第230話 オルクセン解放作戦4


 部隊は昼の大休止を終えて2時間行軍し、そこで野営準備に入った。

 野営準備は20人隊単位で行われる。


 まず数人で地面に浅めの穴を掘り、周囲に石を並べて簡易かまどを作る。

 別の数人で荷車の幌をほどいて、麻袋をひとつと大鍋を下ろす。

 麻袋の中にはスープ20人分のイモとニンジンとタマネギと塩漬けの干し肉入っている。

 イモとニンジンは洗ってあるので皮をむくだけでいい。

 下ごしらえの終わった野菜を鍋に入れ、小さく切った干し肉もに鍋に入れ、水場から桶で汲んできた水を入れてかまどの上に置く。

 そのあと別の数人で野営地の近くから集めてきた枯れ木や枯れ枝をかまどに下入れて火を点ける。

 沸騰して10分もすればスープはでき上る。

 こういった野営時の料理の方法は訓練の一環として駐屯地の輜重隊から教え込まれているので、どの班も滞りなく夕食の準備ができている。


 俺たちは、部隊の連中がそれぞれ夕食の準備をしている間にキューブの中から作り置きのスープを取りだし、それにパンを添えて夕食とした。こういうのもたまにはいいものだがこれから先、何日も続くとなると、少しやり過ぎたような気もしないではない。

 エリカたちも不満はあるのかもしれないがさすがに子どもでもないので、何も口にはしていない。ドーラもTPOをわきまえて不平を言ってはいないので当たり前かもしれない。そもそもドーラ若干12歳は何と言っても準男爵だものな。




2/16

 ゲルタ城塞を発って3日目。


 われわれは順調に行軍を続け、オルクセン領の最初の宿場町に到着した。一切の抵抗のないまま俺たちはその宿場町を通過した。

 通過する際、部隊内で声の良く通る者を10名ほど集めて、俺たちはヨーネフリッツの新国王ヨルマン1世の正規軍でオルクセン公爵をすでに廃爵したことを告げ、彼に対する討伐軍である旨道行く連中に大声で告げさせた。


 その次の宿場町でも抵抗を受けることなく通過して、全部隊はその先で水場があり木立で囲まれた草地でその日の野営に入った。


 父さんの話によるとこの先に小都市があり守備隊がいるかも知れないので襲撃に備えておくように。と、注意された。

 夜間の警戒も今まで以上に厳にした方がいいと思い、野営地周辺をリンガレングに見回りさせることにした。父さんには、リンガレングが野営地周辺を見回るから兵隊たちが驚くことのないよう兵隊たちに伝えてくれるよう頼んでおいた。父さんが連れている兵隊たちについても全員の顔および骨格パターン覚えたそうなので不審者がいれば処分可能とのことだった。


「武器を持った男女が複数潜んでいれば敵兵だとすぐわかるだろうが、民間人は処分するなよ」

『了解です』

「それでどうやって不審者と民間人を見分けるんだ?」

『怪しければ不審者で怪しくなければ民間人です』

 不審者ってそもそも怪しい人物のことだろ? これで大丈夫なのか、ちょっと引っかかるなー。


「お前が俺のことを全く知らないと仮定して、もし俺が野営地の近くを歩いていたらリンガレングはどういった対処をする?」

『もちろん処分します』

 俺ってそんなに怪しいのか? いやいや、俺が怪しいなら世の中の大半は怪しくなるだろ。

 リンガレングの声が聞こえるのは俺一人だからいいけれど、これじゃあまるでコントじゃないか。


「それじゃあマズいから、明らかな敵兵は別として、怪しいと思ったら処分ではなく拘束してくれないか?」

『マスター。わたしでは拘束は不可能です』

「どうして?」

『人間は脆すぎて物理的な拘束しようと接触するだけで破壊することになります』

 そう言われてしまったらどうしようもない。さてどうすればいい?

