第209話 ライネッケ遊撃隊3。ヨルマン領軍情勢
[まえがき]
207話でのドレスの色をエリカは赤いドレス。ケイちゃんは青っぽいドレス。に変更しておきました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
領軍本部長のヘプナー伯爵へのあいさつを終え、俺たちは隊舎に戻っていった。
訓練場というか練兵場というか分からないが、そこではうちの兵隊たちが20人隊の隊長の右向け右といった動作号令のもと、その動きを反復していた。本当に基礎の基礎からの訓練だった。そういうものなのだろう。
部屋の前で父さんが「駐屯地での部隊運営には伝票が必要になる。エドのところの5人のうちで伝票処理できそうな者はいないか?」と聞かれた。
「それって大変なの?」
「そうでもないがある程度の計算はできないとな」
「それじゃあ、ペラかな。あとドーラの勉強のためドーラも付けよう」
「いいんじゃないか。ヨゼフに教えるよう俺から言っておくから」
「うん」
部屋に入って、ペラとドーラに先ほど父さんに言われたことを伝えておいた。
「了解しました」と、ペラは答えたけれどドーラは、
「わたしがー?」
「少しばかり計算も必要になるって言うからドーラの勉強にもなるだろ? 父さんもいいんじゃないか。って、言ってたぞ」
「えー」
「というか、ドーラ、計算できたよな?」
「できるけど」
「じゃあ、いいんじゃないか」
「分かった」
そうこう言っていたらシュミットさんがやってきてペラとドーラを連れて出て行った。
行ってらっしゃい。
「だいぶ部隊の目鼻がついて来たな」
「そうね。世の中それなりに成るように成っていくみたいよね」
「わたしたちの場合、成るように成った結果いつもいい方向ですものね」
「そう言われれば、そうよね。やっぱりこれも、レメンゲンのおかげなのかしら?」
「そうかも知れないな。まっ、良いんじゃないか?」
「エドがいいならいいんだけど」
そうやって雑談しながら座っていたら、領軍本部からの使いだという兵隊がやってきた。
ライネッケ遊撃隊の隊旗を作らなければなりませんので、隊旗の図柄を考えてくれ。と、言って、紙を数枚と例の筆を置いていった。
紙や筆も備品になるのだろうから、伝票で処理するのだろう。その辺りはペラ任せになるのだろうが、伝票は本部に提出するとして、物はどこにあるのか? ここに届けられるのか、本部に取りに行くのか? おいおい分かるだろう。
さて、隊旗となると、真面目なものを考えたいが、あまり凝ったものだと作るのに時間も金もかかる。
そういうことを考慮して。
……。
結局、俺の旧名『山田』にちなんで上向き正三角形の真ん中に十字を入れた意匠とした。
エリカとケイちゃんに見せたところ、
「これ何を表してるの?」と、エリカが聞いてきた。
もちろん答えようがいので「閃いたんだ」と、芸術家のようなことを言っておいた。
そしたら「へー、でも、なかなかいいんじゃない。これなら簡単だから誰からもすぐ覚えられるし。それに作るの安く済みそうだし」
「いくら自分の金じゃないと言っても無駄にお金をかけても仕方ないしな」
「この旗を振るだけで敵が逃げていくようになるかもしれませんね」
「そうなると、すごいよな」
……。
ドーラとペラは昼の少し前に隊長室に戻ってきた。ペラは手に紙たばのようなものを持ち、ドーラは例の筆を何本か手にしていた。
「どうだった?」
「丁寧に教えていただきました。業務は滞りなく進められます」
「さすがはペラだ。
それで、ドーラは?」
「わたしは、ペラさんを応援することにしたの」
「つまり?」
「見てるだけ」
「見てるだけでもいいけれど、そのうち自分でもできるようになるんだぞ」
「うん。そのうちね」
しばらくしたら父さんとシュミットさんが部屋にやってきた
「そろそろ、昼だから食堂に行こう」
父さんたちに連れられて隊舎を出て、別の建物にあった食堂に入っていった。1000人は同時に食べられそうな大食堂だった。今現在この駐屯地には俺たちの他に2個500人隊がいるそうで、昼休憩の1時間の間に30分を目途に食べて席を開けるということだった。
100人隊長以上には幹部食堂があるそうだが、誰も使っていないと言われた。領軍の指揮官はしっかりしてる。
まだ席は空いていたようで、配膳口に回ってトレイに並べられた定食を受け取って7人並んで50人くらいは座れそうなテーブル席の端に座った。
定食はメインが何かの肉と温野菜。そして、スープとパン。ダンジョンギルドの定食とほとんど変わらなかった。
「「いただきます」」俺たちがイタダキマスで食べ始めたら、父さんが「なんだ?」と、聞いてきた。
