第255話 ドリス・ヨルマン3
ウーマで俺たちの帰ってくるのを待っていたドーラとペラに詫びて、昼食の準備を急いだ。
「「いただきます」」
食事中、先ほどの話を二人にしたところ。
「殿下はお昼食べてないんじゃない?」と、ドーラ。
「すっかり忘れてた。気楽亭から食事を大至急届けさせよう」
「それならわたしが気楽亭に行きます。建築担当に殿下の家の場所を聞けばいいですね?」
「うん。それじゃあ、ペラ頼む」
「はい」
ペラがウーマから出ていき、10分ほどで戻ってきた。
「4人分の定食と飲み物を届けるよう言ってきました」
「ありがとう」
「こういったことがこれからそうそうあるとは思えないけれど、そろそろ俺たち用の屋敷も建てた方がいいかもしれないな」
「ウーマから降りちゃうの?」
「ウーマは屋敷の中に専用の大きな部屋というか中庭に置いておけばいいだろ?」
「それならいいかも。侯爵クラスのお屋敷くらいあった方がいいというよりないとおかしいものよね」
「今までは余裕がありませんでしたから。これからはそういった物も必要でしょう」
「別に急ぐ必要はないけれど、殿下の屋敷ができ上ったら取り掛かるか」
「それでいいんじゃない」
昼食を終え、後片付けも終わったところで、俺は殿下の家の様子を見てこようとペラを連れてウーマを出て行った。
ペラに案内された殿下の家は夫婦者用に建てた家が立ち並ぶ一角で、ウーマが鎮座する街の中心の広場に比較的近い場所だった。
「ライネッケです」
『はい』
玄関の扉が開いて、殿下のおつきの3人のうちの一人が家の中に迎え入れてくれた。
当たり前だが彼女は鎧を外して普段着姿だった。ただ、彼女の服には各所に継ぎが当てられていた。王女殿下のそばに仕えているということは、貴族の子女の可能性が高いが、他国での亡命生活は厳しかったのだろう。
俺は施工主みたいなものなので、一応家の間取りは心得ている。
この家は、居間兼食堂に台所、寝室が4つに納戸その他からなる平屋だ。狭いと言えば狭いが、召使的な人がいる訳でもないので、4人なら十分な広さだと思う。
このタイプの家族用住居は最新式の住居で、窓は鎧窓とガラス窓の2重で板ガラスはオストリンデンからエリカのお父さんの商会経由で取り寄せたものだ。
ガラス工房は現在建設中なので、もうしばらくすれば稼働すると思うが、ガラス生産はエルフの里にもない技術なので板ガラスを生産できるようになるまではある程度時間がかかるだろう。レメンゲン効果を勘案すると意外と早い時期にちゃんとした板ガラスができるようになるかもしれない。ちなみに紙すき工房も建設中だ。
居間兼食堂に置かれたテーブルは6人用で椅子も6脚置かれている。そこにペラと並んで座り、殿下は向かい側の真ん中に座った。おつきの3人のうち2人は殿下の後ろで控えていて、もう一人はここから見える台所で火をおこしている。お茶の用意をしてくれるのだろう。
水は共用なので外から桶に汲んできて樽に入れたりするのだが、そういったところもちゃんとうちの担当が教えたようだ。当たり前のことだがちゃんと教えていないと生活できないからな。
「ご不便をおかけして申し訳ありません」
「いえ。押しかけたわたしたちにここまでしていただいき感謝しています」
「そう言っていただきありがとうございます。
それで、今日の夕食ですが、街の食堂で殿下の歓迎会を開こうと思っています。お迎えに上がりますのでよろしくお願いします」
「ありがとうございます」
「会食できる場所が街の食堂しかないもので申し訳ありません」
「いえ。お気になさらずに。わたしたちもベルハイムにいた時は街の食堂でよく食事していましたから」
「ベルハイムにはわたしも一度行ったことがあるんですが、魚介類がおいしいところですよね」
「そうですね。でも、あそこにそれなりにいたので少し食べ飽きたかもしれません」
「それはまた贅沢なお話ですね」
「そうでしたね」
お茶の用意ができたようで、3人分のお茶が淹れられテーブルの上に置かれた。お茶っ葉も用意してあったとは。薪も用意されていたようだし、いつでも入居できると言っていたのは嘘ではなかったようだ。そりゃそうか。
「広場に面して食料品から衣料品、そして日用品まで何でも売っている文字通り雑貨屋があるんですが、そこでの支払いはヨーネフリッツと同じです。
失礼ですが、殿下は現金をお持ちでしょうか?」
「わずかですが持ち合わせはありますので御心配には及びません」
「それでしたら安心です。急に御入用になる時があれば遠慮せず教えてください」
「はい。その時はお願いします」
殿下たちは、城から脱出する時、現金のほか宝石類なんかも持ちだしたのだろうからそれなりの物は持っているのだろう。浪費家ならいくら金があってもすぐになくなってしまうだろうが、殿下は浪費家には見えないし。現に今殿下が着ている服もみすぼらしいわけでは決してないが、華美さなどないどこででも売っているような服だ。そういったところは好感が持てる。
殿下たちと話していたら、気楽亭から人がやってきて台所に置いてあった食器をまとめて持っていった。
気楽亭では以前ライネッケ遊撃隊で使っていた台車に比べてかなり小さな台車をデリバリーに使っている。その台車にのっけて持ち帰るのだろう。
「それではそろそろ。夕方6時ごろお迎えに上がります」
「はい。お待ちしています」
俺たちもこのあたりで退散することにした。
ドリス殿下邸からの帰りに気楽亭に寄って個室を予約しておいた。個室といっても店の隅を衝立で仕切っただけのものだ。なので内側の声も外側の声もまる聞こえだ。ない袖は振れんからね。
ウーマに帰ってみんなにドリス殿下との話の内容を聞かせておいた。
「ドリス殿下っていい意味でお姫さまには見えないわよね」
「そうですね」
「まあ、ケイちゃんも女王さまには見えないものな」
「それは言えてる。っていうか、実はわたしたちものすごーく不敬なことしてるってことない?」
「全然大丈夫ですから」
「ああー良かった。われわれの女王さまに不敬を働く愚か者! とか言って街のエルフたちに怒られなくって。
それはそうと、歓迎会が6時ということなら早めにお風呂に入った方がいいわよね」
「そうですね。もう入っちゃいましょうか」
「そうね。入りましょ。
ドーラちゃんも入るでしょ」
「うん、入る」
3人が風呂から上がったところで、俺も風呂に入った。
風呂に入って肩まで浸かり、フーッと息を吐いて大きく息を吸い込む。
そういえばこのウーマ内の風呂をのぞいてツェントルム内には水風呂しかないんだよね。
そういう意味で、ドリス殿下たちもタライの中で水風呂に入ることになるわけだ。今は夏だからそれでもいいが、これが冬になると水風呂に入らず、濡れタオルで体を拭くくらいになるんだよな。
今のところツェントルムには娯楽施設が食堂兼酒場しかない。なので公衆浴場くらい作りたい。石炭の採掘が軌道に乗ったら風呂場の建設だ。冬までに完成すればいいのだが。ちょっと厳しいか?
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