第294話 フリシア大使着任


 神聖教会の聖地ヒジュラから頂いた金貨の保管庫、いわば蔵の建設は順調だがこれまで建てた他の建物と違って壁は石組で床も相当頑丈なものを建設することになった関係で完成は4月になってからのようだ。

 俺が下準備を終えたツェントルム-サクラダ線の道路建設部隊による本格建設もスタートした。



 エリカとドーラは領軍の法律を作っている。要するに軍法だ。

 これから軍が大きく成っていくと俺たちが現場を直接みられなくなってくることが考えられるので、軍として最低限の規律を定めようというものだ。どこかの軍隊のようにウーマを見ただけで戦線が崩壊するようでは困るし、軍隊が何をしてもいいわけではないからな。


 複雑なものを作る必要はない。というか、複雑だと守れなくなるので簡単なものではある。

 軍法の制定は、ペラの提案で俺が強く推したものだ。


 大まかな規則として。

 軍務中

  敵前逃亡:死罪ないし懲罰部隊への配属

  脱走:禁固から重労働、降格、懲罰部隊への配属

  命令違反、抗命:禁固から重労働、降格、懲罰部隊への配属

  民間人への危害:重労働から死罪、懲罰部隊への配属

 軍務中以外での犯罪 一般犯罪として取り扱われる。


 実際の運用を通して中身が固まっていくのだろう。

 ここでいう懲罰部隊とは、要は第一線ですりつぶされることを前提とした部隊のことだ。今のところそういった部隊はライネッケ領軍には存在していない。


 領内はいたって順調。



 3月の中旬。フリシアから使者が到着し、大使たちのツェントルム到着予定日などが知らされた。やって来るのは大使以下、文官、武官それぞれ2名の計5名。大使の名まえはケイト・エリクセン。名まえからすると女のようだ。というかエリクセンというのはフリシア国王の姓だったような。単に同姓なのか、係累なのかは不明だ。本人に聞けばわかること。


 これに伴って当方の受け入れ態勢もその日に向けて整えられた。


 そして月が変わり4月になった。

 フリシアから大使一行、大使と文官、武官それぞれ2名の計5名が予定通りツェントルムに到着した。長い道のりで期日通りだったところを考えると、おそらく途中で時間調整などしたのだろう。


 俺は到着早々の彼らから行政庁で着任のあいさつを受けた。

「ライネッケ閣下。わたくしはフリシア国王エリクセン1世の名代としてこの地に参りましたケイト・エリクセンと申します。

 これがエリクセン1世からの親書でございます」


 親書を受け取って、中身を確認した。


『ヨーネフリッツ王国 エドモンド・ライネッケ大侯爵閣下

 フリシア国王 アルベルト・エリクセンは、ケイト・エリクセンがヨーネフリッツ王国におけるフリシア王国を代表する者と認める。この者によりフリシア王国とヨーネフリッツ王国との親善が深まることを望む。

 国璽』

 文面を見る限り、全権大使だ。良いのか? こんな僻地に全権大使を送って。


「了解しました」

 それっぽく鷹揚にうなずいておいた。


「以後よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。

 それで大使殿はフリシアの国王陛下と同姓ですが何かご関係がおありですか?」

「わたくしはエリクセン1世の次女にあたります」

 なんと。王女殿下を全権大使として寄こしたのか。何か考えがあるのだろうが、相手さまの都合なので何とも言うまい。


 俺は元首おうさまではないがこれでフリシア大使を認証したことになる。ドリスから見れば相当な越権行為ではあるが、フリシアから見た場合、俺たちこそが脅威なんだから仕方ないよな。



「フリシア王国の公館は用意できていますので、このままご使用になれます。

 それと、明日の夕方はささやかですが歓迎の宴を用意しています。

 4時ごろ屋敷に迎えをやります。会場はわたしの屋敷です」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 彼らには予定通り旧ドリス邸をフリシアの公館として使用させる。公館の使用人は当方が有償で用意している。

 あいさつが終わったところで、行政庁の者にフリシアの公館として用意した旧ドリス邸へ案内させた。



 翌日の歓迎会。


 料理などは気楽亭のものを俺が監修し手を加えている。

 酒については俺が提供したものだ。中身はエールのほかハジャルで手に入れたワインとブランディーらしい蒸留酒だ。

 食器類については、オストリンデンのハウゼン商会から納入してもらった。フリシアの公館用にも用意している。


 招待した先方全員。大使、文官×2、武官×2の5名。

 ドリスからの報告によると、彼らはここツェントルムに赴任する前、ブルゲンオイストの王城を訪ね、ドリスにツェントルムに赴任することを報告しているそうだ。そこはしっかりしていて好感が持てる。


 わが方の出席者は俺たち5人。


 フリシアからの5人が到着して、パーティー会場である広間に入ってきた。

 俺は気さくな男なのでお偉いホストではあるが、会場の入り口まで迎えに出た。


「お招きにあずかりありがとうございます」


 フリシアの大使は国王エリクセン1世の次女なのでケイト殿下となるが、一応大使殿と呼ぶことにしている。

 年のころは俺と同じくらいに見えるので二十歳前後だろう。ひとことで言えば色白の美人だ。

 彼女の役割はヨルマン公時代のドリスではないか。と、エリカが言っていた。通常、外交の専門家を寄こしそうなものだが妙齢な王女を寄こしたということはそういうことなのだろう。

 俺からすれば、おっさんやおばさんを相手するより1億倍いい。というのは確かだ。

 二人の文官と二人の武官はどちらも男女のペアになっていて、4人とも大使殿と同じくらいの年恰好だ。


 今日の衣装などは本国から持参したのだろうが、立派なものだ。

 俺たちの衣装は、いつぞやの陞爵式あたりで作った礼服で、ドーラだけ寸法直ししている。礼服の仕立て屋ってわがライネッケ領の領都でさえ一軒もないんだよね。

 エリカたちが身に着けている装飾品だけはヒジュラの瓦礫から見つけた宝石をちりばめたネックレスとかブローチを付けている。盗品と言えば盗品かもしれないが、戦利品と言えば戦利品。


 今日のパーティーは晩さん会形式で、コース料理を振舞う形にした。いちおう公式なレセプションだし。俺にとっての初めてだし。


 席次はこんな感じ。人数がそろったのでちょうどよかった。


    俺 大使

 エリカ    文官1

 ケイちゃん  武官1

 ドーラ    文官2

 ペラ     武官2



 給仕は気楽亭の女の子を2名借り受けて、それっぽい衣装を着せ少し訓練しただけだ。

 ちなみにそのほかの雑用は宿から借り受けた男子2名にそれっぽい衣装を着せている。

 この辺りはにわか貴族だし。仕方ないよな。

 料理は持ち込みだが、冷たい料理は出せないので厨房では気楽亭のシェフが一名と助手一名。


 各人のワイングラスにオストリンデンから取り寄せた普通のワイン*****が二人のにわか侍女によって注がれた。

 いわゆる式次第はペラが小声で指示を出しているのでにわか侍女たちが戸惑うことはない。

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