第229話 オルクセン解放作戦3


 午前7時。朝食を早めに摂ったわがライネッケ遊撃隊は、駐屯地を出発してゲルタに向かった。兵隊たちのリュックの中には毛布その他のほか、昨日駐屯地の輜重隊から配られた干し肉と乾パン、乾燥果物20食分が入っている。乾燥果物は標準携帯食ではなかったが、俺が特別に用意させたものだ。甘いものを食べれば元気が出るからな。


 途中2時間毎に10分ほどの小休止を取り、正午に30キロ先のゲルタに到着するつもりで俺が先頭になってペースメークしての行軍だ。今回は隊旗を掲げた正規の行軍であるため、俺たちは道の真ん中を使っており、対向者、対向馬車は俺たちの行軍の邪魔にならないよう道の端に寄らなければならない。


 俺のあとを隊旗を持ったペラ。次にエリカたち3人と父さんたち。その後を2列縦隊の部隊員、最後に荷車が一列で100台。荷車には駐屯地の輜重隊に用意してもらった調理道具だけ載せて幌をかけロープで結んでいる。


 荷車1台で20人隊の5日分の物資を運搬できる。今回のライネッケ遊撃隊の想定作戦日数は8日だったため、荷車は20人隊あたり2台あれば十分だったが、1台あたりの引き手と荷車の負担を減らすため、20人隊あたり4台用意した荷車を全て使うことにした。荷車だって故障する可能性があるからな。


 荷車の列がかなり長くなってしまい、行軍長径れつはそれなりに長い。


 ブルゲンオイスト市内での移動は最初のうちは通りにあまり人がいなかったがそのうち人も増えてきて沿道から俺たちを眺めている。中には手を振ってくれる女子もいるのだが、ここで手を振り返すと伯爵としての威厳が吹き飛んでしまうので、心の中だけで手を振って行軍を続けた。


 市街を抜け街道に入ると、馬車が道のわきによって俺たちが通り過ぎるのを待ってくれる。

 非常に気分がいい。これなら街道上をウーマで移動しても良かったかもしれない。



 隊列に後れを出すこともなく、部隊は正午少し前にゲルタに到着した。

 守備隊長さんの迎えの中、俺たちは簡単なあいさつを交わし、大食堂に案内された。


 食事が終わったところで父さんたちは守備隊本部に行き、兵隊たちは守備隊の兵隊に案内されて空の荷車と一緒に補給物資を受け取りに守備隊の物資倉庫に案内されていった。俺たちが何もついていく必要はなかったが、作業の様子を見守るため彼らについていった。


 うちの兵隊たちが割り当てられた食料や鍋、その他を受け取り、それを守備隊の係りの兵隊たちの指導のもと、荷車に積んでいく。

 慣れない作業のため何度も守備隊の係りの兵隊にダメだしされながらも荷物の積み込みが終わった荷車は最後に幌をかけてロープで縛って出来上がり。荷車1台当たり20人で2日半分の物資を積み込んでおり、荷車4台で10日分の物資となる。

 ゲルタからオルクセンのヘジラまでの道なりの距離は150キロ。ライネッケ遊撃隊単独なら1日50キロは余裕で移動できるが、俺たちの後ろに父さんの3個500人隊と輜重部隊が続く関係で、1日30キロ、片道5日の計算だ。


 今回の物資の手配は駐屯地の輜重隊隊長とペラで相談して、伝票を作りここゲルタ守備隊本部に用意してもらったものだ。

 

 30分ほどで全部の荷車に物資が載せられ幌が掛けられた。最後に荷車を倉庫の近くに邪魔にならないように並べ終わって、割り当てられた宿泊所に案内された。


 兵隊たちは20人隊ごとに20人部屋で、俺たち5人はいちおう全員貴族だからか全員個室が与えられた。


 大食堂で夕食を終え、あてがわれた部屋に戻ったんだが、今まで個室に慣れていなかったせいかエリカたちがぞろぞろ俺の部屋についてきた。

 軍隊内の風紀上少々問題があるようなないような。とりあえず、国軍ナンバー2の俺に意見できる人間はこのゲルタ城塞にはいないのでセーフ。

『虞や虞や汝をいかんせん』の項羽さんは移動中の馬車の中で虞美人と乳繰り合ってそれなりに顰蹙を買っていたとかいなかったとか。

 その轍を踏まない方がいいのだが、それをあえてエリカたちに言うのはちょっと違うし、俺自身赤面する内容だし。

 明日になれば、ウーマに乗っての移動だから外目には項羽さんと一緒ではある。

 とはいえ、結局のところ項羽さんは負けたからそういった黒歴史が残ったわけで、項羽さんが勝っていたら劉邦さんの黒歴史が暴かれたはずだ。結論として、変な黒歴史を何百年後に書かれないためにも、俺はこの世界の覇者にならなければならない。俄然やる気が湧いてきた。


