第246話 都落ち
[まえがき]
ここから第3部、ツェントルム編となります。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新しい国王に代わって領地をもらう代わりに年金を取り上げられてしまった。
金銭的な問題は何も堪えなかったが、ある種の悪意を新国王に感じてしまった。
いや、ある種を超えて相当な悪意だ。
罷免されたヘプナー侯爵の場合、領地は与えられなかったが侯爵相当の年金が与えられるとのことだった。
新人事が発表された前後で、街を歩いていたら数回賊の襲撃を受けた。ペラが襲撃者を簡単に捕まえ守備隊の衛所に突き出したのだが、その後、俺のところに何の報告もなくただの賊だったのか暗殺者だったのかは不明のままだ。
「ブルゲンオイストにいても物騒だし、このままここにいたら何かの罪でもかぶせられそうだ。早いところ俺たちの領地に行こう」
「相手にするのも面倒だし。それでいいか。
あの店の甘いものを食べられなくなることだけは心残りよね」
「将来、俺たちの領地にあの店を移そうじゃないか?」
「うん。そうね。きっとそうしましょう」
ブルゲンオイストから去るにあたって、例のダンジョン硬貨を商業ギルドに買い取ってもらった。大量だった関係でサクラダダンジョンギルドでの交換レート、ダンジョン金貨1枚に対してフリッツ金貨3.5ではなくダンジョン金貨1枚に対してフリッツ金貨3枚での買い取りだったが、1万枚のダンジョン金貨を3万枚のフリッツ金貨に換金した。
新領地での運転資金だ。
まだダンジョン金貨はそれこそ唸るほどある。資金が足りなくなればサクラダダンジョンに潜ればいいだけだけど、足りなくなるとはとても思えない。
ブルゲンオイストを引き払った当日。
俺たちは街道まで歩いていきウーマを出して乗り込んだ。
ウーマに乗り込んで1時間。ウーマは現在ブルゲンオイストからディアナに向かって街道を東進している。街道上には人もいれば馬車の往来もあるのだがウーマを見たらすぐに道を譲ってくれた。ただ途中の宿場町では人の往来だけはある。俺たちってヨルマン領の人たちからそれなりに慕われていたのかもしれない。
そういったなか、少し興奮ぎみで、わずかに顔を赤らめたエリカがソファーを囲む俺たちの誰に向かうでもなく思い出したように愚痴をこぼし始めた。
「今度の王さま、いったい何を考えてるのか謎よね? ねえ、そう思わない?」
愚痴ではあるが、答えないと。と、思っていたらケイちゃんがエリカの相手をしてくれた。
「エドの力を恐れたんじゃないでしょうか?」
「また何のために?」
「だって、その気になれば王族にとってかわるくらいたやすいでしょう。なんなら今からでも取って返して王城に乗り込んでヨルマン王家をのぞいてエドが新たな王さまになることだってできるでしょう。何回かあった賊の襲撃すら今の国王の指示かもしれませんし」
「そう言われればそうね。先代はエドに借りがあったからいろいろ良くしてくれてたけど、今の王さまは全く関係ないし、エドのことを脅威としか考えていないんでしょうね」
「そういうことなんだろうな。まっ、それはそれでいいんじゃないか?」
「だけど、わたしたちがいなくなって、ヨーネフリッツって立ちいくのかな」
「さすがに、その目算があって俺たちを切ったんじゃないか?」
「それもそうか。だけど、前の王家の二の舞になるような気もするのよね」
「それはそれでいいじゃないか。今の王家がどうなろうとどうでもいいだろ? 向うが俺たちに思っているのと同じように俺たちも向こうに恩も何もないわけだし」
「そうね」
「晴れて大森林の領主になったからには、じっくり大森林を開発するのも面白いんじゃないか?」
「領地開発は面白そうだけど、たった5人じゃ領地って言えないわよ」
「エリカ、人についてはわたしにアテがあります。
エド。そろそろエリカにアノことを話しておきますね」
「何? エドとケイちゃん、わたしに隠し事してたの?」
エリカは仲間外れにされたと思って怒ったかな? ここまできた以上洗いざらい答えることが最善手。
「うん。そういうことになるかな。そんなに大した話じゃない」
十分大した話だけど、大した話だと言って話を始められないし。
「ドーラちゃんもペラも聞いてください」
全員がウーマの食堂の椅子に移ったところで、ケイちゃんが自分は本当はハーフエルフではなくエルフの上位種、ハイエルフでさらに青き夜明けの神ミスル・シャフーの巫女あることを告げた。そして大森林の中、具体的にはダンジョンの13階層にあった青い階段の先の渦の先。例の神殿の先にエルフの里があることも教えた。
さらに俺が転生者であることは省いたうえで、俺がミスル・シャフーの使徒であることと、俺の使命についてもケイちゃんが3人に説明した。
「ふーん。そんなことがアノ神殿であったんだ」
「うん。あったんだよ。
エリカに教えなかったのは、教えたところでどうなるわけでもなかったしな」
「確かに。でも神さまの使徒としてこの世界を統一するって素晴らしいことじゃない」
「大変だろうが何とかやり遂げるつもりだ」
「えー、エド。ホントにそんなことするの?」と、ドーラが妙な声音で聞いてきた。
実の兄がトンデモ人間だと知ればそれは動転するよな。だが、俺の気持ちは変わらない。というか今さら変えたらどんな災難が降りかかってくるか分かったものではない。
「ああ、そのつもりだ」
「エドのことは分かったけれど、ケイちゃんがハイエルフということもびっくりだわ。
ハイエルフって、おとぎ話に出てくるドラゴンと一緒じゃない」
エリカさん。ケイちゃんをドラゴンと一緒にしちゃ可哀そうだろ!
