第245話 武術大会。交代


 武術大会での優勝者が決まった。

 大会運営の兵士に連れられヨルマン1世の席の前で片膝をついた優勝者にヨルマン1世が声をかけた。

「見事だった。

 褒章を取らせるが、何か望みはあるか?」

 ここで通常、仕官を望みます。と、答えるのが慣例なのだそうだが、今年の優勝者は違っていた。

「できれば国軍の最強兵士と腕比べがしたいです」


「仕官とは別に、望みとあらばそれもよかろう。

 といってもここには全軍がそろっているわけではないが、この中の最強ということでいいかな?」

「はい」


 そういうことなので俺とヘプナー伯爵が陛下のそばに呼ばれた。


「ヘプナー伯爵。王都内で最強の兵士というと誰になるのかな?」

「兵士ではありませんが、ライネッケ伯爵以下5名のうちの誰かが王都内に限らず国軍最強になるかと思います」

「ライネッケ伯爵、いかがかな?」

「われわれの中ではペラ準男爵が最強です」

「ペラ準男爵はこの者と対戦できるのかな?」

「大丈夫でしょう。

 おーい、ペラ。こっちに来てくれ」

 審判席に座っていたペラを呼んだ。


「何でしょう?」

「優勝者がペラと試合をしたいそうだ。相手してやってくれ。大事な戦力だからけがはさせないようにな」

「素手の方がいいですか? それとも杖を使いましょうか?」

「そうだなー。相手は剣だから俺の木剣を貸してやるよ」

 そう言って俺はキューブから木剣を取り出してペラに渡した。

 人前でキューブから剣を出したわけだが、誰にも何も言われなかった。今さらだし。


 ペラが俺の木剣を持って一度切っ先から持ち手までを確かめ、そのあと試合場に歩いて行き開始線の前に立った。

 先ほどの優勝者も反対側の開始線の前に立った。


 ペラが審判を王都守備隊の第1、500人隊のベッカー隊長に頼んだようだ。


「それでは、始め!」


 大会優勝者は両手で剣を振り上げ、ペラに向かって突っ込んできた。

 その剣が振り下ろされるまで俺の貸した木剣を中段に構えたままペラは動かず、いよいよ額に剣が近づいてきたところで手首だけ木剣を上げ、切っ先で優勝者の木剣の刃を受けた。そして剣を持った腕を上げることで優勝者の木剣を上に持ち上げ、その後横に払ってそのまま優勝者の首筋に木剣の切っ先を突きつけた。


「そこまで」


 ちょっとやり過ぎだったかもしれない。試合場が静かだもの。

 しばらく静かだった会場がその後大きな歓声に包まれた。


 かわいそうに優勝者はうなだれている。圧倒的な差を見せつけられたわけだから仕方がないことではある。

 彼はすぐに運営の兵士に連れられて試合場から控室用に提供されている隊舎の方に連れていかれた。

 しかし、父さんが俺のために木を削って作ってくれた木剣、思った以上に頑丈だ。父さん引退したら木彫りでクマを彫ればいいんじゃないか?