「それじゃあ、その人物が明らかな敵対行動をとった場合、処分してもいいことにしよう」

『マスター、明らかな敵対行動とはどのような行動でしょうか?』

 今度はそうきたか。うーん。武器を振りかぶって襲ってくるだけが敵対行動ではない。敵兵が物陰からのぞいて偵察活動するのもれっきとした敵対行動なんだが、民間人が通りかかったとしても軍隊の野営地に向かって堂々と観察するわけないから物陰からこそこそのぞくよな。


「リンガレングは大きな音を出せるか?」

『出せます』

「それじゃあ、不審者***を見つけたら大きな音を出してくれ。それでみんなが警戒するから」

『了解しました』

「ちょっとだけその大きな音を出してくれるか? 試しだからそんなに大きな音じゃなくてもいいからな」

『はい。それでは』

 ギィィィィィィィ。

 黒板に釘をこすりつけるようなものすごい不快音で横隔膜がしびれてしまった。これならだれもが気付けるだろう。

「分かった。今の音を野営地全体に響くくらいで出せるだろ?」

『簡単に出せます』

「もしかして、野営地全体に響くよりもっと強く音が出せる?」

『出せます』

「そしたら、不審者に向かってその音を出したら、不審者は動けなくなるんじゃないか?」

『相手が人間ですので高い確率で失神すると思われます』

「それならそれでいいんだよ。そうしてくれ」

『了解しました』

「ちなみに、さっきの音以外にも他の音が出せるのか?」

『もちろんです。どんな音でも出せます』

「どんな音でも?」

『はい』

「ひょっとしてリンガレング、お前、人の言葉が音として話せるのか?」

『もちろんです』

 おいおい、リンガレングに悪気はなかったんだろうが、どうも調子が狂うな。

「リンガレング。どうしても声を出さないで俺に伝えたいことがある時だけ、今みたいに声を出さずに俺に話しかけてくれ。それ以外は声を出してくれ」

「了解しました」

 リンガレングの声は予想通りの機械的な声なのだが、単純な機械音ではなくちゃんと感情がこもっているように聞こえる。

「それじゃあ、周囲の警戒を頼んだ」

「はい」


 リンガレングは飛び跳ねるように野営地の周りの立木の中に入って行きそのうち見えなくなった。




 ゲルタ城塞を発って4日目の午後3時。部隊はオルクセンの領都ヘジラまで15キロの位置で野営の準備を始めた。野営準備の傍ら斥候を放ち、敵軍の動きを探らせている。



 夜間、斥候が順次帰還したが、敵に目立った動きはないとのことだった。


 そして敵の襲撃を受けることなく、翌午前4時。2/19

 ライネッケ遊撃隊のみ起床し、携帯食で朝を済ませ空が白み始めた午前5時半、荷車と1個20人隊を残して野営地を囲む森の中に分け入った。


 森の中でもあり周囲はまだかなり暗いが歩けないほど暗いわけではない。夜目の利く俺の感覚なのでどうかと思ったが、何とかなるようで俺たちのあとを兵隊たちは粛々と続いた。


 最初ウーマを先頭にして立ち木をなぎ倒しながら進んだのだが、なぎ倒された倒木が邪魔で前進速度が遅くなってしまったので、ウーマはキューブにしまい普通に木立を縫って前進した。


 国軍本部からもらった地図はそれほど正確ではなかったのでオルクセンの領都ヘジラまでの距離は概算だが、ヘジラまで10キロほどのところまで進出したところで斥候を放った後、部隊は時間調整を兼ねた大休止に入った。おそらくあと2キロこの森の中を進めばヘジラ側面の平地に出る。時刻は午前8時。


 父さんの3個500人隊はヘジラに向け進軍し、そろそろヘジラから10キロあたりに布陣しているはずだ。


 ヘジラのオルクセン軍が父さんたちに向けて動き出すときが俺たちが動き出すときだ。



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