「黙っていて済みません」
「いや、なにも悪いわけじゃないから、謝らないでいいわよ。
それじゃあ、エルフの里のエルフをあてにしていいんだ」
「はい。
エルフの里から数百人を引き連れて、新しい街を作り、そこから大森林を切り開いていきましょう。彼らもミスル・シャフーの使徒のもとで働けることを誇りに思うでしょう」
「エルフってそんな感じなんだ」
「はい。そうなんです」
「となると、サクラダに寄ってダンジョン経由でエルフの里に向かったほうが早いよな」
「そうですね」
「ディアナに着いたら街道を北上してサクラダに向おう。今はまだ午前9時だから、4時間後、明日の午後1時にはサクラダに到着する。
サクラダの家の家賃を払っていないから、家は使えないだろうな」
「家具とか差し押さえされたんでしょうね。仕方がないから諦めましょう」
「そうだな。
午前1時にサクラダ到着だから中途半端だけど、それまで休んでそのままダンジョンの中に入って13階層まで一気に下りてもいいか」
「そうしましょう」
「それはそうと、わたしたちの領地の名まえは何にする。大森林じゃ変でしょ?」
「名まえがないと不便だよな。最初にすることは村づくりだから、村に名まえを付けて、その村の名まえを領地名にすればいいんじゃないか?」
「ヨルマン辺境領はヨルマンの姓を取った名まえじゃない。だったらライネッケ領でいいんじゃない?」
「俺の名まえ?」
「だって『サクラダの星』ってわけにも傭兵団『5人』ってわけにもいかないでしょ?」
「じゃあ、ライネッケ村にライネッケ領?」
「それでいいんじゃない?
「ライネッケ領はいいけど、村の名まえはライネッケじゃない方がいいと思うんだが」
「それじゃあ、何にする?」
「そうだなー。やがて世界の中心になるという意味でツェントルムはどうだ?」
「その気持ちは大切だから、良いんじゃない」
「わたしは大賛成」「わたしも」
「じゃあ、決まり。エド、良かったじゃない」
ライネッケ村よりいいのはたしかだけれど、ツェントルム村というとなんかちぐはぐだからツェントルムだけでいいだろう。
ウーマに行き先変更を告げて俺たちはそれぞれ好きなことをして時間を潰した。
そして4時間後。
ウーマがサクラダの門前で止まったので俺たちは装備を整えてウーマから降り、ウーマはキューブにしまった。
サクラダ到着前に昼食を済ませていた俺たちは、街の門を抜けて大通りをダンジョンギルドに歩いて行った。
「久しぶりのダンジョンギルドね」
「そうだな」
昼過ぎのダンジョンギルドのホールに中には人が少なかったが、雄鶏亭には結構人が入っていた。受付カウンターの方を見たらエルマンさんもいたけれど、あいさつすることなく渦の中に入っていった。
「久しぶりー」
「そうだな。今さらランタンを点けなくてもいいな」
「そうね」
そこから5時間かけて11階層まで下り、階段下の空洞で軽く朝食を摂った。
ここまで下りてくる途中、なん組かのダンジョンワーカーチームに遭遇して、ランタンも点けていない俺たちのことをブツブツ言っていた。
11階層を泉まで進みそこでウーマに乗って小島に渡り12階層に下りて行った。
「全然変わってないみたいね」
「そうだな」
12階層に出たが、他のダンジョンワーカーがこの部屋を通った形跡はなにもなかった。
「まだだれもここまで下りてきてないのかな?」
「それはないと思うが、罠の関係で断念したんじゃないか?」
「そうね」
12階層の階段部屋から13階層に続く階段まで移動し、300階段を下りて13階層に到着した。時刻は午後4時半。
そこでウーマに乗り込んで、大空洞内を斜めに直進し21時間で青の階段下に到着した。
途中ペラが6匹のワイバーンを仕留めており、ワイバーンの在庫は35匹となった。
階段下に到着した時刻はまだ午後1時半。装備を整えた俺たちはウーマから降りて階段を上って行き、6時間後の午後7時半ごろ渦を抜けて巨木の森に出た。
そこで空き地を見つけてウーマを出して1泊。
翌日。
3時間ほど歩いて例の神殿前に到着した。
前回、神殿の中の通路は行き止まりだったが、今回はケイちゃんが神殿の先のエルフの里に行こうと言っていたわけだから当然行き止まりということはないのだろう。
そう思って神殿の通路を歩いて行ったらミスル・シャフーの像のある部屋の入口前まで来た。
「せっかくだから、ミスル・シャフーの像を拝んで行こう」
「そうね」
しっかり閉まっていた扉を俺が両手で開き、みんなでミスル・シャフーの巨像の部屋に入って行った。
部屋の奥には前回同様、謎のかがり火を挟んで青い巨像が立っていた。
像の前までいって横並びになった俺たちは、その前で適当に拝んでおいた。
今回はミスル・シャフーの声は聞こえてこなかった。順調に物事が進んでいる証拠だと勝手に解釈しておこう。
ミスル・シャフーを拝んだ後、ケイちゃんに案内されて通路の奥の突き当りまで歩いて行った。
「ここは突き当りだけど、ケイちゃん、この先がエルフの里ということなんだから通れるのよね?」
「はい」
そう言ってケイちゃんが正面の壁の前に立ち、何やら呪文?を呟いた。
そうしたら壁がゆっくりと左右に割れてその先に似たような通路が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます