第208話 ライネッケ遊撃隊2
父さんたちの部屋から俺たちの部屋に戻った。
「驚いたわねー。教育係の人ってエドのお父さんだったなんて」
「ライネッケって名まえで、可能性はあったんだろうけどな」
「でも、良かったじゃない」
「まあな。
それじゃあ、8時まで時間調整していよう」
とは言っても、武器は外していたが防具は身に付けたままだ。
そうこうしていたら、8時の鐘が鳴り始めた。
街の鐘というより、領軍本部の方から聞こえてきた。
その後、部屋の外ががやがやドタバタ騒がしくなってそのうち静かになった。その代り、隊舎の前が騒がしくなった。
「そろそろ行くか」
俺たちは武器を身に着けて、部屋を出て隊舎の前に向かった。
隊舎を出たら、兵隊たちが並んでいたようだ。ようだ。と、言うのは並んでいるような、いないような。
俺たちが兵隊たちの前まで歩いていくと、兵隊たちの間から「あれが隊長?」「あんなのでいいのかよ?」「まだ子どもじゃないか」「スゴイ隊長だって聞いてたのに、何なんだ!」などと声が聞こえてきた。
彼らの気持ちは十分わかる。
その兵隊たちの格好は防具などはまだ支給されていないようでまちまちだ。
そんな中、防具を身に着けたおそらく20人隊長たちが兵隊たちに向かって「私語をするな、まっすぐ並べ!」などと声を上げていた。
俺が兵隊たちの正前に立ち、俺の右隣に父さん、更にその右にシュミットさん。俺の左隣にエリカが立って、ケイちゃん、ドーラ、ペラは俺たちの後ろに立った。
「全隊、気をー付けー!」いきなりシュミットさんが大声を出した。
20人隊長たちも列の前に駆けていき気を付けの姿勢を取った。後ろの新人も20人隊長をまねて気を付けっぽい姿勢を取った。
「これよりライネッケ隊長のお言葉がある。傾聴!」
兵隊たちがいかにもなことに若干不安はあったが、相手は初日だし。素人だし。こんなものと思えばこんなもの。
俺は演説内容など何も考えてはいなかったがとりあえず話し始めた。
「わたしがライネッケ遊撃隊の隊長ライネッケです。よろしく。
みんながわたしのことを小僧だと思うのは十分理解しています。実際小僧ですから。
ただ、言っておきたいのは、わたしはライネッケ遊撃隊を領軍で最高の部隊にするつもりだということです。以上」
そこでまた、兵隊たちがざわめきだした。
彼らは子どものお遊びに付き合わせると思っているのかもしれない。
俺はそれだけ言って帰ろうとしたのだが、兵隊たちの中から、
「何の実力もない隊長じゃ俺たちこれから先もし戦争に行ったら全滅する。
隊長を代えてくれないかなー」とか大きな声が上がり、それに合わせて、そうだ。そうだ。という声も上がった。20人隊長たちは明らかにその声を抑えようとしていない。
そういうことなら仕方ない。
「確かに隊長に実力がなければ、みんなが不安に思うのは当然だ。
隊長の仕事は個人の武力で測るものではないと思うけど、武力も大事だ。
先ほどのひとことで『ライネッケ遊撃隊を領軍で最高の部隊』と言ったが、最強ではなく最高と言った。なぜならこのわたしと後ろに控えている4人がいる以上既にライネッケ遊撃隊は領軍のみならずヨーネフリッツ最強であることは確定しているからだ。
口先だけでは信じられないだろうから、このわたしと勝負しないか? そうすればある程度理解できるだろう。
剣だと殺し合いになるから素手でどうだ。だれでも受けて立つぞ。それで少しくらいわたしの言ったことが理解できるだろう」
俺がそう兵隊たちを挑発したら、後ろからエリカが、
「何もエドが相手することないわ。わたしが相手して上げる」
「いや、女子が素手で戦うのはちょっと見た目が悪いから俺が相手する」
「確かに、じゃあ頑張って。って、言うほどでもないか」
「だな」
「誰かいないかー。わたしを叩きのめしてもペナルティーはないと誓うぞー」
さらにあおってやったら、一人が手を上げた。
そいつはかなり大柄な男だった。
ちらっと父さんの方を見たら、父さんは無表情で、シュミットさんも無表情だった。
ドーラの方を見たら、ドーラもケイちゃんも無表情。もちろんペラも無表情だった。
無表情は俺を信頼してのことだと思っておこう。
「それじゃあ、始めよう。みんなは丸くなって試合場所を作ってくれ」
男と5メートルくらい離れて立ち、俺たちの周りを兵隊たちが丸く囲んで直径20メートルくらいの試合場ができ上った。
周りを囲んだ兵隊たちががやがや言っているなか。
「始めよう」
俺は男の方に無造作に歩いて行き、そのまま男のパンチの間合いに入った。
男はためらいなく右のパンチを繰り出してきたのだが、遅い。
ハエが止まるパンチというのを始めて見た気がする。
俺の左から迫ってくる拳の向う側、男の右腕の二の腕のたるんだそでを左手でつかみ、ひねりながら体を男に近づけ右手で男の襟をしっかりつかむ。
左手の引きを強めながら、自重で体を下げさらに体をひねる。
右手は肘を折りたたむようにして相手の左腋の下に。
男のへその下あたりに俺の腰を当て両手の引きをさらに強め、そのまま投げ飛ばす。
男は地面の上に伸びて動かなくなった。
畳と違って地面固いものなー。
生前の高校時代、体育で柔道をかじっただけだったが、見事に背負い投げが決まった。
傍から見たら一瞬の出来事だったと思うが、今までがやがやとうるさかった周囲がすっかり静かになった。
「だれか、この男を起こしてやってくれ」
そう言ったら、誰かが走ったようで、しばらくして桶を持った男がやってきた。
その男が地面に伸びた男の顔に桶に入った水を思いっきり浴びせたところ、伸びた男はそれで目を覚まし、咳き込みながら兵隊たちの中に紛れて行った。
「言い忘れていたけれども、わたしと、後4人。ちょっと前まで傭兵団『5人』という傭兵団やってたんだよ。5人でゲルタに迫る敵を皆殺しにした傭兵団のこと聞いた事ないかな?」
今度は一気に兵隊たちがざわつき始めた。
「そういうことだからよろしく」
そう言って俺は輪の外に向かって歩いて行ったところ、輪が自然と開いて、俺はその間を通って隊舎に向かった。
俺のあとを、エリカたちが付いてきて、俺の後ろでシュミットさんの「各部隊訓練開始!」という声が聞こえてきた。
うまい具合にパフォーマンスを披露できてしまった。これで少しは俺というか俺たちのことを見直しただろう。
隊長室に戻って椅子に座っていたら、父さんがやってきた。
「エド、さっきのはなかなか良かったが、あんな技どこで習ったんだ?」
「なんとなく、できただけ」
「ほんとかよ。
それはどうでもいいが、領軍本部長にあいさつしに行こう」
俺とエリカは父さんに連れられて、領軍本部の建物に入って行きそのまま3階の本部長室の前にやってきた。
「ライネッケ遊撃隊隊長、ライネッケ以下3名着任のあいさつに参りました」
『入れ』
中から副官の声がしたので俺が先頭になり、部屋の中に入っていった。
「いやー、ご苦労。
こうやって見ると、カールの顔とそっくりじゃないか。アハハハ。
副隊長のハウゼンくんは双剣の達人ということだし。
とにかく頑張ってやってくれ」
「「はい!」」
結局あいさつはそれだけで終わってしまったが、そういうものだろう。
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