第225話 冬の稲妻
年末年始の8日間の休みが終わった。
休みの間に例の店でお土産として仕入れていたアップルパイとナシのタルト、それに桃のタルトは消えている。
今日は仕事始め。
俺たち5人は装備を整えて隊舎に出勤した。
年始だからといって年始回りとか、新年のあいさつといった行事は特にない。部隊員は昨夜のうちに隊舎に帰っているはずで、今日の朝からさっそく訓練が始まる。
2、30人は帰隊していないのではないかと思って訓練場で訓練を見ている父さんたちのところに行って聞いたところ、全員揃っているとの驚くべき答えが返ってきた。
「隊員たちは、お前たちのことを本気で恐れているからなー。
隊長の親父ということで俺まで恐れられているから、それなりにやりやすいけどな」
というのが、父さんの見立てたライネッケ遊撃隊の士気が高い理由だった。一理あるかも。
とりあえず、恐れられるのは舐められるよりも1億倍いいので放っておいて大丈夫だろう。
なんであれ日ごとに部隊の実力が上がっていると実感できるのはうれしい限りだ。
新年初日。仕事始めを無事終えて、装備を整えて隊舎を出た。日は暮れているし、曇っている関係で結構薄暗い。そのせいか気温も下がっている。
いつも通り、俺を先頭にエリカ、ケイちゃん、ドーラ、ペラの順に旧市街を抜けて新市街を倉庫方向に向け大通りにでた。大通りでは馬車は見当たらないが人はそれなりに歩いていた。
そのまま人の流れに乗って通りを歩いていたら少し先で人だかりができていた。
何だろうと思って人だかりの間を縫ってその先まで行ったら、一人の男が人相の悪い3人の男にボコられていた。大通りで喧嘩とは珍しい。ボコられている男の顔は青く腫れて口と額から血を流している。
道にはボコられた男の物と思われる剣が転がっていた。
俺たちも含めて、見ているだけで誰も止めようともしないまま男はボコられ続けていたがそれでも何とか立っていた。しかし反撃できないいまま立っていればそれはタダのサンドバッグだ。サンドバッグ男の腹に膝蹴りが決まり、男はそのまま前のめりに路上に倒れて、ボコボコの顔をこっちに向けて動かなくなってしまった。
3人を相手にここまでよくやったとほめてやればいいのか? 剣を抜いても素手の男たちにボコられているわけだから自分の実力くらい見極めておけよ。と、思ったり。
3人の男たちが「ドケ、ドケ。見世物じゃないぞ!」とか言って見物人を威嚇したことで、見物人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ散って行った。残ったのは俺たち5人と、道に倒れたままの男。
事情が分からない以上、俺たちは中立だ。もしかしたらボコられた男が、3人の男に因縁つけて返り討ちに遭ったのかもしれないから。
「お前たちなに見てるんだ? お前たちもああなりたいのか?
一人で女を4人も連れて、ちょうどいい、そこのガキは要らないから後の3人俺たちに寄こせよ。そうしたらお前を見逃しやってもいいぜ」
そこのガキってドーラのことか? その言いぐさは少女の心を傷つけるぞ!
さっきまで俺は中立のつもりだったのだが、一気に針が敵対方向に振り切れてしまった。
ペラが一歩出る前に俺が一歩前に出た。
「この街はいまや新王都。ただのケンカだろうと思って通り過ぎようかと思ったが、お前たちタダの街のゴミクズだったんだな?」
「なにー!? いっぱしの格好してるからといって粋がるなよ。小僧、お前、俺たちを誰だと思ってるんだ! 俺たちは泣く子も黙る傭兵団、つむじ風だ!」
なんかカッコいい名まえじゃないか。『傭兵団』を前に付けないと意味不明の『5人』よりよほどいい名まえであることだけは認めてやろう。
でもねー。
「いや、泣く子も黙ると言われてもそんな名まえ聞いた事もない。
そっちが名乗ったからには俺たちも名乗ってやろう。俺たちは傭兵団『5人』だ。聞いたことないか? またの名を『サクラダの星』、サクラダダンジョンギルドのトップチームだ。もう一つおまけに俺は500人隊、ライネッケ遊撃隊の隊長ライネッケだ。
俺たちのこと聞いたことくらいあるんじゃないか? ああ? どうなんだ?」
俺がすごんでやったら、連中の声が聞こえてきた。
『アニキ。若い男一人に、若い女が4人。男は黒ずくめで、女の中の一人は白ずくめ。こいつらどう見てもホンモノだ。
まかり間違えれば、俺たちだけじゃなくつむじ風団全員皆殺しだ。マズいよ。どうするんだよー?』
『どうするもこうするも、逃げるしかないだろ。それっ!』