 傷心の優勝者の代わりにペラが陛下の前に連れていかれて、その前でひざまずいた。

「ペラ準男爵。先ほどの試合、見事だった。

 そなたを配下とするライネッケ伯爵がうらやましい」

「ありがとうございます」

「そなたには、この剣を授けよう」

 そう言ってヨルマン1世がおつきの者に持たせていた宝剣をペラに渡した。

 ペラはその剣を両手で捧げ持ち「ありがとうございます」と言って後ろに下がった。


 俺までというか、ライネッケ家は大いに面目を施した。ペラ、ありがとうな。



 試合が終了し、観客も帰って行き俺たちもペラを待って駐屯地を後にした。

「ペラ、でかした」

「ありがとうございます」

「その剣は預かっておこう」

「お願いします」

「しかし立派な剣だな。どこかに飾っておきたいけど、ウーマの中に飾るしかないか」

「いいんじゃない。ウーマの中に飾っておけばなくすことないし」

「そうだな。

 ペラはそれでいいかい?」

「はい」

「さっきの優勝者だけど、一応この国では使い手に入るんでしょう? あんなのでいいのかな?」

「全体的に底上げしないとマズいかもしれないな」

「そういうとすごく大変そうだけど、全軍がエドの配下になれば一気に解決すると思わない?」

「なるほど、それは言えてるな」

「軍に限らずエドの配下になればあらゆるものがうまくいくのにね」

「官僚なんかも能力が上がるのかな?」

「それはそうでしょ」


 いつになるのか分からないが、俺がこの世界の王さまになったら、一気にこの世界が加速する可能性があるってことか。

 だからこそミスル・シャフーさまは俺を使徒に選んだんだろう。ある意味レメンゲンはミスル・シャフーの手のひらで踊っているだけなのかもしれない。とはいえ、そうだとしてもそれで俺がどうなるわけでもなく、俺の運命は紆余曲折があろうと終着駅は決まっている。

 俺が見事使命を果たしたら、かわいい使徒のためにミスル・シャフーさまは一肌脱いでくれないかなー。


「エドにエリカ。そういった話はあまり大きな声でしない方がいいかもしれません」

 確かに、聞きようによっては『大それたこと』を考えているようにも取れるしな。

「そうだった。気を付けよう」

「そうね」


 口は災いのもと。気を付けねば。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 戴冠式の10日後。ヘプナー伯爵を侯爵に、エドモンドを侯爵に、カールを伯爵に、その他貴族の陞爵が発表された。ただエドモンドは廷臣貴族のままで領地は与えられていない。


 それから1カ月後。王城において陞爵式が行われ、エドモンドは正式にライネッケ侯爵となった。


 そしてその10日後。大方の予想を裏切り4女ドリス・ヨルマンではなく長子ハンス・ヨルマンが王太子に立ててられたことが王城より発表された。


 ハンス・ヨルマンの立太子の3日後。ヨルマン1世が急逝した。

 エドモンドたちの陞爵式がヨルマン1世の最期の公務となったわけだ。


 ヨルマン1世の急逝後、直ちに王太子ハンス・ヨルマンがヨルマン2世として即位した。

 ヨルマン1世の葬儀はその10日後に執り行われ、遺体は城内の一画にある一族の墓地に埋葬された。

 なお、ヨルマン1世の死因については一切公表されなかった。



 ヨルマン1世の葬儀の後、矢継ぎ早に新人事が発表された。


 まず国軍本部長のヘプナー侯爵は更迭され、新たな本部長が就任した。新本部長はヨルマン2世の後ろ盾とうわさされた人物だった。エドモンドもライネッケ遊撃隊長の任を解かれた。さらに廷臣侯爵年金の代わりに領地が与えられ、廷臣貴族から領地持ち貴族となった。

 エドモンドが与えられた領地は旧ヨルマン辺境領の東。大森林である。


 あからさまな人事だったがエドモンドは反抗することなくエリカたちと共に王都ブルゲンオイストから新領地に向かうことにした。新領地と言っても領民は現段階で一人もいない。


 エリカたちもエドモンドの寄り子ないし一族郎党とみなされ同じように年金をはく奪されている。

 ただ、エドモンドの父カール・ライネッケはそれまで通りゾーイを中心とした一帯の領主を改易されることはなかった。カールまでそういった人事を断行した場合、エドモンドの反抗を恐れたものと考えられている。


 また、ヨルマン1世の4女、ドリス・ヨルマンは、数名の女性武官を連れてヨルマン1世の葬儀の直前に行方をくらましている。




[あとがき]

 ここまででヨルマン軍務編が終わり、次話から第3部、ツェントルム編となります。序破急の急か起承転結の転。といった感じでしょうか。

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