第290話 除雪


 俺はエキス湯舟に浸かり、冬の冷たい雨に濡れてびしょ濡れになったことなどすっかり忘れて冷たいエールに思いをはせてひとりニヤついていた。

 エリカが俺と一緒に風呂場にいることはないけどもいれば確実にひとこと言われただろうなー。


 エリカたちが冷たいエールのおいしさに驚く姿が目に浮かぶ。その時ハタと気付いたのだが、真冬のエールって通常冷たいんじゃね?


 どう考えても冷たいよな。初めての体験をあげちゃおうって思っていたのだが、そういうわけではなさそうだ。

 これが夏ならよかったんだが今は1月だし。


 ちょっとだけがっかりして風呂から上がって服を着て脱衣所を出た。


「みんな、もう夕食食べるだろ?」

 居間のソファーで寛いでいたエリカたちに声をかけた。

「うん」「「はい」」


 すぐに用意していた皿などを並べ、ペラにはカトラリーを並べてもらった。


「エールが冷えてるけど飲むかい?」

「エドが冷やすって食料庫の奥の部屋に部屋を作ってエールの樽を置いたのは知ってたけど、ちゃんとしないと持ち上げるわけにはいかないんだから樽からじゃジョッキに注げないわよ」

「俺が何も考えずに、飲むかい? って聞くわけないだろ?」

「何かしたの?」

「うん。樽置き場をウーマに作ってもらってそこに樽を置いたんだ。

 簡単にジョッキに注げるぞ」

「へー。そうなんだ。

 どれどれ。……」

 3人に新たにでき上った樽置き場を見せてやった。

「「ホントだ!」」


 ジョッキを5つ食器棚から取り出して、順に注ぎ口の下に持ってきてエールを注いでいった。

 うまい具合にジョッキに注げたが、最後に栓を閉めたら下にしずくが垂れた。

 雑巾でもいいし、トレイでもいいから下に敷いておいた方がよさそうだ。


 とにかく注いだ端からジョッキを持たせて席に着かせたので、俺が最後に自分のジョッキを持って席に着いた。


「それじゃあ、「かんぱーい!」」


 味見していなかったので、少し心配だったけれど、


 うまい!


 冬のエールと比べればそこまで冷えているわけではないと思うが、最高だ。今の俺は日本人ではないがソウルは日本人だ、ソウル日本人には冷たいエールがあうのだ。


「どう?」

「冷たい」

「おいしいです」

「冷たい」

「少しだけ冷たいです」

 ケイちゃんだけが俺のソウルを分かってくれたようだ。

 ただ、ケイちゃんは俺がもともとこの世界の住人ではないことを知っているのでリップサービスの可能性がないわけではない。

 まあ、リップサービスって大事だよな。いろんな意味で。特に大人の世界だと。


 冷たい。という感想しかなかったくせに、エリカもドーラも自分で樽まで行ってジョッキになみなみエールを注いで戻ってきてグビグビ飲んでいる。

 実は二人ともツンデレなのか? はてツンデレってこういう意味だったか? 何だか違ったような気がしないでもない。


 今日の夕食は大皿に盛ったトカゲの唐揚げがメイン。それにイモを揚げたもの。追加でソーセージも付けたので酒のつまみに最適だったのかもしれない。

 締めとして、海苔を巻いたおにぎりも用意している。おむすびは白麦ボールとエリカに命名されてしまった。

 おむすびの具は梅干しもなければ昆布もなかったので、牛肉のしぐれ煮にしている。これが結構うまいし、エリカたちにも好評だ。


 樽の大きさからいって大樽には1キロリットルは入っているから、いくら飲んでも5人ではたかが知れている。

 2時間ほどでテーブルの上の物もなくなり、各自がジョッキの中身を飲み干したところでお開きになり後片付けを始めた。

 台所の奥に出した大樽は少しは温くなったはずなので、キューブに一度しまって冷蔵室に戻しておいた。


 飲むということは結構カロリーを消費するようで、後片付けが終わったら少し疲れが出てきたので、エリカたちは自室に帰っていった。俺も自室に戻ってベッドに入ることにした。