3人の男たちは踵を返して走り去り少し先の脇道に入って見えなくなってしまった。
逃げ足は見事でもあるし、勝てない相手にむやみに挑まない分別を持ち合わせていたことには素直に感心した。
しかし、傭兵団の名を口にしている以上ここで逃げてもあまり意味はないと思うのだが。
3人とはいえ、素手で剣を持った男を簡単に制圧できたところをみるとそれなりの傭兵団なのだろう。暴言はあったわけだが、わざわざ俺たちが出向いてまで叩き潰す必要はなさそうだ。
俺が男たちを見送っていたら、ペラが聞いてきた。
「マスター、今の連中を追いますか?」
「自分から傭兵団何がしと名乗った以上、傭兵ギルドに行けば身元はすぐわかる。放っておいていい」
「了解しました」
「エド、あいつらのことはいいとして、道に伸びてるそこの男を助けなくていいかな?」
「自分から剣を抜いておいて素手の男たちにボコられていたわけだから、そこの男にも原因があったんじゃないか? 剣を抜いた以上殺し合いだけど、逃げて行った連中は半殺しで止めていたわけだし」
「そう言われてみれば、そうかも? それじゃあ行こうか」
「この男、顔がボコボコではっきりしませんがどこかで見たことがあるような」と、今度はケイちゃん。
そう言われて白目をむいた男のひずんだ顔をよく見たら確かにどこかで見たことがある顔だ。
そこで、空に稲妻が走って男の顔が顔色まで含めてはっきり分かった。
「あーっ! こいつアレじゃないか? あの貴族の3男」
「あっ! ホントだ。きっとあの男よ。どうする? こいつゴロツキを雇ってわたしたちを襲わせたわけだし、ここで捕まえて警邏のとこまで連れて行く?」
「面倒だし、関わり合いになりたくないから、このまま無視して帰らないか?」
「それもそうね。今度遭ったら笑ってやろうって思っていたけれど、さすがにこれじゃ笑えないし」
「それじゃあ、行きましょう」
「ねえ、ホントにこの人放っておいていいの? このままじゃ死んじゃわない?」と、今度はドーラだ。
「放っておいても別にいいだろ。俺たちを殺しに来た張本人だし。助ける義理は全くないし」
「そっか。そうだよね」
ドーラに言われて、少しだけかわいそうな気がしたが、これも因果応報。俺たちがこいつを助けたとして、それをこいつが感謝するとは全く思えない。
運が良ければ、他の通行人が助けてくれるだろ。
俺たちは道に倒れて動かなくなった元貴族の3男をその場に置いて倉庫に戻っていった。
倉庫の前に立った時、遠雷の音がわずかに轟いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある廷臣貴族が妻と息子一人を連れ国王のあとについて王都からヨルマン領まで逃れてきた。
当初領主城の別棟に住まわされていたが、その後屋敷を与えられそちらに移り住んだ。
調度などを取りそろえ、使用人も雇い何とか生活基盤を築いたときには手元の資金がかなり減っており、これから先年金の当てがない以上なにがしかの収入を得なくては数年で路頭に迷う。
そのため、商業ギルドに赴いた彼はとある案件に投資することにした。投資金額は彼の資金の半分ほど。
案件内容は、ブレスカ港の新たな桟橋の建設だった。桟橋が完成すると、桟橋の使用料が出資金に応じて毎年支払われるというものだ。商業ギルドの見積もりでは利回りは年6パーセント。悪くない利回りだ。
桟橋はあらかたでき上っているという情報だったため堅実と思われた投資だったが、フリシア海軍の襲撃の際その出来上がり直後の桟橋が焼かれてしまい、事業は頓挫。出資金は銅貨1枚も戻ってこなかった。
資金が半分になった彼は、王都から一緒に逃げ落ちた3男に家計に負担をかけないよう何か仕事に就くよう言い渡したが、3男は屋敷から男の資金の大半を持ちだして姿をくらませてしまった。
名まえだけではあったか爵位そのものも失ったと知った男は数日後雇い入れていた使用人に暇を与え、妻を刺殺したうえで首をくくった。
そして今、路上に倒れた男は、冬の寒さの中、静かに息を引き取った。どのような経緯で男が傭兵団の男たちに向かって剣を抜いたのかは分からないままだった。
[あとがき]
アリス 冬の稲妻 https://www.youtube.com/watch?v=WUeJ0p-16_c
これでフランツ・ケストナーくんは完全退場しました。
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