第278話 御子


 年末の連休が近づく中。立木の片づけを中断してツェントルムに戻った俺は、久しぶりに街の中を視察して回った。

 エリカとドーラは今日も領軍本部にご出勤だそうで、俺とケイちゃんとペラの3人での視察だ。

 いたるところで建築の槌音が聞こえてきて実に活気がある。

「街に活気があっていいですねー。エルフの里では新しい建物を建てることは滅多にないので活気に乏しいんです」

 ハイエルフはけた違いに長寿のような気がするが、エルフも相当長生きな気がする。出生数は低そうだが、寿命が長い関係で人口は着実に伸びていくのではなかろうか。なので新しい建物を建てる必要はあるのだろうが、頻度は極めて低そうだ。


 その辺りのことを聞くとケイちゃんの桁違いの寿命に話が飛びそうなので何も言わなかった。

 そういったところは精神年齢ほぼ70歳ならではの危険察知能力だ。



 今日のエリカたちは領軍本部で昼食を摂ると言っていたので、俺たちはいつもの食堂での昼食だ。

 一通りというほどではないが午前中街の中を適当に見て回り、そろそろ昼にしようということで中央広場に出た。最近屋台が立つようなってめっきり街の中心らしくなっている。


 広場に並んだ屋台を冷やかしながら食堂に向かって歩いていたら、駅舎の方から大声が聞こえてきた。街中での大声など最近聞いたことはなかったので少し新鮮だった。


 大声は若い男の声ということは分かったが何を言っているのかは分からなかった。それでも何かトラブルが起こったようで物が壊れるような音もする。

 とにかく行ってみることにした。領主として。


 何を叫んでいるのか最初は分からなかったが「領主を呼んで来い!」と、聞こえてきた。

 今行きますよ。


 大声の主は、赤い革鎧を着け、目元だけ空いた赤いヘルメットをかぶってバカでかい剣を振り回していた。領軍の見回り兵はいないようで、大剣を振り回している男を遠巻きに領民が囲んでいる。どう見ても他所からの流れ者だ。


 前世では相手が狂人となると対応が難しいが、狂人であろうと領民に危害を加えるようなら容赦しない。


 男の大剣さばきだが、思った以上に鋭い。そこらの見回り兵では取り押さえられそうもない。

 やっていることは狂っているが、ヘルメットから除く両目は狂人のそれではないようなので、俺が相手をすることにした。ただ、こいつはひどい三白眼だ。こんなの初めて見た。


「領主を出せって言ってるだろ! 早くしないとそこらの連中を叩き切るぞ!」


 その言葉で周りを囲んでいたうちの領民たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ散ってしまった。逃げて行ってもどうせ遠くから眺めるのだろう。いい見世物ではあるし。


 男の近くに残ったのは俺たち3人だけになった。



「お前たちが残ったってことは、多少なりとも腕が立つって事でいいよな?

 俺は神聖教会の御子だ。知ってるだろ? 神聖教会最強、いやこの世界最強の戦士のことを」


 何だこいつ。神聖教会の御子? 大層な名まえだが、こんなのを人前にさらしたら神聖教会の評判はがた落ちだろ!? しかも自分のことを最強の戦士とか言うか? ありえんだろ。こっちが恥ずかしくなる。


 俺が相手してやろうと一歩前に出ようとしたら、ペラが俺を止めた。

「わたしが相手します。とりあえず取り押さえますか? それとも処分しますか?」

 御子などと大仰な名まえだろうと、こういった手合いはタダの鉄砲玉。捕まえたところで何の役にも立たないからこの場で処分してもいいが、領民たちが見ている前で問答無用とばかりに処分してしまうのもはばかられる。さりとて捕まえたらあとが面倒だ。


