第276話 温泉保養所


 鉱山を回った翌日。


 俺たちは温泉保養所にウーマで向かった。


 温泉保養所はツェントルム市街からそこまで遠くないので、1時間弱で到着してしまった。


 時刻は午前9時。


 保養所の利用は行政庁で要予約なのだが、俺たちだけは使用可能だ。領主特権である。


 保養所の建物そのものは4階建ての宿屋で1階はロビーと食堂兼酒場。2、3、4階が4人部屋と6人部屋から成る客室だ。保養所の隣には従業員の寮が建っている。


 2階の1番奥の6人部屋が俺たちの専用部屋で、ドリスたちがいた時は、早めにちゃんと予約して隣の4人部屋も使っていた。その時は俺とドーラとペラが4人部屋だ。


 さっそく朝風呂ということで、荷物を部屋に置いたら保養所の裏手から階段を河原に向かって下りていき男女で別れた脱衣所に入る。


 女風呂も男風呂も岩風呂の上に屋根が付いているだけの簡単なものなので、お互いを見ようと思えば見えなくもない。しかし、位置関係が微妙で女風呂から男風呂は簡単にのぞけるが、男風呂から女風呂をのぞくのは不可能ではないにせよ身長2メートル越えの男がジャンプしてようやくといった感じだ。誰が設計したのか知らないが、実に考えられた設計である。評価は敢えてすまい。


 実際問題、そういったことに興味がないわけではないが、何も今さら入浴中の裸を見たところで……。

 とにかく岩風呂に入ってゆっくりする。それだけで十分だ。などと、考えること自体、ほぼ70の精神年齢に肉体が引きずられているということかもしれない。このままいくと今生では素人童貞どころか本当に童貞で終わってしまうかもしれない。それもまたよし。などと、考えること自体、……。以下同様。


 洗い場はもちろんあるが、置かれている洗剤はウーマ製ではないので正直泡立ちも悪いし髪にも優しくない。なので、頭は洗わず体だけ洗う。

 今は11月で晩秋のためそれなりに気温は低いのだが、俺は裸でも気にならない。とはいえ、さすがに真冬になれば濡れた体で長い時間湯舟の外にいれば寒くなると思う。


 生前、日本猿が真冬の雪の中に温泉にのんきに浸かっているCMや動画を何度も見たが、あのサルたちはタオルもないくせに風呂から出たら寒気で体毛が凍るだろう。あいつらはあのまま春まで風呂に浸かる呪いを受けたようなものだ。あれぞまさしく猿知恵の典型だ。


 サルはどうでもいいが、温泉に浸かってすっかりリフレッシュした俺は颯爽と脱衣所に戻った。

 そしたら保養所の職員の女子がモップで床板を拭いていた。俺に気づいて慌てて下を向いて床を拭いき続けているのだが、そこはもう拭いたところですよ。

 俺は、その女子には構わず体をよく拭いて服を着た。

 

 脱衣所に冷たい牛乳でも置いてあればいいのだが、そこまでのサービスは今のところ提供されていない。すでにライネッケ領内で牛乳も搾れるようになっているので近い将来実現したいサービスだ。


 部屋のカギは俺が預かっているので早めに部屋に戻ったところ、まだ誰もいなかった。

 これは想定通りだから俺がカギを預かっていたわけだ。

 部屋に入って、バナナの一房を取り出して部屋に置かれた小テーブルの上に置き、一本取って食べていたらエリカたちが帰ってきた。風呂上がりだから、水気の多い果物の方がよかったが、バナナが簡単なんだよな。そのまま出すだけだから。


 各人がバナナを一本ずつ取って食べながら。


「ウーマのお風呂に不満はないけど、温泉もいいわよね! あら、おいしい」と、湯上りのエリカ。

「ロジナ村にいた時はよくて水風呂。冬は体を拭くだけだったからホントに幸せ。いつ食べてもおいしいよね!」と、ドーラ。

「エルフの里は四季がほとんどなかった関係で冬でもお風呂に入れましたは、もちろん水風呂でした」

「ケイちゃんは女王さまなのに水風呂だったの!?」

「はい。お湯のお風呂に入ることはないわけではありませんでしたが、それは特別な時だけでした」

「へー、そうなんだ」

「そういえば、ドリスたちは今どうしてるんだろうな?