 ペラだけは居間にいたが、ペラの場合はベッドで寝る必要がないのでどこにいてもそんなに差はない。




 翌日。ウーマのスリットから外を見たら、雪は止んでいるようだが屋敷の中庭にかなりの量の雪が積もっていた。夜の間に本格的に雪が降ったようだ。


 こうなると外での作業はできなくなる。仕方ないよな。


 ウーマから中庭に降りて空を見上げたらどんよりと曇っていた。

 この調子だと、雪が融けずにずっと残ってしまう。マズいな。とにかく道の除雪が先か。


 ウーマに戻って、朝食を食べながら。

「外は雪がかなり積もっているけど、エリカたちはどうする?」

「領軍本部には顔を出すわ。雪を片付けるのに領軍を使ってもいいし」

「なるほど」

「エドはどうする?」

「俺も雪の片付けをするかな。雪を収納していけばいいだけだし。とりあえず、屋敷の前から中央広場まで雪を片付けるよ」

「そうね」


 朝食を終え、後片付けも終えて装備を整えた俺はエリカとドーラと3人でウーマから中庭に降り、屋敷を抜けて通りに出た。

 

 屋敷の玄関の先は文字通り一面の銀世界だった。

「思った以上に大雪ね」

「こんなの初めて」


 俺もこれほどの大雪はこの世界で生まれて初めてだ。

 道に積もった雪に足跡を残しながら領軍本部の方に歩いていったエリカたちを見送った俺はとにかく道路の除雪だ。


 中央広場に向けて足元から路上20メートルほどの雪をキューブに収納していく。

 10分ほどで中央広場も含めて除雪は済んだが、逆に言えば10分もかかってしまった。


 俺が除雪していたら道行く人の数も増えてきた。人間は雪の中でも何とか移動できるが馬車は無理だな。

 雪が融けないと、オストリンデンからの物資の供給が滞る。4、5日程度供給が止まるくらいなら何ともないが10日も供給が止まるとかなり困る。しかも、その間野外の仕事もストップしているわけだし。


 今後追加で雪が降らない保証はないし、雪がいつまでに融けるのかは分からないし。

 ということなので、ウーマに乗ってオストリンデンまで除雪することにした。


 いったん屋敷に戻ってケイちゃんとペラにオストリンデンまで除雪することを説明してからウーマから降りてもらた。俺は空になったウーマを収納し、ついでに中庭も除雪してから屋敷を出た。そこでウーマを出して3人揃って乗り込んだ。


 ウーマの前方スリットの前に椅子を置いてスリットから道を見ながら除雪していく。最初は尺取虫式に20メートルずつキューブに路上の雪を収納してたのだが、慣れてきたらウーマの速さに合わせて連続的に収納できるようになった。慣れってすばらしい。


「エドの収納はどんどんすごくなっていきますね」

 俺の隣りでスリットから前方を眺めていたケイちゃんにほめられてしまった。

 オストリンデンまで3時間ちょっと。オストリンデンの中まで除雪する気はないが、オストリンデン市街が雪に覆われて交通がマヒしていたらちょっとマズいぞ。


 とか、少し不安に思っていたのだが、1時間ほど除雪していたら明らかに雪の量が減ってきて、さらに30分ほど進んだらほとんど雪が無くなった。

 ツェントルムだけというか、わがライネッケ領だけ雪が降ったのかもしれない。なんであれオストリンデンが無事だったことを素直に喜ぼう。


 街道の除雪はそこまでとして、ウーマをUターンさせツェントルムに戻っていった。


 ツェントルム市街に入ると、領軍部隊も出ていてスコップで通りの除雪作業をしていた。

 このスコップだが、第1次世界大戦の戦場で一番人を殺した武器はスコップだという言葉を思い出した俺が領軍兵士の標準装備として鍛冶工房に作らせたものだ。あってよかった。ただ先がとがっているうえに平べったくないので雪かきに適しているわけではない。

 前世でも災害時は自衛隊が大活躍だったが、わがライネッケ領では領軍が大活躍だ。べつに領民から慕われる領軍を目指しているわけではないが、結果はどうしてもついてくるよな。



 ウーマが屋敷前に到着したのは午前11時。


 そこから除雪の済んでいない通りを除雪していった。


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