 まあ、そういうことなので、作戦中はなるべく兵隊たちと同じように行動しようということになった。

 すなわち、ウーマは自走させるが、俺たちはウーマの前を歩く。

 ペラだけは隊旗を持ってウーマの上のステージに立ち周囲の警戒も行う。

 食事についても極力ウーマの中でなく外で採る。

 寝る時も兵隊たちと同じく地面の上に毛布を敷いて寝る。

 そういったことを取り決めておいた。




 翌朝7時。食事を終え準備を整えた俺たちは、ゲルタ守備隊長はじめゲルタ守備隊の兵隊たちに見送られゲルタ城塞の西門からオルクセンに向けて行軍を開始した。

 先頭はペラをのぞく俺たち4人で、次にウーマ。ウーマの甲羅の上のステージにはペラが隊旗を持って立っている。そのステージ上の手裏剣箱には念のため四角手裏剣を20個ほど入れている。


 ステージの上のペラに任せておけば周囲の警戒も十分だが、念のためにリンガレングも出して、ウーマの居間の先のスリット越しに周囲を警戒させた。


 ウーマの後ろをわが精鋭たるライネッケ遊撃隊の兵隊たちと100台の荷車が続く。今回、兵隊は4列縦隊。荷車は2列縦隊としたのでかなり隊列は短くなっている。


 俺たちライネッケ遊撃隊のあとに馬上の父さんが指揮する3個500人隊が続く。こちらも4列縦隊での行軍だ。



 2時間ほど街道を進んだ水場で小休止を取った。この辺りの街道はすでに新ヨーネフリッツ王国の領域で、俺たちの行軍に先だって街道脇の水場などの整備も進んでおり、水もそのまま飲めるとのことだった。


 次の2時間の行軍で昼の大休止に入った。

 ここでは各自のリュックに持参している携帯食糧で食事を済ませ、各自休息する。


 俺たちは兵隊たちに合わせて携帯食料を食べる必要などないが、パフォーマンスとしてリュックから携帯食を取り出し、地面に座って食べた。水は水筒から各自のマグカップに注いでいる。そこだけチートかもしれない。


 父さんたちも水場の関係で俺たちと同じ場所で大休止している。父さんはどこにいるのか目で探したところ、おじさんたちに囲まれて携帯食を食べていた。シュミットさん以外のおじさんが3人いたから部下の500人隊長なのだろう。


「久しぶりの干し肉だけど固いしあまりおいしくないわね。サクラダで買っていた干し肉の方がもう少し柔らかかったんじゃない?」

「噛み応えがある方が満腹感があるって考えかもしれないが、腹にたまった量が少なければ力は出なくなるものな」

「乾パンがホントに固くて水に浸けないと食べられないって、懐かしいけど水よりスープに浸けたいわよね」

 確かにおいしくないんだよな。

 今までウーマの中で贅沢してきたものなー。

「今回、こうして兵隊の食べ物を食べたことでいろいろ問題点が分かって良かったと思いましょう」

「そこまで問題ってわけじゃないけどな」

「えー、みんなおいしくないって言ってるけど、おいしいと思って食べてるわたし変なの?」

「いや、変じゃないから。おいしく食べられる方がいいんだから」

「そうだよね」

「そうなんだよ」

「よかった」


 昼食を食べ終え、時間まで休憩して午後からの行軍を開始した。


 俺はペースメーカーなので、父さんたちのことを考えてかなりゆっくり歩いていくのだが、そうすると何だか頭の中に軍歌が浮かんできた。

 前世では軍歌と言っても権利関係がうるさくて、下手に利用するとどこかからかクレームが飛んでくる恐ろしい世の中だったんだよな。

 この世界には前世の法律は及ばないから何しようがへっちゃらだ。



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