第288話 日常
王城からブルゲンオイストの新市街まで出て街道に向かって大通りを歩いて行き、馬車の往来が無くなったところでウーマに乗り込んだ。俺たちも今では相当な有名人のようで、大通りを歩いている間、以前のような奇異なものを見る目でなく何となく賞賛とというか羨望というかそういった目で見られているような気がしないでもない。
ツェントルムまであと10時間の旅だ。到着は明日の未明ということになる。
まだ風呂に入っていなかったので、ウーマに乗り込むやエリカたちは急いで風呂に入りその後俺が風呂に入った。
俺が風呂から出た後、少し遅くなったが夕食とした。
料理を並べ終わったところで。
「ここまでくれば安心だから、ハジャルで手に入れた酒を飲んでみようか?」
「いいわね。何飲む?」
「樽の中の物は何かわからないけど、瓶はワインだろうから、瓶の酒を飲んでみないか?」
「いいんじゃない」
大抵のものが揃っているウーマの食器棚だがジョッキは沢山あるくせになぜかワイングラスはない。お願いすればそのうち現れそうだが。
何か代用品はないかと食器棚の中を探したところ、なんと脚の長いワイングラスらしきものが5脚あるではありませんか。
ワイングラスをテーブルの上に置いたらみんな驚いていた。
「どうしたの? エドが用意してたの?」
「せっかくの上物ワインだから、ワイングラスの代わりに何かいい入れ物がないかと思って食器棚の中を見ていたら知らないうちに現れていた」
「ウーマだし。そういうこともあるわよね」
ウーマだし。
ワイン?の瓶を1本キューブから取り出した。コルク用栓抜きは食器棚に入っているが面倒なのでコルク栓を収納してやった。実に便利である。
適当に取り出した瓶だが、グラスに少し注いでみたところ赤ワインだった。見た感じ黒に近い赤。濃厚な香りが漂ってくる。度数も高そうで、何となくポートワインっぽい感じもする。つまり食中酒には向かないかもしれない。
グラスに3分の1ほど注いでみんなに配り、俺も席に着いて一口。
甘い! これは完全に食後酒だ。
と、思ったんだが、エリカもケイちゃんも、ドーラさえも「おいしい!」と声をもらした。
「こんなおいしいお酒初めて!」
「エルフの里にもありません」
「これならいくらでも飲めるよ」
いくらでも飲んじゃマズいだろ。とはいうものの、おいしく飲んでいる連中をくさす必要はないので、空になった順にグラスにワインを注いでやった。
今日の夕食のメインは牛肉のステーキ。付け合わせの野菜は焼きナス。その他に具だくさんのみそ仕立てスープ。豚肉もイモも玉ネギもニンジンも入れているので実質豚汁だ。
主食は白飯。
ステーキはまだしも、豚汁と白飯にポートワイン風甘いワインは合わないと思うのだが、ゆっくり味わうように飲んでいるのはペラだけで、エリカたち3人は食べながらエールを飲むようにどんどん飲む。俺は次のボトルを開け、更に次のボトルを開けた。
開けたボトルはどのボトルも赤ワインで、同じくポートワイン風だった。市販されているとは思わないが、もし市販されていたら相当な逸品=プレミアム品かもしれない。
結局6本ボトルが空いたところで夕食が終わった。2本近く飲んでいるドーラまでしっかりしている。ここまでくるともう酒豪だよ。
後片付けを終えたら眠くなったようで3人とも自分の部屋にさっさと戻っていった。酒飲みそのものだ。かくいう俺も自室に戻って下着になってベッドに潜りこんだ。
翌日午前5時。
ウーマはツェントルムの屋敷前に到着した。ウーマから降りたら真っ暗だった。空を見上げたら空は曇っていた。
ウーマを一度収納してから屋敷の中に入って行き、その先の中庭に出てウーマを定位置に出してみんなで乗り込んだ。
今日は4時くらいからみんな起きて朝の支度も終わっているので、少し早かったが朝食にした。
居間のソファーでまったりして時間調整し、7時になったところでエリカとドーラは連れだって領軍本部に出勤していった。
俺も、留守の間のことを聞くため行政庁に向かった。
各部門のトップを集めて話を聞いたが、特段変わったことはなく、作業などはおおむねスケジュール通り進捗しているとの報告を受けた。
その後、財務担当者に。
「金貨を大量に手に入れたから預かって領の発展のために使うように。