 お湯のお風呂に入っているんだろうか?」

「さすがに入ってるんじゃない。ウーマのお風呂もここのお風呂も知ってしまった以上、お湯のお風呂に入らないなんて考えられないもの」

 ボディーソープやシャンプー、リンスをお願いしますと、念を押してたものな。


 各自が食べ終わったバナナの皮は俺が回収した。人数は5人なんだが、バナナの皮は7本分だった。


 俺だけベッドに横になり、女子3人は各自のベッドに腰を掛けて話を始めた。コロコロ話題が変わるところが女子の会話の特徴なのだ。とか、決して口に出してはならないことを考えていたらそのうち眠くなってきたしまった。


 ドーラの声で起こされた。体内時計では12時少し前。

「エド、食事に行こう」

 さっきエリカと一緒にバナナを2本も食べたくせに胃が大きいものだ。と思ってテーブルを見たらバナナの皮が2本分乗っていた。

 俺自身は寝る前に食べたバナナが残っているような気がしたのだが、ドーラに促される形で5人揃って1階の食堂兼酒場に下りて行った。


 6人席に着いた俺たちは、定食の他適当につまみを頼み、飲み物は薄めたブドウ酒にした。

 一般客の場合ここでの支払いは定食は無料。つまみと飲み物は有料だが、通常の半額以下に価格設定している。保養所だからな。それに対して俺たちは何を飲み食いしても無料である。そもそも俺たちはこの施設のスポンサーなのと会計がどんぶり勘定なので許されることだが、将来会計がしっかりすれば、俺たちも支払うべきだろう。そのうちだな。


「「かんぱーい!」」

 エールではなかったが、一応薄めたブドウ酒で乾杯した。サクラダに出た当時のエリカは薄めないブドウ酒を好んで飲んでいたが、いつの頃かみんなと合わせて薄めたブドウ酒を飲むようになった。時の流れなんだろうなー。あれからまだ5年も経ってはいないんだけど。


 それはそうと、俺もエリカもドーラも年相応の顔つきなんだが、ケイちゃんは最初の時と顔が全然変わっていない。ハイエルフの特性だろう。いらぬ心配かもしれないがあと10年くらいしたら、老け顔メイクした方がいいかもしれない。

 10年変化ないなら、俺が寿命で死ぬ時も今のままの顔の可能性が高い。それは奇妙なことだが、俺とすればいつまでも若いケイちゃんの顔を見続けられることはありがたい。ある意味ラッキーだ。ケイちゃんからすれば逆かもしれないけど。


「エド、なにか考えてるの? またおかしな顔になってるわよ。ここなら好きなだけ変な顔してていいけどね」

 エリカに久しぶりに顔の指摘をされてしまった。

 俺が死ぬ時には、エリカも老けてるんだろうなー。ドーラだって同じだ。そう思うと少し悲しくなってしまった。

「エド、どうしたの?」

「なんでもない」

「それならいいけど」


「昼から何する?」

「ある程度体を動かしていないと、夕食がおいしくないからなー」

「エドがそう言うのは分かるけど、エドほど体を動かしている領主っていないわよね」

「そうかもしれないけれど、行政庁に行ってこうしよう。って、言えばその通りになるわけだからほとんど領主の仕事ってないだろ? ここには他所よそからの重要なお客さんなんて来ないし」

「他所の領主がどんな仕事をしているのかは分からないけれど、確かにここは領主的な仕事ってほとんどないものね」

「だろ。エリカは軍の仕事があるからそれなりだけど、俺って物を運んだり、道を作るために立ち木を根っこから引き抜くくらいしか仕事がないんだよなー」

「平和な証拠じゃない」

「俺がやろうとしてることを考えると、平和ってことじゃないはずなんだが」





[あとがき]

『Y氏のSS置き場』第8話 童話 おさるの顔がしわしわで、おしりが赤いわけ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894304315/episodes/1177354054894304434


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