第226話 小型軽量荷車2


 俺たちは例の元貴族の3男が路上でボコられて伸びてしまったのを見捨てて倉庫に向かって歩いていた。


 歩いている途中。

 生前、高校の時習ったのか、中学の時に習ったのか忘れたが平家物語の冒頭を思い出してしまった。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」

 ここで午後6時の鐘が鳴れば雰囲気があったのだがそう都合よく鐘は鳴らなかった。


 ウーマの中に入り、すぐにエリカたちは風呂に入った。

 俺とペラはその間に夕食の準備をしておいた。まさに主夫だな。ペラが手伝ってくれるので言うほど大変ではない。


 エリカたちが風呂から出たところで、俺は風呂に入りエキスを注入した。俺のリビドー的パッションだかパッション的リビドーが今一なのはこのエキス注入が原因ではないかと最近では疑っている。何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。控えた方が良いと思うが、ここでいきなり風呂に入る順番を変えにくいし、だからと言って女性陣の入った後お湯を入れ替えるのもすごく失礼な気もするし。やっぱりエキス注入は続けたいし。

 ということで、今日も肩までお湯につかってたっぷりエキスを注入してしまった。




 食事を終え、後片付けも終わり、少しエリカたちとだべった後ベッドにもぐりこんだ。ベッドの中で今日のことを思い出すかもしれないと思ったが、目をつむったらすぐに眠ってしまった。


 翌朝目覚めた時、肩の荷というほどではないが、良くないものが一つ消えた。そんな爽快感があった。



 それから特に事件がないまま、駐屯地に総数101台の荷車が馬車工房から順に届けられた。

 届けられた101台の荷車に異常がないか確かめたあと、荷車の保管用にとあらかじめ一棟借り受けている倉庫に納めておいた。


 午後から輜重隊の隊長を呼んだうえ、全隊員を集め荷車の説明をしておいた。

 輜重隊の隊長を呼んだのは、荷車に荷物を載せた場合、幌などをかぶせロープで縛りたいので、その辺りの発注を任せるためである。

 また、荷車を兵隊たちが引こうとも、荷物は輜重隊から受け取るわけなので輜重隊の隊長に感覚を掴んでもらうため、俺たち用としてサービスでもらった荷車を渡しておいた。



 荷車を引いている状況で行軍速度をどの程度まで上げられるのかがポイントなので、重石おもしを乗っけて運んでみる必要がある。

 重石には土嚢が最適だが、面倒なのでサクラダダンジョンの12階層で引っぺがした床石を使うことにした。床石1枚の重さがだいたい120キロほど。荷車には500キロの荷物まで載せられるということだったが、それでは引っ張るのが大変なので、床石3枚を載せて360キロ。荷車の重さは70キロほどなので、総重量430キロ。こんな感じでいいだろう。


 キューブに入っている床石を全部出したところ、何に使ったのか50枚しかなかった。思ったより少なかったがいまさらどうしようもない。


 120キロもの石の板を扱うのは危ないので1枚を4等分することにした。それなら一人で持ち上げ運ぶことができる。これを12枚荷車に載せる。


 床石を25枚ずつ重ねてキューブから取り出したところ、何もないところにいきなり積み上がった石の板を重ねた台のようなものが2つ現れたことで、当然のようにみんな驚いていた。そういったことはお構いなしに俺は床石を4等分してやった。


 近くにいた兵隊4名を使って荷車に12枚の4等分床石を載せて引かせてみたところ、時速4キロくらいなら負担もかからず引けるようだった。

 もちろん路面がしっかりしていて、平坦な場合に限られる。

 1日当たり60キロ移動するには最低でも時速6キロで荷車を引きたい。

 そこは訓練次第で何とでもなるだろう。なにせ、うちの兵隊たちは俺の子分扱いなんだから。

 そうだろ? レメンゲン。

 お頼みついでに、できれば今月いっぱいで時速6キロで引けるようにしたいのだが。できるよな? レメンゲン。


 石の数に限りがあるので一度に訓練はできない。ローテーションを組んで訓練するよう指示して荷車の説明会を終えた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 荷車が納品され、人力牽引訓練も始まった。