本当に大量だからちゃんとした保管庫を建てた方がいいだろう。保管庫ができるまでは俺が預かっておく。それまでに大金が必要になったら、俺に教えてくれ。都度渡すから」
大量とはどれくらいなのかと聞かれたので、出して見せることにした。
行政庁内で出してしまうと床が抜けてしまうので、みんなを連れて行政庁の玄関前に出て、そこに例の千両箱を積み上げていった。下から10、9、……、3、2、1と積んだのでひと山55個。それが10個できあがったうえに、あと30箱あったので結局580箱あったようだ。
「箱の中には金貨が2000枚ほど入っているから、金貨116万枚前後だな。
保管庫ができるまで預かっておくから、でき上ったら知らせてくれ。中に入れるから」
そう言って、千両箱を全部キューブに戻して置いたら、数人からため息が漏れたのが聞こえた。
これで金貨は実質片付いた。
敵対勢力から巻き上げたあぶく銭でライネッケ領の開発が進むとなると胸熱だ。
行政庁での仕事が終わった俺は、ツェントルム内の見回りをすることにした。領主さまの領主さまらしい仕事だ。
自ら率先してよその国にまで行って略奪の限りを尽くすのも領主さまなら、こういった地味な仕事も領主さまの務め。
しばらく街の中を歩いていたら、ポツリ、ポツリと比較的大粒の雨が落ちてきた。
この世界に天気予報はないが、この世界でも夕焼けの翌日はよく晴れるとか、朝焼けなら午後から天気が崩れるとかいった経験則はある。
俺の経験則からいって、ポツリ、ポツリはザーザーの前触れなので、俺は屋敷に向かって駆けだした。
屋敷まで2キロ。俺が真面目に走れば5分。それなりの格好をして本気を出して全力で走れば4分は切れる。ハズ。ペラの体内時計で計測してもらったわではないのであくまで自己申告ベースの期待値です。
気持ち分速400メートルのペースで走っていたら道半ばにして大雨になってしまった。風はないようで横殴りの雨ではないが、走っている関係でセルフ横殴りの雨に成っている。
屋敷に着いた頃にはずぶ濡れ。けっこう寒くなってきたと思ったら雨がみぞれになっていた。
ぽたぽた水を垂らしながら屋敷の中に入っていき、中庭に出てサイドハッチを開けてウーマの中に入った。
暑さ寒さへの高い耐性があるせいか、そんなに寒くはなかったが、ウーマの中に入ったら温かかった。実際はかなり体が冷えているのかもしれない。あんまり鈍感なのもなー。
ウーマの中にはケイちゃんとペラがいた。出歩いていなければそりゃいるわな。
「エド。そんなに濡れてどうしました?」
「外は大雨。びしょ濡れになったから着替えてくる」
そう言って俺は脱衣室に急ぎそこで真っ裸になってバスタオルで体を拭き、新しい下着と普段着に着替えた。
使ったバスタオルと濡れた胴着と下着は風呂場に置いている洗濯機に突っ込んで洗濯し、革製のズボンはドライヤーで乾かした。
ズボンがあらかた乾いたところで収納し、居間でキューブの練習をしていたケイちゃんのところに行った。
「外が大雨だったなんて知りませんでした」
「今はみぞれになってるから、雪が降るかもしれない」
「雪は珍しいですね」
この世界が温暖化に見舞われているとは思えないが、ここ数年雪は降ってなかったはず。
ここで雪が降れば例年通り?なのかもしれない。
とはいえ、今のところみぞれだし、これが雪に変わったとしてもどうせシャーベットだ。
これでは軍の訓練もできないだろう。いや、逆に、こういった環境で訓練した方がいいのか?
ただ、駐屯地には水風呂しかないので、冷たいシャーベットでドロドロになってしまうとちょっとかわいそうだ。
本人たちが風呂のありがたみをそれほど知らないから、水風呂でも不満は少ないかもしれないが、温泉保養所で温泉に浸かれば、お湯の風呂が欲しくなるよな。
石炭でエネルギーは賄えるのは事実ではあるが、あまり石炭を使うと19世紀のヨーロッパのようにスモッグが発生して健康被害も発生するし、街自体も煤で黒くなる。幸い、現在採掘中の石炭はほとんど煙の出ない無煙炭なので、スモッグのリスクは抑えられるとは思う。
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