 どうしようかと思ったら、ケイちゃんが男に向かって話しかけた。

「神聖教会の御子について何も知らないので教えていただけませんか?」

 男は大剣を振り回すのをやめてケイちゃんの質問に答えた。

「なんだ。こんな田舎だと神聖教会の御子のことも知らないのか。神聖教会が敵と見なす者たちをうち滅ぼす最強のつるぎ。それが御子だ」

「そうだったんですね。それでその御子さまがどういったご用でこの街にいらっしゃったんですか?」

「神聖教会の敵、ライネッケをうち滅ぼすために決まっているだろう」

「どうして、われわれの領主さまが神聖教会の敵なのですか?」

「それは総大主教がそう決めたからだ」

 こいつ、面白いようによくしゃべる。ケイちゃんのスキルのおかげかもしれないが生来のバカなのかもしれない。

「それで御子さまが総大主教さまの命でこの街にいらしたんですか?」

「いや。俺が総大主教の意を汲んでやってきたまでだ。他の御子に先を越されないうちにな」

 こいつは独断でここまできたのか。それと御子というのは複数のようだ。

「女。おまえはライネッケの居場所を知っているんだろ? 早くここに連れてこい。

 さもないと脅しではなくおまえの連れの二人を真っ先に叩き切るぞ」


「そろそろいいでしょう。ペラ。手足を折ってしまえば拘束可能でしょう。お願いします」

 ケイちゃんも過激だな。エリカがここにいたらもっと過激なことを言っていた気もするが。


「はい」

 ペラが一歩、二歩と男に近づいていった。

 男は、大剣を持ち上げて中段に構えた。

「素手で俺に向かってくる? おまえ気でも狂ったのか? いいだろう。その首を叩き切ってやる」

 ペラは無言でさらに男に近づいていき、男が一歩前に出れば完全に大剣でとらえられる位置まで進んだ。

 そこでペラは一気に加速して男の懐に飛び込んだ。と思ったのだが、男の大剣がペラの右腕を肘のところで切断して、ペラの腕は少し離れた石畳の上に固い音を立てて転がった。

 こいつできる。

 片腕を失ったペラはいったん引いて間合いを取った。

「ペラ、大丈夫か?」

「問題ありません。ただ殺さずに捕らえるのは難しいようです」

「分かった。こいつは俺が相手をする」

 ペラでさえ腕を切り落とされた相手だ。まともに遣り合ったらただでは済まなそうなので、もちろんまともに遣り合おうとは思わない。

 俺がペラを気遣っていたら男がひとりごとを口にしていた。

「うん? 人を斬った手ごたえじゃなかったな。おまえは一体何者だ? 切り口から血も出ていないし、切り口が銀色? おまえ人間じゃないのか!?」


 俺は男の大剣に意識を向けてキューブに収納しようとしたのだが、収納できなかった。収納できないということはどういうことだ?


 ならばかわいそうだが、男の右手を貰ってやろうと思い、男の右手に意識を集中したものの収納できなかった。

 収納が効かない!?

 レメンゲンがみすみす俺を死なせるはずがないと信じて、俺はレメンゲンを鞘から抜いて構えた。

「おまえが俺の相手をするのか? いいだろう。どこを斬り飛ばしてもらいたいか言ってみろ。そこを斬り飛ばしてやるから。さあどこだ?」


 男が俺に注意を向けたところで、ペラは石畳の上に転がった自分の腕を拾い上げて、切り口を合わせたと思ったら腕はくっついたようでグーパーしている。着ていた服の袖は外れてしまっているので右腕は半そで状態だ。


 男も横目でそれを見て「こいつ人型の化け物モンスターだったのかよ」とか言っていた。


「マスター。手は完全ではありませんが動かすことは可能です。男の捕縛は諦め処分してもよろしいですか?」

「うん。やってくれ」

 こいつの情報は取れなくなるが、御子はまだいるようだし、一人いなくなってもいいだろう。

「何を言ってる? 俺を処分? さあ来いよ、今度はお前の首を落としてやる」


 ペラは幾分体を落とし気味にしてそして加速した。

 男は大剣を振りかぶりペラに向けて振り下ろすのが見えたと思ったら、ペラの体がそのまま男の体に衝突し、男の体が後ろに吹き飛んだ。俺の目でも詳細ははっきり分からないほどの速さでペラは男に衝突したわけだから男はこれで死んだだろう。ただ、あのスピードでペラが衝突したわけだから、男の体が破裂しても良さそうなものなのに、男の体は元の形を保っている。


 自分で最強などと言うだけあって、ずいぶん頑丈だったようだ。



[あとがき]

なんの関連もありませんが。

異世界アクションファンタジー『影の御子』全48話、10万9千字。

https://kakuyomu.jp/works/16817139555800622747 よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る