第295話 フリシア大使着任2


 フリシア大使一行の歓迎晩餐会を俺たちの屋敷、つまりは領主館で開いた。

 領主さま以下5人が住む領主館ではあるが、使用人は一人もいないため、給仕の侍女など人材はすべてレンタルだ。いい時代になったものだ。ちなみに、領主館のメンテナンスのため毎日掃除の人に来てもらっている。彼らは行政庁と掛け持ち仕事だ。



 にわか侍女たちによってグラスにワインが行き渡ったところで乾杯のため俺が立ち上がったところでエリカたちも立ち上がり、それを見た大使殿たち5人が立ち上がった。国が違えば作法も違うだろうし、そもそも俺は作法を知らないし。


「ケイト・エリクセン殿下の当ライネッケ領への大使着任を心から歓迎するとともにフリシア、ヨーネフリッツ両国の親善に。乾杯!」

「「乾杯!」」

 内輪なら『かんぱーい!』なのだがここは固く『乾杯』とした。


 俺たちがグラスを上げてワインを口にしたのを見てフリシア側の5人も同じように「乾杯」と言ってワインを口にした。


 それで俺が席に着き、エリカたちも着席したのでフリシア側も着席した。

 この動きのずれがなんとなく楽しくなってきた。


 正式な式次第などないので適当でいいのだが、ここは大使殿がひとこと述べるべきだろう。

 そう思って隣に座る大使殿の横顔を見たら俺の言いたいことが分かったようで大使殿が立ち上がった。

 それにつれてフリシア側の4名が立ち上がったので、俺たちも立ち上がった。

 儀式ばっているところが実に面白い。


「ライネッケ大侯爵閣下。このような席を設けていただきありがとうございます。

 フリシアとヨーネフリッツとの絆となるべくわたしたちは尽力しますのでよろしくお願いします」

 そう言って大使殿が着席し、他の4名も着席したところで、俺たち5人が拍手しながら席に着いた。5人では拍手も正直閑散だが、気持ちは伝わっただろう。


 まずはオードブル。

 中身は、乾パンの上に簡単なものをのっけたカナッペだ。イクラ風マスの卵。キュウリの漬物、牛肉のしぐれ煮、チーズ。そういったものだ。もちろん、マスは北の湖で獲れたマスだ。


 料理を配る合間にも空いたグラスにワインを注ぐ。どんどん注ぐ。乾杯の時はグラスの3分の1程度しか注いでいなかったが、今は7分目まで注いでいる。

 赤も白も注いでいる。


 次に、温かいスープ。中身はトカゲ肉と茶色になるまでじっくり炒めたタマネギを使ったコンソメスープで、気楽亭で人気のスープだ。大衆料理ではあるがスープ用の深皿を木製の皿からオストリンデンのハウゼン商会で見繕ってもらった白い陶器に変えただけで一気に高級感が生れた。


 次の料理はサラダ。大根を細く切って水にさらしたものに赤いラディッシュの薄切りを彩に加え、ショウユ仕立てのフレンチ風ドレッシングで和えたものの上に薄くスライスしたマスのマリネをのっけたものだ。ドレッシングは俺が提供している。

 自慢のドレッシングではあるが本邦というか、本世界初公開。エリカたちも食べたことはない。


 大使殿がサラダを口にして『おいしい』と、小さなつぶやきが聞こえた。やったぜ! 俺が食べてもおいしいもの。


 次の料理は、ミートパイ。ミートパイそのものは気楽亭の人気メニューで、そのミートパイの生地の上に俺が提供したケチャップをたっぷり塗って焼き上げたものだ。ミートパイの肉は豚と牛の合い挽きで、ケチャップを塗る前提で味付けは控えめにしてもらっている。



 そして、次がメインディッシュのステーキ。肉はワイバーンの肋骨周りの肉、いわゆるカルビだ。このソースも俺が提供したもので、ショウユにみりんに砂糖、その他香辛料を加えて煮立ててとろみをつけた甘辛ソースだ。焼肉のタレとも言う。


「閣下。このお肉はなんのお肉なんですか?」

 メニューをテーブルに置いておけばよかった。そこまで気が回らなかったのだからそこは仕方ない。

「これはワイバーンのあばら骨の周りの肉になります」

「ワイバーンというのは、お話に出てくるあのワイバーンでしょうか?」

「はい。ここからもそれほど遠くないんですがサクラダダンジョンというダンジョンがヨーネフリッツにあり、その13階層で仕留めたワイバーンです」

「サクラダダンジョンのことは聞いています。閣下は以前サクラダダンジョンでダンジョンワーカーをされていてトップチームを率いられていたとか」

 俺の略歴を知っていることくらいライネッケ領ここに派遣されてきた大使となれば当然かもしれないが、王女というのにちゃんと勉強してここにやってきたというところは驚きだ。


「はい。その時の仲間が、いまここに並んでいる4人です」

「そうだったんですね。それで閣下がワイバーンを仕留められたのですか?」

「ワイバーンを仕留めたのは、そこの一番向うに座っているセラフィム子爵です」

「お強いんですね」

「われわれの中ではセラフィム子爵が最強でしょう」

「まぁ! わたしに同行した武官の二人もフリシアで一、二を争う剣術の達人なんですがセラフィム子爵殿にはかなわないんでしょうね」

「セラフィム子爵の時間が空いている時なら、お二人とセラフィム子爵とで模擬試合でもどうです?」


「よろしいんですか?」

「もちろんです。

 娯楽の乏しい場所ですから、そういった試合も盛り上がると思いますよ」

「それではよろしくお願いします。

 こちらが2名ですので、そちらからもう一人参加していただいた方が盛り上がるのではないでしょうか?」

「それもそうですね。ウィステリア子爵は弓術が専門なので、わたしか、ハウゼン伯爵かわたしの妹のドーラのうちだれでもお相手しますよ」

「ちなみにお三方の強さの順位は?」

「わたしとハウゼン伯爵だと、木剣勝負ならおそらくハウゼン伯爵の方が上でしょう。なので強さ的にはハウゼン伯爵、わたし、妹の順です。ただ、妹は杖を使います」

「木剣勝負だと。という意味は?」

「ハウゼン伯爵は双剣使いなので、木剣の場合実剣と比べて軽い分、手数が格段に上がります。わたしは両手で剣をあつかい一撃の重さで勝負しているんですが、木剣だと威力不足で結局押し負けてしまうと思います」

「なるほど」


「大使殿は武術のほうは?」

「短剣をたしなむ程度に習っていましたが、上達はしていません」

「王女殿下が剣を使うようではお終でしょうし」

「はい。そう思います。そのようなことにならぬように、立ち回ることにしています」

「それが一番です」


 今回は大きな試合にはならないが、昔のヨルマン領のように武術大会を開くのも面白そうだ。領民の娯楽にもなるし、武術を目指す者の励みにもなる。優秀な人材が集まるならなおよし。もっと早くから思いつけばよかった。



 焼肉風ワイバーン肉の後、口直しでバナナとマンゴーだかパパイヤをガラスの入れ物に入れて提供した。


「この果物もサクラダダンジョンで見つけたものです」

「変わった食感ですが甘くておいしいです」

「でしょう」

「はい」


 食べ物で一国の王女大使を手なずけられれば安いものだが、さすがにそれは無理だろう。それでもこうしてともに食事を摂っていれば親密さは増すというもの。何かあれば助けてもいいくらいの感情は湧いて来る。ちょっと甘いか?


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