第289話 日常2


 昼食を終え、スリットから外を見たらみぞれが雪に変わっていた。しかも粉雪だ。これは積もるかもしれない。ペラは何をしているのは知らないが午後からは自室に引っ込んでいる。


 合羽でもあれば別だが、今日はおとなしくウーマの中にいよう。


 そういえば。

 研究所ではコンニャクノリを俺が思いついた関係で防水布の研究をしている。現在は松脂まつやにを布に薄く塗布しさらにその上に布をかぶせて乾燥させることで防水布を作っている。松脂は乾燥させても粘着力があるので2枚目の布はそれを抑えるためのものだ。

 現状布が厚くなるのでもう少し改善の余地がある。

 現在の研究は松脂に何か添加して乾燥後の防水性は維持したまま粘着性を失くす方法を模索中だ。あともう少しで合羽かっぱも実用化できそうだ。


 防水布はいろいる使いでがあるが、雨をしのぐという意味では傘が便利ではある。

 江戸時代には傘職人がいて竹で傘の骨を作り、それに油紙を張って傘を作っていたと思うのだが。職人技は一朝一夕には手に入らないのでその方向は難しい。周辺技術が進まないと金属製の傘の骨は作れないだろうなー。



 などとソファーに座ってケイちゃんのキューブの練習を見ながら考え事をしていたら、サイドハッチが開いてエリカとドーラが帰ってきた。時刻は午後3時。


「「ただいまー」」

「お帰り」「お帰りなさい」


 二人ともバスタオルを頭からかぶっていてわずかに濡れただけだった。

 俺もそれくらいすればよかった。

 二人が被っていたのはウーマ製のバスタオルだったので領軍本部で用意したものではなくキューブに入れていたのだろう。キューブを個人で持てるようになったおかげだ。御子さまのおかげともいう。


「今日は早いな。何かあった?」

「雪になっちゃったから早めに帰ってきたの」

「脱衣所で体を乾かした方がいい」

「それならお風呂に入っちゃう。ケイちゃんはどうする?」

「じゃあわたしも」


 そういうことでエリカたちは3人揃って脱衣所に入っていった。3人とも着替えも各自のキューブに入れているようで自室に取りに行くようなことはないみたいだ。キューブのおかげで3人のQOLがいっきに上昇したようだ。御子さま、さまさまだ。


 入れ替わりに自室に引っ込んでいたペラが居間に出てきたので、俺が風呂から出たらすぐに食べられるようペラに手伝ってもらって夕食の準備始めた。と言っても、皿に盛り付け、スープを深皿によそるだけの簡単なものだ。


 そうそう。ハジャルの酒蔵で接収した樽に入ってたのは、大樽にはエール。小さい樽にはブランディーらしき酒が入っていた。

 食糧倉庫の中にいれておけばエールが冷えるのではないかと思ったのだが、そもそもあの中ってどうも時間がほとんど流れていないようで、かなりの時間入れておかないと冷えそうもないということに気づいたので食料庫に置くのは止めた。


 そう言ったらエリカが、

「エールをなんで冷やすの?」って聞いてきた。

 確かにこの世界では常温のエールしかなので冷たくしようという発想自体がないわけだ。

「なんか冷やせばもっとおいしく感じられそうな気がしたんだ」

 と、答えておいた。

「冷やしたいなら、食料庫の奥に専門の部屋をウーマにお願いして作ってもらえばいいじゃない」

 確かに。


 それならば、ということで食料庫の奥に時間がちゃんと経過する冷蔵室を作るようウーマにお願いしたところ、あーら不思議。一度食料庫から出て再度食料庫に入ったら、奥の方に新しくステンレス製っぽい扉が現れ、開けた先はかなり涼しい部屋だった。

 いつもありがとう。

 ということでその部屋に大樽を1つ置いておいた。一日じゃ冷たくならないかもしれないけれど、2、3日あれば冷たくなるだろ。


 今日はその3日目にあたるので、食料庫の中に入っていき、その先の冷蔵室の扉を開けて中の大樽をキューブに収納した。代わりに大樽を一つ置いておいた。また二日経ったら温い大樽と入れ代えよう。


 冷たいエールの入った大樽をキューブに入れて持ち出したのだが、転がらないようにちゃんと寝かせて置く場所がない上、樽からエールを注ぐ方法がない。できれば大太鼓を乗っけるような台が欲しいのだが。木工所に行って依頼するしかないだろうなー。

 注ぎ口は鍛冶工房か。

 ハジャルでは飲んでいたはずだけどいったいどうやって飲んでいたんだろう。人数が多いから大樽を日本酒の鏡開きの要領で壊してから飲んでいたってわけじゃないだろうに。


「ペラ、大樽からエールを注ぎたいんだけど、置くための台もなければ注ぎ口もないんだよ」

「注ぎ口は瓦礫の中に入っていたかもしれません」


 注ぎ口だけでも探そうと、キューブの中のあの瓦礫に意識を向けて注ぎ口を探したところ、木製の注ぎ口が何個か見つかった。

 樽の栓を抜いてそこに注ぎ口をはめれば何とかなりそうだ。あとは台だけ。


 少なくとも注ぎ口と床との間がジョッキの大きさ以上ないといけないので、余裕を持って50センチは上に上げたい。できれば腰の高さ。


 うーん。


「マスター。台ならウーマに頼めばいいのではありませんか?」

「その手があったか。

 だけど、変なところに大樽を置くと邪魔だよな」

「となると、台所の脇に樽置き場を作ってもらうとか? 台所とマスターの執務室の間とか」

「じゃあ、台所に樽置き場を作ってもらって、そこに置くようにするか。

 ウーマさん、ウーマさん。わたしの願いをかなえてくださーい」

 これでどうだ。具体的には口に出さなかったが、俺とペラの会話をウーマも聞いていたはずだから良きに計らってくれるものと信じるぞ。


 どうもウーマは恥ずかしがり屋で見ていると改装工事してくれないようなので俺は目を閉じて10数えてから、台所に入って変化**を確認した。


 するとどうでしょう。俺の目論見通り台所の食器棚の先が拡張されて、大樽、小樽を1つずつ横にして並べられるようなくぼみが付いた押し入れっぽいものができ上っていた。試しに大樽を横にして大きい方のくぼみの上に出し、小樽をその横のくぼみの上の出したらぴったりだった。


 このままだと注ぎ口をはめられないので樽をキューブの中にしまって今度は床の上に大樽を縦にして出した。そういえば、この方向指定の排出って何気に難しいんだよな。ケイちゃんも現在特訓中だし。


 俺が樽の栓に手をかけて抜こうとしたのだが、びくともしなかった。ペラなら何とかなるか。


「ペラ。この樽の栓を抜けるか?」

「はい」

 ペラが手をかけたら簡単に栓が抜けた。栓の手がかりは小さかったが、握力が並外れているのだろう。ペラだし。


 栓の抜けた孔から勢いよく冷たい空気が漏れてすぐに収まった。もったいないことをした。

 その後注ぎ口をその孔に突っ込んで、ねじ込んだ。栓は抜けなかったが俺の力もその辺の力持ちなんか比べ物にならないくらい強いので問題ないはず。

 一度栓を捻ったらまた空気が抜け、栓を閉めたら空気が止まった。

 これでOKだ。


 注ぎ口を取り付けた樽を一度キューブにおさめて、先ほどの置き場に横置きした。樽の位置と注ぎ口の位置をペラに手伝ってもらって微調整し出来上がり!


 そうこうしていたらエリカたちが風呂から上がったので、俺は一連の作業のことは何も言わずに脱衣場に入った。


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