第292話 久しぶりのサクラダダンジョン


 御子からの襲撃を警戒しているうちに月が替わって3月になった。



 4月に着任予定のフリシアからの大使ご一行さまにワイバーンの肉を振舞おうと、ツェントルム-サクラダ線の下準備も完了したこともあり、ワイバーンの解体をサクラダダンジョンギルドに頼むことにした。依頼して解体までに時間かかるので、その間にダンジョンに潜ってキューブに入っているゴミを13階層に捨て、余った時間はドーラの実戦訓練に充てるつもりだ。

 実戦訓練についてはドーラにはひとことも言っていない。


 夜の間にツェントルムからウーマでサクラダまで移動し、午前7時に装備を整えた俺たち5人はサクラダダンジョンギルドの玄関に入っていった。

 全員リュックを背負っているけれど、リュックの中身は全部各自のキューブの中なので空っぽだ。


 大侯爵閣下ご一行さまがギルドホールに入場した時、最初は俺たちのことを誰も気づかなかったが、そのうち誰かが気付き一気に騒がしかったホールの中が静かになってしまった。


 昔はただのダンジョンギルドナンバーワン。最深部に到達する者が俺たち以外誰もいない関係で、俺たちが11階層以深で戦っているところを見た者は皆無。そのせいで、ギルドの職員以外にはほとんど認知されていなかったものなー。


 久しぶりのダンジョンギルドだったのでエリカたちには渦の横で待っていてもらって、俺だけ受付カウンターにいきエルマンさんにあいさつだけしておくことにした。エルマンさんは売れてしまって退職しているかと思ったんだが、まだ受付で仕事をしていらっしゃいました。残りには福がある? もちろんそんなことは言えません。


「エルマンさん、久しぶりです」

「あっ! ライネッケさん! じゃなくって大侯爵閣下」

「いや、まあそうなんですが、ライネッケでいいですよ」

「そ、そうですか。それで今日は?」

「ワイバーンの解体を頼もうと思ってやって来ました。それでエルマンさんにあいさつだけ」

「わざわざありがとうございます。

 ゴルトマンを呼んできましょうか?」

「いえいえ。自分で行きますから大丈夫です。それじゃあ」

「はい」


 エルマンさんの後は買い取りカウンターにまわりゴルトマンさんにあいさつしてワイバーンの解体を頼んだ。

「おーっと、これは大侯爵閣下。

 今日は?」

「ライネッケでお願いします」

「そうはいかんから」

「じゃあ、適当でいいです。それで、ワイバーンを1匹解体してもらいたいんですが。欲しいのは肉だけです」

「となると、買い取り代金から解体料と肉の値段を引いて金貨70枚だな。70枚です。それでよろしいですか?」

「それでお願いします」

 そのあとギルドの裏庭に回ってワイバーンを倉庫の中に下ろした。ついでにバナナの房の塊りも下ろしておいた。

「それじゃあ、よろしくお願いします。明日の夕方までには何とかなりますか?」

「なんとかします」

「よろしくお願いします」


 そう言って倉庫を出た俺はぐるりとギルドの建物を回って玄関から中に入って渦の横で待っていたエリカたちと合流して渦を越えた。


 渦から少し離れたところでランタンの準備をしながら。

「エド。わたしたちってそんなに怖いかな?」

「どうした、ドーラ?」

「みんなわたしたちを遠巻きに囲んで見てたんだよ」

「まあ、貴族が固まて立ってたら珍しいから。だろ?」

「そうかなー。そんな感じじゃなかったんだけど」

「人さまは人さま。人の目を気にしてちゃ大物になれないぞ」

「ドーラちゃん。エドの言う通りよ。こうしてエドは大物になってるんだからそういうところは見習わないと」

 エリカのフォローが何気に突き刺さるんですけど。

「エドって大貴族のくせにいまだに胴着で歩き回ってるのってそういう意味じゃないよね」

 はい。その通りです。ものぐさなだけです。


 5時間かけて11階層の泉前までたどり着き、ウーマで泉を渡って12階層まで下りたところで昼食を摂った。昼食は簡単にサンドイッチで済ませた。


「ドーラの腕前がどれくらい上達したか後で確かめてみよう」

「えー」

「実戦経験がないと、いくら鍛えてもその先に進めなくなるんだよ」

「そうなの?」

「そうなんだよ」


「ゴミを13階層に捨てに行くのは俺だけでいいから、みんなは階段前で待っててくれ。

 俺が戻ってきたらそこからドーラの訓練だ」

「「了解りょうかーい」」「えー」



 昼食を終えて少し休憩してから、階段部屋まで移動した。


「それじゃあ、みんなここで待っててくれ」


 そう言い残して俺だけ階段を駆け下りていった。


 300段をあっという間に駆け下りて、久しぶりに13階層を眺めたら、何の変化もなく全く同じだった。

 あまり階段から近いところにゴミの山を築いても邪魔なので、少し走ってキューブの中に溜まっていたゴミを排出していった。


 かなりの量が溜まっていると思っていたのだが、排出し終わってゴミの山を眺めたらそれほど大きな山ではなかった。広いところに出した関係で相対的に小さく見えるのだと思う。

