第279話 御子2


 神聖教会の御子と名乗る男にペラが全力の体当たりをかました。

 男は最強と名乗るだけあり、ペラの体当たりをまともに受けても体を破裂させることはなかったが、体の中はボロボロだろう。

 即死した男の死体と男が手から離さず持っている大剣を回収しようと近づこうとしたら、男の体がわずかに動き、そして男の目がぎょろりと動いた。ペラの全力の体当たりを受けてこいつまだ生きてる!?


「痛いじゃないか」そう言って男はゆらりと立ち上がった。

 そっちは痛かったかもしれないが、こっちはひどく驚いたんだが。

 ダメージを受けてないわけではないようだが、どれほどダメージを受けているのかは見当もつかない。


「ペラ。こいつしぶとすぎる。

 少し離れて四角手裏剣で止めを刺そう」

「はい」


 俺はペラの隣りに立ち、レメンゲンをいったん鞘に戻してペラに四角手裏剣を2つ渡した。その四角手裏剣をペラが順に男に投げた。距離がそれほどまでなかった関係でアノ嫌な亜音速の音はしなかったが、四角手裏剣は男の胸当ての肩や腹に鈍い音を立てて命中し、そのたびに男は数歩後ろに下がった。しかし、四角手裏剣は男の防具にある程度めり込むものの、防具の破壊までは至らず、すぐに敷石の上に落っこちて重そうな音を立てた。


 男の防具は特別仕様のようだが、それでも男の体はワイバーンの頭が吹き飛ぶ程度の衝撃を受けているはず。それなのに数歩後ろに下がる程度で済んでいる。こいつ化け物か?

 とは言え、投げ続けていればいずれこいつも根を上げる。ハズ。


 俺はその後もペラに四角手裏剣を渡し、ペラは四角手裏剣を投げ続けた。

「エド。ウサツを出してください。ウサツなら男の体に矢を通すことができると思います」

「了解」

 ペラに四角手裏剣を渡しながら、短剣と矢筒が付いたままの剣帯を取り出してケイちゃんに渡した。

 受け取った剣帯をケイちゃんが素早く腰に巻き終えたところでウサツを手渡した。

 ケイちゃんは矢筒から矢を取り出してウサツにつがえてそのまま男に向けて矢を射た。

 弓の弦の鳴る音と同時にケイちゃんの矢は四角手裏剣を受けて後ろに数歩下がる途中の男のアゴの下の鎖で編まれた防具に命中した。矢はその防具を貫通しその先の男の喉まで貫通したようで、矢羽根だけがこちら側から見えた。


 それでも致命傷にはならなかったようで、男は喉に突き刺さった矢を抜こうとして大剣の構えを解き刃先を下げて、左手で矢羽根を掴んだところ、ペラの四角手裏剣が大剣を支える男の右手に直撃し、大剣を吹き飛ばしてしまった。


 俺はレメンゲンを鞘から引き抜いて振りかぶり、男に駆け寄り男のヘルメットに振り下ろした。

 レメンゲンは男の頭をヘルメットごと断ち割り、男の両目の間で止まった。眼球が飛び出てもおかしくない衝撃があったはずだが大きく見開かれた眼窩から眼球は飛び出さなかった。


 男の両手はだらりとぶら下がりそれっきりそれで動かなくなった。

 ヘルメット越しに男の顔をブーツで前蹴りしてレメンゲンを男の頭から引き抜いたら、男は石畳に仰向けになって倒れた。男の頭の切れ目に沿ってゆっくりと体液が流れ出て路面に広がっていった。

 男の防具はペラの四角手裏剣の直撃に耐えたが男のヘルメットはレメンゲンの刃には通用しなかった。レメンゲンが男の防具を超えていたということはありがたい。


 これほど苦戦したことは、サクラダダンジョンに潜った初日以来だ。

 しかし、こいつ人間だったのか? 人間じゃペラのぶちかましに堪えられるはずないぞ。

 こんなのが少なくとももう一人。男の口ぶりからして二人以上いることになる。もしももう3人いたら四天王。次に誰かが現れたら『あいつは四天王の中で最弱な男』が聞けるかもしれない。


 首に矢を突き立てたままの男の死体と男の大剣をキューブにしまった。今回すんなり大剣を収納できたということは、大剣の持つ能力で収納がレジストされたわけではなく、男が収納をレジストする能力を持っていたと考えられる。