「ひとこと言って食べ始めれば、そろって食べ始められるから、そうやってるんだ」
「ほう。それはなかなかいい考えだな。俺たちも次回はそうしよう」
「そうですね」
ちなみに定食の量はダンジョンギルドと変わらなかったがお味の方はダンジョンギルドの方が上だった。
食べながら、部隊の訓練方針として足を鍛えていきたいということを父さんに説明しておいた。
「確かに、兵隊は足が基本だ。なまじっかの剣や槍がうまいより足が丈夫な兵隊の方がよほど使える」
父さんも部隊の大まかな訓練方針に納得してくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先般、傭兵団『5人』によりゲルタで殲滅された敵の詳細は、敵兵の死体を1体も回収できなかったため不明である。しかし、常識的に考えてドネスコ、フリシア混成軍に、カールの報告から王都で降伏したと考えられるヨーネフリッツ軍が組み込まれていたのではないか。と、ヨルマン領軍本部長であるヘプナー伯爵は考えていた。
つまり、ヘプナー伯爵は最低でもドネスコ、フリシアの精鋭部隊各1万をゲルタ戦で屠ったとみていた。
ドネスコ、フリシアともにヨーネフリッツ同様外征部隊の規模は3万が限度だと考えれば、あと1万も削れば本国に撤退せざるを得なくなるともみていた。もちろん敵兵を1万も削るなど以前のヨルマン領軍では不可能だったわけだが、ライネッケ遊撃隊、いや傭兵団『5人』を取り込んだ今、敵さえやってきてくれれば可能である。
傭兵団『5人』を取り込むことに成功し、しかも、その団長が旧知のカール・ライネッケの息子であることが分かり、領軍本部長ヘプナー伯爵は一安心していた。
これで陸の心配ごとは払拭されたものの、海の状況はいたって芳しくない。
ヨルマン領軍海軍では、ヨーネフリッツ本土の港から逃げ帰った商船からヨーネフリッツの北大洋艦隊、南大洋艦隊、いずれもドネスコないしフリシア艦隊の襲撃を受け壊滅しているとの情報を得ていた。現在進行形で海路の安全が保障できなくなっている。幸い具体的被害は出ていないが、ヨルマン領からヨーネフリッツ本土の各港との交易は途絶している。
この状況を打開するためには、北大洋、南大洋、いずれの沿岸部からドネスコないしフリシアの海軍を駆逐する必要があるのだが、ヨルマン領軍の海軍ではいずれの海軍にも太刀打ちできない。それどころか停泊中に根拠地を襲われればなすすべなく焼き払われることが予想できる。
ヨルマン領では南大洋に面したディアナ、オストリンデン。北海洋に面したブレスカに領軍の海軍拠点を置いているのだが、ヘプナー伯爵は、襲撃を受ける可能性が最も高いのは領都ブルゲンオイストに最も近いディアナと考えていた。
次に可能性が高いのが、北海洋に面したブレスカ。
もちろん3拠点には警戒するよう指示しているが、艦船を退避させるせるわけにもいかないため意味のある指示ではなかった。
海岸があれば海から兵を上陸させることは可能だが、天候に左右されるうえ時間もかかる。その点天候などに左右されず短時間で兵を上陸させるのに都合がいいのは港である。
ディアナ、ブルゲンオイスト間は距離にして80キロ。もし港が襲撃されそこに敵兵が揚陸されたた場合、街道が整備されているため敵兵は三日で領都ブルゲンオイストに到達できる。ブレスカとブルゲンオイスト間は距離にして110キロ。こちらの場合、軍の移動には最低四日かかる。
万が一ディアナとブレスカに同時に敵兵が揚陸され、ブルゲンオイストに迫ってきたとしても、1日の余裕がある。ライネッケ遊撃隊というか、エドモンド・ライネッケと彼の傭兵団がゲルタでの働き並みの働きをブルゲンオイストでしてくれるなら各個に完全撃破可能だ。
最初にブレスカに敵兵が揚陸され、翌日ディアナに敵兵が揚陸された場合同日にブルゲンオイストに到達するがそれでも時間的誤差は確実に起こるので各個撃破可能とみていた。
ブレスカにおける殲滅戦により領都の安全は確保できたと言ってもいいが、最終的には敵の海軍力をそぎ落としたい。
おそらくドネスコ、フリシア両海軍の艦船はヨーネフリッツの港を占拠して拠点化していると考えられるので、敵艦隊を追い出すには陸から襲撃するしか方法はない。
贅沢な考えではあるが、どういった形で敵を追い返したところで、ヨルマン領からすれば「持ち出し」になる。できれば大量の捕虜をとって「黒字」にしたいところだ。文字通り「できれば」の話なのだが。
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