第224話 年末年始2
年が明けた。
年明け早々領軍本部から倉庫に使いがやってきた。
5人そろって
いちおう仕事だと思って装備を整えて倉庫から領軍本部に向かって通りを歩いていたら、建物の前で人が群がっているのに出くわした。
初売りが始まるのを待っているわけではないだろうに。と、思って建物見たら壁の前に高札が掲げられていた。
「何だろうな?」
「さあ」
読んでなきゃ「さあ」としか言えないのは道理だ。
俺たちは夜目も利くが、視力も向上しているので、少し離れたとこからでも高札の字が読めた。
さーて何が書いてあるのか? なになに?
『ヨーネフリッツ国王フリッツ4世はヨルマン辺境伯バトー・ヨルマンに王位を譲り退位した。
ヨルマン辺境伯バトー・ヨルマンはヨルマン1世(注1)としてヨーネフリッツ王国の国王に即位し王都をブルゲンオイストと定めた。
新国王の戴冠式は当面行わず、ヨーネフリッツ本土の奪還を待って行なう』
王都から逃げ出した有名無実の国王じゃ、この乱世、どうしようもないものな。納得の流れだ。
高札を読み終わった俺たちは歩きながら。
「ヨーネフリッツの王さまに代わってうちの領主さまが国王陛下に成っちゃった」
「あの王さまは王都から逃げ出して、今となっては何の力もないわけですから妥当ですよね」
「これから先、何か変わるかな?」
「最後に、戴冠式は本土の奪還を待って。って、あったから、これから先本土に向かって少しずつ領土を広げていくんじゃないか」
「じゃあ、わたしたちの出番ね」
「いや、俺たちじゃあ占領はできないし、そもそも有力な敵もいないだろうから出番は案外少ないかもしれないぞ」
「それじゃあつまらないじゃない」
なんだ、エリカはウォーモンガーだったのか?
「それはそうと、王さまというか、前の王さまと一緒に逃げてきた貴族っていたじゃない。どうなるのかな?」
「そうだなー。逃げてきた貴族って廷臣貴族と思うけど、普通なら年金を払っていた王さまが引退したら次の王さまが年金を払うんだろ。でも新しく王さまになったヨルマン公にはちゃんと今までの重役がいるわけだし、逃げてきた連中は今となっては何の役にも立たないわけだから見捨てられるんじゃないか?」
「つまりは、廃爵」
「だろう。これから先なにかの役に立つならともかく」
「役に立つはずないものね」
「あと、逃げてこなかった廷臣貴族も全員廃爵だろう。新しい王さまに何の関係もないわけだから年金払う必要なんてないもの」
「そうなるわよね」
世の中は無常。中央でいくらブイブイ言わせていても、既存の枠組みが取っ払われれば『ゆく川の流れの泡』みたいなものだ。
残るのはヨーネフリッツ本土内に残っている領地持ちの在郷貴族だけど、
「廷臣貴族で思い出したけれど、サクラダにいた時嫌なヤツがいたじゃないか。廷臣貴族の3男だとか言ってた」
「いたいた。伯爵の3男。生きていたとして、今じゃれっきとした平民だわね」
「笑っちゃいますね」
「なにそれ?」
「ドーラは知らなかったな」
そこで俺はドーラに一部始終を語っておいた。
「そんなことあったんだ。
今だとエドは子爵なんだから、伯爵の3男なんかよりよほど偉いよね? それに相手は今や平民の3男なんだし。いい気味だね」
「まあ、あいつとは出会うことはないだろうから笑ってやれないけどな。ハハハハ」
「エドったら、性格悪くない? わたしも笑ってやるけど。アハハハハ」
「出会いたいものですね。フフフフ」
「ハハハハ。アハハハ。フフフフ」
俺たちが笑っていたらつられてドーラまで笑いだしてしまった。
「ハハハハ。アハハハ。フフフフ。ヘヘヘ」
ペラ以外、みんな性格が悪かったようだ。
大笑いしながら通りを歩いていたら、また注目を集めてしまった。こんなことばかりしてたら俺たちはあっという間に
真面目な顔に戻って通りを歩き、領軍本部に到着したらすぐに本部長室に案内された。
「休みのところすまんな。
きみたちに知らせることがあって来てもらった」
そこでヘプナー伯爵から、高札に書いてあったヨルマン辺境伯が国王から王位を譲り受けたと聞かされた。
「前国王はどうなるんですか?」
おっと、これは聞いちゃいけなかったか?