 男の死体はエリカたちも交えて検分したら、キューブに戻して鉱山の廃石、ズリと一緒にダンジョンに捨ててしまうつもりだ。神聖教会の葬儀作法とか知らないし。そこまでやる義理など微塵もないし。


「強敵でしたね」

「うん。男の口ぶりからすると、御子ってのがまだ複数いそうだから、脅威だな。まとめてこられたらかなり厳しいぞ。最悪というか危なくなったらリンガレングで対処すればいいかもしれないけど。

 ところでペラの腕は大丈夫なんだよな?」

「はい。きれいに切断されたためうまく繋げられました。メンテナンスボックスに入れば完全に元に戻ります」

「そいつはよかった」


「石畳が少し汚れてしまったが、街の連中が片付けてくれるだろう」


 そのころにはかなり遠くで成り行きをうかがっていた連中も戻ってきていたので、その中の一人を捉まえ、駅舎の人を呼んで汚れを片付けるよう。俺が言っていたと伝えてくれるよう頼んでおいた。


「かなり手間取ったけど、昼にしようか? ペラは今のままで食事できるか? 先にメンテナンスボックスに入ってきてもいいぞ」

「食事に支障は全くありません」

 俺はケイちゃんからウサツと剣帯を預かり、そのあとみんなで食堂に向かった。店員は顔見知りだし、客もみんな俺たちを知っているのでことさら注目を集めることはない。



 食堂に入って空いた席に着いたらすぐに定食が運ばれてきた。薄めたブドウ酒を頼んですぐに運ばれてきたので「「いただきます」」


「ケイちゃんの弓は久しぶりだってけれど、腕はなまってないんだな」

「長年弓を扱っていますから、数年程度では」

 ここでケイちゃんが急に口を閉ざしてしまった。

 これは聞いてはならない話題だった!


 早いとこ話題を変えなくては。

「しかし、さっきの男。人間とは思えなかったよな」

「それもそうですが、あの鎧。ペラの鉄塊を受けてもへこむだけだったところを見るとダンジョン産の鎧なのかもしれませんね」

「ヘルメットもそろいに見えたけど、レメンゲンで切れたから防具も切れたんじゃないかな。そういう意味ではレメンゲンの方が格上だったんだろう」

「レメンゲンは確かに特別ですものね」

「男の持っていた大剣だけど、あれも相当だよな。ペラの腕を斬り飛ばすなんて普通の剣じゃ無理だろ?」

「腕がいいだけでは無理でしょうから、そうなんでしょう」

「だよな。

 他にも御子がいるということは、他の御子もそういった防具や武器を身に着けているって考えた方がいいよな」

「一人だけいい装備ということはないでしょうし」

「厄介だなー。

 だけど、ケイちゃんのウサツがあの鎧にも有効だったことは朗報だよな」

「ペラの鉄塊を受けてひるんでいた時だったので払われることもかわされることもなく狙い通り命中させることができました」


「鉄塊も致命傷を与えられなかったけれど有効だったことも大きいな」

「そうですね」


「なんであれ、これから先いつ襲撃があるかもわからないから用心に越したことはないな。

 それと同時に、カルネリアに対して容赦する必要はないって分かったな」

「そうですね。これでわたしたちの前に明白に立ちはだかったわけですから、排除するべきでしょう」

「神聖教会はどうするかな。各国にそれなりの数信者がいるんだろ? そいつらまで敵に回すと厄介だけどいい手がないかな?」

「神聖教会も全ての御子を失えば、誰を相手にしているのか理解するのではないでしょうか。

 神聖教会の聖地に攻め込んでいけば向こうからやって来るでしょうし」

「確かにそうだな。やってきた御子をすべて討ち取って、神聖教会の聖地の乗り込めば、神聖教会は何もできず本山は滅ぶだけ。本山が滅びたら信者云々ではどうにもならないものな」

「そうですね。もうしばらくすれば、ドリスの放った密偵から御子がらみのうわさなどを知らせてくれるでしょう」

「それに期待して、具体的なことを考えるのはその後でいいか」


 食事を終えた俺たちは、屋敷の中庭に置いたウーマに帰った。ペラはすぐにメンテナンスボックスが置かれた自分の部屋に戻ったいき、10分ほどして今のソファーで寛いでいた俺たちのところにやってきた。

「完治できた?」

「はい。これで全力発揮できます」

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