 実に順調だ。

 隊長室で各人のマグカップにキューブから取り出したヤカンからお茶を注いで回って席に戻り、最後に自分のマグカップにお茶を注いでヤカンをキューブにしまって席に着く。午前10時と午後3時には茶菓子やバナナも配っている。

 これが訓練を見ていないときのライネッケ遊撃隊隊長の主な仕事だとは、部外者は誰も想像できまい。


 俺にはお茶汲みというれっきとした仕事があるが、エリカとケイちゃんにはそういった仕事が一切ない。つまり二人は暇なのだ。そのせいで大抵二人でおしゃべりしていて、ペラの仕事の応援団のハズのドーラも知らぬ間にその中に入っている。


 管理職として注意するべきかもしれないが、実際ノルマがあるわけでもないこのぬるい職場。俺もたまにその中に入ってバカ話をしている。感覚的にはウーマの中で移動している時と同じだ。

 コミュニュケーション大事だし。


 今日もそうやってまったり過ごしていたら、領軍本部あらため国軍本部から各人に手紙が届けられた。

 開けて見ると、陞爵式の案内だった。式服の用意はあるので、特に準備する物はない。と、思っていたのだが、エリカたちは前回身に着けた飾り物ではなく新しい飾り物を用意したいと言い出した。ペラはそういったことは言わないがドーラまでその気になっている。ちなみに、とうの昔にドーラからは借金を返してもらっている。


 自分たちのお金で何をしようが自由なので「いいんじゃないか」とか、言っておいた。

「そういえば、ダンジョンの中でジェムは見つけたけどちゃんとした宝飾品は見つからなかったわよね?」

「エドの指輪くらいですものね」

「わたしは、ネックレスが欲しいなー」

「わたしは、ティアラが欲しいですねー」

「わたしも、ネックレスかなー」

 3人は一体全体何が言いたいんだ? 欲しければ買える金は十分すぎるほど持っているはずだが?

 ひょっとして俺に頼んでいるのか?? レメンゲンに頼めと言っているのか?

 頼むのはタダだから、お願いレメンゲン、女子たちに望みの装飾品を与えてやってくださーい。

「レメンゲンに今頼んだんだけど、少なくともダンジョンに潜らないと手に入らないんじゃないか?」

「確かに」

「陞爵式は月末。次の次の休みだから、潜るにせよ、かなり先になるだろうからとりあえず次の休みに買いに行けよ」

「それしかないか」「ちょっと残念ですね」「なーんだ」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 1月中に、ゲルタから出撃した2個500人隊が隣接する旧王領の中心都市ゾーイまで進出し、新ヨーネフリッツ国王の王領とした。

 旧王領の代官は恭順を示したため、下僚も含めそのまま新王国の代官としたそうだ。

 さらに、俺たちがドネスコの艦隊を撃破したことにより、旧ヨーネフリッツ本土の南大洋側の港との交易が再開されたそうだ。領域拡大と船舶による交易により食料品の需給が緩み始めた感じがする。


 父さんによると、軍の次の目標は今回加えた領土に隣接する旧公爵領になるだろうということだった。旧公爵は前王家とつながりがあるうえ数千の領兵を擁しているようなので衝突が予想される。つまり力でねじ伏せる必要があるということだ。俺たちが走狗となって動員される可能性は高い。まさに戦国時代というわけだ。


 俺たちがいる以上、新ヨーネフリッツ王国は早い段階で旧ヨーネフリッツ王国の領土を回復すると思うが、その先が見えない。ドネスコ、フリシアに向かっていくのか? ヨーネフリッツ内にとどまっているのか?

 いずれにせよいつか拡大期は終了するわけで、その時走狗が煮られるかどうか? みすみす煮られるわけにはいかないのでその辺りになれば立ち回りを考えなければならなくなるのだろう。

 さらに言えば、青き夜明けの神ミスル・シャフーの使徒としての俺の都合をそのうち優先することになる。というものもある。



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