「カディフに屋敷を用意するのでそこに移っていただくことになっている」
地雷じゃなかったようでラッキー。
これが戦国時代なら国を投げだした罪とか言って斬首もあり得たわけだから、ある意味新国王は優しいよな。辛口で批評すればちょっと甘い。これくらいがこの世界の標準なのかもしれないし、並外れて甘いのかもしれない。前の王さまはやり手だったとはとても思えないからこの甘さが禍根となることもないだろう。
「それできみたちに来てもらったのは、前回のドネスコと思われる船団の撃滅と、フリシア軍の撃破に対して陞爵で報いることになったことを伝えるためだ。
まずライネッケ子爵は伯爵に、ハウゼン男爵は子爵に、残り3名は騎士爵から準男爵への陞爵が決まった」
「えっ! わたしが父さんと同じになっちゃうのー!
あっ! 済みませんでした」
ドーラが思わず大声を上げてすかさず謝った。
「構わない。その通りだ。それだけきみたちの働きが大きかったと思ってくれ」
「「はい」」
「陞爵式の日程は追って知らせる。
以上だ」
「それでは、失礼します」「「失礼します」」
領軍本部を出た俺たちは、駐屯地から旧市街の道を歩いて行った。
「あっという間に伯爵に成っちゃったわね」
「うん。ホントにあっという間だったな。
俺とエリカがサクラダに行ったのは去年の7月だから、まだ半年しか経ってないって信じられるか?
「これから先、どうなっちゃうのか。ちょっと怖いわよね」
「エリカも子爵だから、実家に帰ると驚かれるだろうなー。ところで、エリカは実家に男爵になったってことは知らせてたのか?」
「まだ知らせてない。この休み中にでも手紙を書こうかな」
「ところで、エリカの実家の支店ってブルゲンオイストにないの?」
「サクラダの店ほど大きくないはずだけど、あるわ」
「あいさつとかしなくていいのかい? 一度も顔を出してないんだろ?」
「ここの支店長はうちの親戚じゃない女の人なんだけど、わたしあまり好きじゃないの」
「そういうのがあるんだ」
「あるのよ」
「それでも、エリカはれっきとした貴族さまなんだから、そのうち向こうからあいさつに来るんじゃないか?」
「どうだろ? わたしにあいさつしたところで何にもならないからあいさつに来ないんじゃないかな」
「そんなことないだろ?」
「こられても面倒なだけだし。ブルゲンオイストが王都になったから、店を大きくした上でお兄さんがここの支店長になるんじゃないかな。そしたら顔を見せてもいいかな」
「ふーん」
まあ、人間関係いろいろあるし。人さまのことをあれこれ言う趣味は俺にはないし。「ふーん」と言うしかないよな。
その日の夕方。正月早々風呂に入りに来た父さんに聞いた話。
前国王に付き従って旧王都ハルネシアを脱出した貴族たちは全員廃爵され名実ともに平民となったそうだ。これは予想通り。
彼らに屋敷を用意してやっていたそうだが、家賃をとることにしたそうだ。これは知らなかった。大邸宅ではないようだが、収入の当てのない連中では堪えるだろう。
エリカはそこまで聞いて大笑いしていた。これは予想通り。父さんがエリカの大笑いを見て不思議そうな顔をしてたので、例の貴族の話をしたら、父さんたちも笑っていた。
フリシア軍の捕虜のうち約200名は新王都ブルゲンオイストに残し、残りの捕虜は旧ヨルマン領内の各駐屯地に分散されるそうだ。彼らは大森林に近い駐屯地と鉱山に近い駐屯地に多く送られるという。ブルゲンオイストに残される捕虜はフリシアの貴族ないしその係累で、もちろん将校なのだそうだ。要するに金銭的価値がある連中ということだ。
注1:ヨルマン1世
西洋式に言えば名を使って~世なんでしょうが、ここでは姓を使って~世としています。
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