第256話 ドリス・ヨルマン4、盟友。
ドリス殿下を家まで迎えに行き、殿下とおつきの3人を連れて歓迎会会場の気楽亭に向かった。
季節は夏なのでまだ日は沈んでいない。
気楽亭の中はいつも混んでいるのだが、今日ももちろん混んでいた。
とは言っても、領主権限で個室を予約しているので無問題。
殿下を迎えに行くときにエリカたちと一緒にウーマを出て、店の前で別れているのでエリカたちは当然先に席に着いている。
仕切りで作られた個室に入ると、5人分の席が空いていた。
片側にエリカたちが真ん中の席を残して座っていたので俺は必然的にその真ん中の席に。殿下たち4人は俺たちの向かいで殿下は俺の真正面の席に着いた。
テーブルの上には大皿料理が並べられていたが飲み物はまだ置かれていなかった。
俺たちが席に着いたところですぐにエールのジョッキが人数分運ばれてきた。ジョッキの大きさはサクラダダンジョンギルドの雄鶏亭仕様。なので、そこらの酒場のジョッキの5割増しだ。
そもそもエールは生温いので、少々大きくても温くなる心配がない。
わがライネッケ領にはエールを含め醸造所が一つもないのでエールもオストリンデンからの輸入品だ。通常価格に上乗せして運賃がかかっているが、その分は領主さまとその仲間たちが補助している。領民からすれば高い酒ではないのだが、俺たちからすればややお高い飲み物ということになる。水分なので重いから、一度に運ぶ量が限られるためすぐに売り切れてしまうのがネックだ。それでも最近はエール専用に馬車を複数出しているのでかなり供給事情は緩和されている。
ただ、領主さま専用の樽を店に置いているので、俺たちが利用する分には飲み物が売り切れになることはまずない。
「それでは。
ドリス殿下がこのツェントルムにいらっしゃったことを歓迎して「かんぱーい!」」
「「かんぱーい!」」
ジョッキで乾杯といっても、ジョッキをお互いに当てる習慣はないので、ただ軽く持ち上げるだけだ。
一口エールを口にしたドリス殿下が深々と頭を下げて「ありがとうございます」と言った。
おつきの3人もその後「ありがとうございます」と、言って頭を下げた。
殿下を始めこの4人、すごく腰が低い。国を脱してから今日までそれなりに苦労したのではなかろうか?
乾杯の後、俺と殿下以外の7人がエリカを皮切りに自己紹介した。
うちの4人の後、殿下側の3人が自己紹介した。3人とも貴族の娘で殿下付きの護衛兼侍女たちだった。
殿下によると、小さい時から3人と一緒に学び、剣も習ったのだそうだ。ということは殿下もある程度剣を使えるということなのだろう。
その後、ズーリの話が出た。
「ズーリはカルネリアという国に併合されたようです。ズーリと一緒に隣のハイムントも併合されたとか」
「カルネリアって神聖教会の聖地のある?」
「はい。神聖教会の総大主教の娘と兄が婚約したとここへの道すがらうわさに聞き、そうなんだ。と、腑に落ちました」
「どういうことですか?」
「兄が王太子とされ、父が急逝した前後、兄のもとに赤い法衣を着ている男女が出入りしていました」
「赤い法衣というのは?」
「赤い法衣をまとっているのは神聖教会の総大主教に次ぐ8人の大主教のうちの誰かということになります。これは後で知ったことです。ちなみに総大主教は緋色の法衣をまとっているそうです」
「現国王の立太子と前国王の急逝に神聖教会が関わっているのではないかということですか?」
「おそらく」
確かにいろいろつながるよな。
「殿下が身を隠されたのは危険を感じたからですよね。具体的な動きがあったのですか?」
「父の様態が思わしくないと聞いたあと2度ほど城内で刺客に襲われました」
こうして殿下が生きているということは護衛が刺客を撃退したということなのだろうが、おそらく俺の目の前、殿下の左右に座る3人が撃退したのだろう。
大体読めた。
筋書きは、神聖教会が現国王に王位を餌に接近し、前国王を毒か何かで弱らせ最終的に弑し、その過程で現国王を王太子に指名させたのだろう。実際のところは前国王が指名したわけではなく勝手に詔書を作ったのだろう。邪魔な第4王女も消そうとしたが失敗し国外逃亡を許したってところか。
俺やヘプナー侯爵を左遷したのも神聖教会の差し金だろう。軍を自由に動かすにはヘプナー侯爵が邪魔だし、ヘプナー侯爵をのぞいても、次は俺たちが控えている。
国の最大戦力の俺たちを切り捨てたということは、それを切り捨ててでも安心できる軍がほしかったというわけか。なるほどな。
これまで神聖教会などただの異国の宗教で何も思うことなどなかったが、これは考えなければいけない案件だ。
神聖教会は間違いなく俺の使命である世界制覇のための邪魔ものだ。今のヨルマン王家よりも邪魔になるだろう。
「よくわかりました。
ところで殿下は、将来王城に帰りたいと思っていますか?」
かなり直球な質問だ。
「もちろんそのつもりです」
ここまでの話の流れでこの問いに対して肯定するということはそういうことだ。にもかかわらずドリス殿下は赤の他人であるこの俺にはぐらかすことなく直球で答えてくれた。盟友となりえるとほど信頼しているとの意思表示だ。こちらは了解するのみだ。
「分かりました。殿下が王城にしかるべき形でお戻りにれるよう、わたしたちがお力になりましょう。
エリカとケイちゃん、良いよな?」
「もちろん」「はい」
「わたしには聞いてくれないの?」
「ドーラは違うのか?」
「いや、全然いいよ」
「ライネッケ侯爵閣下。みなさん、ありがとう」
将来、この日のここでの話し合いが歴史書に載ったりして。
そこまでで固い話は終わり、甘いものの話や、ライネッケ領の開発などの話で午後9時ごろ歓迎会はお開きになった。帰る前に、明日の朝食を殿下の家に4人分届けるよう領主特権で店の人に頼んでおいた。特権と言っても代金は後で行政庁に請求が来るのでまとめて払っていますよ。
エリカたちはウーマに先に帰し、俺とペラとで殿下たちを家まで送ってそれからウーマに帰った。
ウーマに帰った時、まだエリカたちは起きていた。
どうやら、俺を待っていたようだ。
「エド。ドリス殿下のことなんだけど、ドリス殿下を担いで今の王さまを追い出して、殿下を王位につかせるって事よね?」
「いい考えだろ?」
「さすがはエド。王家による不当な扱いに対する同情とリンガレングの武力だけでヨーネフリッツを手中にしてしまった場合、国を安定させるまでに苦労するかもしれないと思っていましたが、これでいい旗印ができました。なるようになるものですね」
ケイちゃんがはっきり言葉にしてくれたのでエリカもちゃんと分かってくれたようだ。
「えっ! そういう意味だったの。殿下が王城に帰る時に護衛する話かと思ってた」と、ドーラが驚いた声を出した。
「俺たちの力でドリス殿下が王さまになったら、俺たちに頭が上がらないだろ? 名まえがどうであれ、俺たちの方が王さまより上って事。俺たちはいずれこの世界を手に入れる。わざわざ俺たちがヨーネフリッツ一国の面倒見なくてもドリス
「そうか。エドってロジナ村にいたころは何かボーっとしていることがあったけど、ずいぶん頭がよくなったよね」
「そうかー? 自分じゃ全然変わっていないつもりなんだけどな」
口ではそう言ったが、ずいぶん変わってしまったのだろう。
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