第240話 ハルネシア奪還


 父さんとドーラが試合をしたらドーラが勝ってしまった。

 かつて俺の前に立ちはだかった鉄の壁が脆くも小学校5、6年くらいの女の子に前に敗れ去ってしまった。


「参ったなー。ドーラ。見事だった」

 父さんは何となくうれしいようなそうでもないような顔をしている。いや、よく見るとこめかみがピクピクしてる。相当悔しそうだ。


 実の娘とは言え、小娘に負けたわけだから相当悔しいだろう。父さんの気持ちが分からないでもない。口には出さないが、アハハハ。


「わたしホントに父さんに勝っちゃったよ。どうしよ」

「ドーラ、俺の言った通りだったろ?」

「うん」

「これで、やる気を出してペラと訓練する気になったんじゃないか?」

「うん。なった。ヤル気モリモリだよ」

 実に結構。目論見通りだ。


「なあ、エド。父さんがドーラに負けてすごくうれしそうな顔してたろ?」

「いやー、そんなことないけどなー」

「ふん」

 父さんも大人げない。シュミットさんが笑っていますよ。

 そのあと父さんに木剣を返してもらった。

「父さん、訓練するならこの木剣貸してあげるようか?」

「いらん!」

「そっ。ドーラはこれからペラと訓練するからますます強くなると思うよ」

「ふん」


 父さんは放っておいて、キューブからペラの杖を出してペラに渡した。

「それじゃあ父さん、ドーラとペラは隊舎の前で訓練するから」

「ああ」


 父さんには悪いことをしたが、これもドーラのためだ。今の俺の気持ちは、全然関係ないけれど、泣いて馬謖を斬った孔明の気持ちと同じだよ。きっと。


 そのドーラとペラの訓練だが、今回は以前と同じような立ち合い訓練だった。ドーラは前後左右に激しく動き回ってペラに打ちかかっている。それに対してペラは位置を変えることなくドーラの杖を軽くかわしたりいなしたりしている。ペラの動きに無駄がないから動きが逆に緩慢にさえ見える。まさに達人の域。ペラの動きの凄さが分かる俺もちょっとだけ才能があるのかも?


 ふと父さんの方を見たら、父さんがドーラとペラの立ち合い訓練を横目で見ていた。はっきり顔が見えているわけでないが目を見開いているような。


「ドーラちゃん、ずいぶん長いこと訓練から離れていたのに、かなり動きが良くなってるわ。これってやっぱりレメンゲンのおかげよね。それはそれとして、ペラは別格ね」

「ペラに勝てる人間はいないでしょうね」

「だろうな。夏になってまた武術大会があったらペラを出したら面白いだろうな」

「そんなことしたら真面目に訓練して大会に出場する選手に悪いわよ。下手したらあまりの差に武術やめちゃうかもしれないし」

「確かに。腕に自信があればあるほど、なすすべまなく負けてしまうと落ち込みそうだものな」



 ドーラとペラの訓練は2時間ほど続いた。

 かなり汗をかいたドーラにはタオルを渡し、ペラに付き添わせてウーマに帰らせシャワーを浴びさせた。体が冷えないように駆け足で帰るように言ったら、律儀に二人で駆けて行った。


 ドーラとペラが帰ってきたところで、俺たち5人と父さんたちで揃って昼食を摂るため食堂に行った。

 食事を摂りながら。

「父さんたち3日後にハルネシアに出発って聞いたけど、大丈夫? 相手は1万でハルネシアに潜んでいて、こっちは1万5000。1万5000の中の1万くらいは良くてオルクセン並みの領軍なんでしょ?」

「国軍から6個500人隊、3000が出ることになっているから、領軍は1万2000だ。相手がまとまって野戦を挑んで来たら危ないかもしれない」

「俺たち、休んでいろって言われたんだよ」

「俺もそのことを聞いて、そこは変だとは思ったんだ」

「領軍本部は、何考えてるのかなー?」

「こういうのは、考えすぎかもしれないが、この戦争の先も見え始めているもんだから、戦後の勢力のことを考えて国の上の方の一部がお前たちにこれ以上活躍させないつもりかもしれない。エドが今回の戦争での一番の殊勲者であることは一目瞭然だ。このままいけば侯爵。それも筆頭侯爵になるだろうからな。

 そういうことなんで、今回の作戦に圧力をかけた。ヘプナー伯爵は圧力に屈してお前たちを外したが、俺を今回の作戦のトップにはめ込んだってところじゃないか」

「でも、負けたら元も子もないと思うけど」

「そのあたりが、軍関係者ではない連中では理解できないんだろ」

「兵隊の命も軽く見ているのかもしれないしね」

「その通りだ」

「俺たちが勝手について行っても誰からも文句は出ないと思うけれど、良くは思われないだろうな」

「作戦の間だけ、ペラをお父さんにつけてあげたらどうかな?」

「それがいいか。

 父さん、ペラを父さんにつけようか? ペラなら少なくとも父さんとシュミットさんを守りながら戦えるよ」

「そうだな。頼むとするか」

「それがいい。ペラ用のメンテナンスボックスはこと投擲用の鉄塊を用意しておくから、荷馬車に積んで持っていって」

「箱は何だ分からないが、分かった」

「ペラ、そういうことだから、父さんたちについてハルネシアに行ってくれ。作戦中は父さんの指示を聞くように。頼む」

「了解しました」


 最悪戦いに負けてもこれで父さんたちは安心だ。

 しかし、早くから戦後のことを考えるのは勝手だが、まだ戦いは終わったわけでもないのに何考えてるんだろう? こんなことだとどこかで足をすくわれるかもしれないぞ。例えばこの戦いで負けてしまえば、これまで新ヨーネフリッツになびいていた領主たちがまた離れることだってありえるし。


 先が見えないヤツは何をしでかすか分からないから、ペラの貸出期間中は残った俺たちも出歩くときは注意しないと。


 昼食を終えた俺たちは隊長室に戻り、父さんたちは隣の部屋に戻った。



 翌日は部隊の休養日。そしてドーラの誕生日だった。とはいえこの世界では誕生日だからといって特別な行事は何もない。ドーラ自身も忘れていたようなので俺も何も言わないままみんなを誘っていつもの軽食屋に行って食事した。

 そこでドーラに向かって今日はドーラの誕生日であることを告げた。

「すっかり忘れてた。これでわたしも12歳。エドと3つしか違わないんだから」

「永遠に差は縮まらないけどな」

「言わなくていいから」

 そういえば、これが前世なら来月からドーラは中学生か。大きく成ったものだ。



 そしてドーラの誕生日の2日後、父さんが駐屯地から2個500人隊を率いて出陣した。

 ブルゲンオイストの大通りを行進しての出陣で、道の両側で大勢の人が行進を眺めていた。

 兵隊たちの顔はそれなりに引き締まっている。ように見える。

 ペラは自分のメンテナンスボックスと四角手裏剣を積み幌をかけた軽量荷車を自分で引いて父さんの後ろをついていった。ペラが荷車を引く姿はそうとうおかしな見た目なのだが、もちろん誰も指摘しなかった。



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