 とにかくキューブの中のゴミが無くなって、大腸の内視鏡検査で下剤を飲んで宿便がきれいさっぱり出たような爽快さだ。分かるかな? 分かんねぇだろうなぁー。



 御子の死骸**はゴミの山に紛れてしまってどこに行ったか分からない。これだけのゴミがどれくらいでダンジョンに吸収されるのか分からないが、吸収されて養分になってくれるだろう。

 冬に降った大雪も処分しようと思ったのだが、夏になれば何かの用途もあるかもしれないと思って処分はしなかった。



 作業を終えた俺は元気に300段駆け上ってエリカたちと合流した。


「あら、ずいぶん早かったのね」

「300段駆け下り、駆け上がったから。ごみ捨て自体はそれほど時間はかからなかったし。

 それじゃあドーラ。そろそろ始めるか」

「えー、ホントにするの?」

「そりゃそうだろ。

 ワイバーンの肉は明日の夕方までかかるわけだから、今日の午後と、明日の午前中はドーラの特訓だ。

 ペラはしっかりドーラのサポートというか、危ないようなら手助けしてやってくれ」

「マスター。この階層ではその心配はないと思います」

「ペラが言うならそうなんだろうな。ドーラ、先生からのお墨付きが出たぞ」

「えーーー!」


「ここからの隊列は俺が先頭で、次がドーラ。そしてペラ、エリカ、ケイちゃんの順でいこう。

 俺が扉を収納したらいきなり矢が飛んでくるかもしれないからドーラはちゃんと避けて、相手に向かっていくんだぞ」

「えーーーー!」


 階段部屋から台座経由で通路まで出て、そこから順に扉を回収していくことにした。

「3、2、1で扉を収納するからドーラは気を付けろよ」

 いちおう俺もレメンゲンを抜いた上、ドーラの邪魔にならないよう少しずれた位置に立った。

 ドーラはエルフの里で作ってもらった黒光りした杖を両手で握って扉の正前に立ち、前をじっと見ている。女子に言っていい言葉なのか分からないが、なかなかいい面構えだ。

 ケイちゃんもウサツをキューブから取り出して矢をつがえた。

 エリカとペラはそのまま。


「それじゃあ開けるぞ。3、2、1」

 扉をキューブに回収したとたん、部屋の中から弓の弦が鳴る音が聞こえ矢が飛んできた。矢の狙いは扉の正面に立っていたドーラだ。

 その矢をドーラは杖で叩き落とし、赤い点目を器用に避けながら部屋の中に突っ込んでいって矢を弓につがえようとしていた石像の頭に杖を叩き込んだら、頭が砕け散り、石像は仰向けに倒れて床にあたって体もバラバラになった。

 全く危なげなかった。ドーラが杖を訓練しているところをあまり見ていないのだが俺に隠れて訓練していたのか?

 単純にレメンゲン効果だとするとそれはそれで恐ろしい。


 それはそれとして。レメンゲンを鞘に納めながら、ドーラをほめてやった。

「ドーラ。ペラがああいっていたから安心していたけど、思っていた以上にすごかったぞ」

 部屋の中には宝箱があった。中身はダンジョン金貨だった。もちろん回収した。


「この宝箱一杯の金貨があるだけで一生遊んで暮らせるんだよね?」と、ドーラ。

「その通りだ」

「ほんの一瞬だったよ」

「そういうものなんだよ。普通だと罠の位置が分からないからおいそれとこの階層で歩き回れない。その違いが大きいんだ。

 それに普通のダンジョンワーカーだと、扉を力を込めて開けた途端に矢が飛んでくる。

 両手がすぐには使えないから矢を叩き落とすこともかわすことも難しい。

 そういった諸々の代金が宝箱になったわけだ」

「うん」


「それじゃあ次だ。どんどんいくぞ」

「えー!」

 今回の『えー』は短かった。少し余裕ができたようで何より。

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