ってきてもいいかもしれない。


 本当のところを言えば、ハジャルに行って刈り取るよりサクラダダンジョンに潜る方が面倒ではないが、イヤミにはなるからハジャルへ刈り取りに行った方がいいか。なにより、同じ千両箱でそろえたいし。


 それはそうと、今年の1月にハジャルを襲撃して、丸3カ月も経っているのに神聖教会側になんの反応もないのが気にかかる。

 まさか俺やドリスの知らないところでよからぬことを企んでいるのではなかろうな?





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そのころ。

 神聖教会の聖地ハジャルでは、教会施設の再建が進められていた。

 土台だけは生き残ってるものの、ふもとから石材などを搬入することになるため、工事は遅々として進んでいない。工事の完成には30年を擁すると試算されていたがそれすらも甘い試算であろうと工事関係者は見ていた。


 現在神聖教会ではハジャルの丘のふもとの市街地の各所を借り上げて教会の業務を行なっており、魔王ライネッケに対する教会中枢の憎悪は極限にまで高まっていた。



 ここは神聖教会が借り上げたハジャルの丘のふもとのとある建物。調度などもそれなりに高価なものが使われているが、ハジャルの丘の上に3カ月前まで建っていた大聖堂と比べるべくもない。


 赤い法衣を着た6名の男女が左右の席に着き、座長席に緋色の法衣を着た老人が座っていた。

 その老人こそ神聖教会の頂点に君臨するモーリス総大主教である。



 赤い法衣を着た大主教は3カ月前には8人いたが、先のリンガレングの襲撃により、2名が亡くなっており、今は空席のままになっている。

 ここにいる総大主教と6人の大主教はそのときハジャルに不在で難を逃れたわけだが、そのせいもあり、総大主教はともかく6人の大主教は悪魔の手先の大グモ、リンガレングについて実感は薄い。


「許さん! 魔王の討伐のため神聖騎士団を送り、ヨーネフリッツともども悪魔の領地を蹂躙すきよめるべし」


「御子をかの地に遣わし、魔王の討伐を!」


 こうやって会合を開くたびに勇ましい意見が大主教たちからあがるが、悪魔の大グモに神聖騎士団を派遣して勝てる見込みがあるわけでもないし、そもそも教会の資金は現状圧倒的に不足しており大規模な外征を行なう余力はない。もはや二人になってしまった御子を失うわけにはいかない。



 大主教たちの無責任なさえずりを右から左に聞き流しながらモーリス総大主教は思案した。


 せめて魔王ライネッケの領地に神聖教会信徒が多数を占めていればやりようがあったものを、かの地の神聖教会信者は極端に少なく、信者を使った積極的な手は何も打てない。妙なことをすれば信者に対する弾圧も考えられるし国外追放もあり得る。

 今教会にできることは、新たな御子候補たちを金の御子により使い物に仕上げることだけである。


 保護を求めてきた娘婿のヨーネフリッツ国王ヨルマン2世だが、いくら娘が名目上の娘でも対外上は娘に変わりなく、そのため見捨てるわけにもいかず、それ相応の対応をしなければならなかった。

 そのためハジャルの丘に屋敷を与えてヨルマン2世を飼ってたのだが、ヨルマン2世は先の魔王ライネッケの襲撃によって倒壊する屋敷の下敷きになりあっけなく死んでしまった。今から考えると何の役にも立たないでくの坊だった。

 彼と共にハルネシアから逃げ出したヨーネフリッツの貴族たちは市街に住んでいたため難を免れたが、いっそのことヨルマン2世と共にいなくなってもらった方がせいせいしたのだが。


 繰り言を言っても仕方がない。総大主教としては、何もできないからといって何もしないわけにはいかない。


 何か打つ手はないか?


 暗部を送り込んでみるのも手だが、暗殺をしくじった場合、証拠があろうがなかろうが、魔王ライネッケは暗殺者を送り込んだ黒幕を神聖教会と決めつけ、またハジャルを蹂躙するだろう。さらに言えば暗殺の成功の見込みも限りなく低い。つまり自殺行為ということだ。


 手詰まりだ。

 何か打つ手はないか?


 西方諸国に魔王討伐の檄を飛ばしてみるか?


 西方諸国の軍を糾合して連合軍を作りあげ、フリシアから攻め滅ぼして新たに神聖教会の影響力のある国を打ち立て、その後にヨーネフリッツに攻め入る。そのころには神聖騎士団を動かせる余裕も生まれるだろう。

 魔王を討てなくとも、フリシア、ヨーネフリッツを蹂躙できればそれはそれで魔王の痛手になるだろうし、西方諸国連合軍も出費に見合った手土産を持って帰国できる。


 これだ。



 モーリス総大主教は自説を無責任に垂れ流していた6人の大主教たちに向かって、先ほどの考えを説明した。


「諸卿は自ら西方諸国に赴き、魔王討伐、魔王領の解放の軍をもよおすよう説得してもらいたい」


 珍しく大主教たちからの反発はなく、彼らは西側各国に散っていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 黄金の全身鎧を着る人物と白い鎧を着る女性が、ハジャルの丘のふもとにある神聖騎士団の訓練場に立ち、訓練に励む3人の男女の動きをじっと見ていた。

 その3人は、死亡したとみなされた3人の御子の代わりとなる御子候補たちである。


「順調ではあるが、順調止まりだな」

「この調子だと、あと3カ月はかかるでしょうね」

「そうだな。

 赤、青、黒の装備も失われているようだし、彼らの水準には届かないだろうが、それでも人の子に後れを取ることはあるまい」

「いくら何でも彼らも御子ですから、さすがにそれはないでしょう」


「ところで魔王ライネッケとやらをどう見る?」

「本物の魔王ということはさすがにないのでしょうが、魔王ライネッケの眷属4人がいずれも相当の使い手であるという話からして、魔王ライネッケにもあなたと同じような能力があるのでは?」

「わたしもそれを感じている」

「思う。ではなく、感じている?」

「その通り。わが鎧ゴルドヘルツがわたしにそう感じさせるのだ」

「ということは、魔王ライネッケに能力があることは確定?」

「そうだ」

「勝てますか?」

「勝たねばなるまい」

「そうですね」


「ただ、ハジャルの丘を破壊し尽くしたという大グモの力が実際のところ謎のままだ。

 カラクリだという話もあるが、大グモこそが本物の魔王なのかも知れぬぞ」

「まさか。と、いえないところが確かにありますね」

「そうすると、厄介では済まなくなるな」

「確かに」


「3人がある程度モノになったら魔王ライネッケのもとにやり、大グモについて探らせてみるとするか?」

「教会の密偵はすでに潜入しているのではありませんか?」

「密偵の探れることなどたかが知れている。

 やはり身をもってしか得られないことはあるのではないか?」

「しかし、先の赤、青、黒がすでに魔王ライネッケとその眷属によって討たれている以上、まかり間違えれば無駄死にするかもしれませんが」

「そうであれば、それまでの話だ」

「確かに」


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