第203話 倉庫住居。領主城へ
結局その倉庫を借りることに決めた。そのことを案内してくれた商業ギルドのリストさんに告げ、俺たちは商店街への道を確認するため商店街経由で商業ギルドに戻った。
商業ギルドで先ほどの部屋に戻り、特に掃除など必要ないと断ったうえで、その場で1年分の賃貸料を払って本契約を交わした。受け取ったカギは大きな扉用のカギと通用口用のカギの2つだけだった。本来ならどこのカギと札を付けてくれたのかもしれないが、さすがに間違えることはないだろう。
ちなみに保証金が家賃の3カ月相当分。契約料は年間フリッツ金貨12枚。合計で金貨15枚。サクラダで借りている家と同じだった。高いのか安いのかよく分からないが、ウーマの中で生活できると考えれば安いものだ。
商業ギルドから通りに出たところで、
「こんなことなら今日宿をとる必要はなかったな」
「それは仕方ないわよ。明日の分をキャンセルして、今日だけは宿に泊まりましょ」
「それしかないけどな」
「ここからならアノ店って近いから寄って行かない?」
「いいですねー。でも夕食に近いからどうかな?」
「じゃあ、夕食はいつもより遅くしよう」
「それなら問題ないでしょう」
「わたしはいつでもいいんだけどなー」
若干一名、胃袋のおおきな娘がいた。
そういうことなので、夕食はどうなるか分からないが、俺たちは旧市街に入って行き例の店に向かった。
時刻は4時近かったのにもかかわらず、店の中に客はそれなりに入っていた。それでも4人席と2人席が並んで空いていたので、二つをくっつけて5人で座れた。
各人メニューを簡単に見て、注文を取りにきた店の人に『スウィーツ』と飲み物を注文した。
もちろん、お代はチームの財布からだ。
現代社会なら、電子化が進んでいたから合計金額も釣り銭も間違えることはまずないが、この世界ではたいていは暗算だ。値段設定は大雑把ではあるがそれでも大したものだ。
こういった店の店員の給金がどれくらいかは聞いたことがないので分からないが結構高いのかもしれない。ここヨルマン領に限っての可能性が高いが、都市部では初等教育が行き渡っている証左なのだろう。
……。
スウィーツをおいしくいただいた軽食屋からの帰り道。
「おいしかったー。でも、何を食べてもおいしいって反則よね」
「反則はないでしょうが、あの値段設定もうなずけるおいしさですからね」
「確かに。普通じゃ毎日食べられない値段よね。
ホントにサクラダで稼いでてよかったー」
「わたし、エドに連れられてロジナ村から出てきてホントに良かった!」
「村には村のいいところがあるんでしょうけどね」
「あるのは野菜くらいですけどね」
「ロジナ村では代わり映えのしない生活が続くかもしれないけれど、平和ではあるぞ」
「それはね」
「ずっと領都に住んでる人は、村の生活に憧れがあるかもしれないし」
「それは絶対ないと思う」
ドーラにはっきり言われてしまった。その気持ちは分からないでもない。
宿に戻って明日の分をキャンセルしてその代金を受け取り、俺たちは部屋に戻った。
部屋の中では、俺は自分のベッドに寝っ転がり、エリカたちがベッドに座って話をしているのを聞くとばなしに聞いていた。
よく考えなくとも、俺がいるいない関係なく女子は会話を楽しんでいるので、よく言えば俺はなじんでいる。悪く言えば『空気』ということなのだろう。
そうやって7時ごろまで時間を潰して夕食のため下の食堂に下りて行った。
席に着いたところで定食が運ばれてきたので、飲み物と軽いつまみを頼んでおいた。
4時過ぎにオヤツを食べてしまった関係でつまみはいつもより少なめだ。
飲み物が運ばれてきたところで「「かんぱーい!」」
今日の食堂の客の話題はやはりゲルタでの敵の撃滅だった。
『なんでも謎の傭兵団が
『そんなスゴイ傭兵団を雇っていたのか。しかし5万の敵をあっという間に皆殺しにすると言ったら、いくら一人一人が凄腕でも何千人も要るだろう? そんなバカでかい傭兵団なんていないぞ。傭兵団と言えば大きなところでも100人なんていないし、普通は20から30人じゃないか?』
『いや、それがその傭兵団は5人だって言う話だぜ』
『5人で5万なら一人1万じゃないか。ありえないだろ!』
『それがあったからその傭兵団の団長は領主城に呼ばれて貴族になるってよ』
『貴族を決めるのは国王だろ。いくら辺境伯でも貴族を推薦するくらいで、勝手に爵位を与えられないだろ?』
『普通ならそうだろが、現に国王は王都を追われて辺境伯を頼って今は領主城にかくまわれているわけだから、叙爵なんて辺境伯の思いのままだろ?』
『それもそうか』
『だろ。
領軍は陸に1万。そいつらを怒らせたらヨルマン領軍はあっという間に全滅だ。そんな化け物みたいな傭兵団を飼いならすには自分の手で貴族にするのが一番。爵位とわずかな年金で済むなら安いもんだ。だろ?』
『ちがいない』
『しかし、ホントに5人で5万をたおしたのか?』
『どうも本当らしいぞ』
『本当なら確かに化け物だな。見た目もおっかないんだろうなー』
『それはそうだろう』
『いや、逆に虫も殺さないような顔をしてやることがエグいってことも考えられるぞ』
『それもあるな。おっそろしい顔なら近寄らなければいいけれど、虫も殺さない顔なら区別できないものな』
『ちがいない』
エライ言われようだが、彼らの言っていることはいい線を突いているのだろう。俺たちがその気になれば、占領はできないが破壊の限りを尽くすことができるわけだし、それを止めることは誰にもできないんだから。
そんな無茶をすることはないが、今回の件で俺はミスル・シャフーの使徒としての一歩を踏み出したって事だろう。まだ貴族になったわけではないが、ケイちゃんが言っていた『成り行きに任せていれば自ずと道が開けて行く』ってことに実感がわいてきたのも確かだ。
明日、倉庫に引っ越した後、お城に行ってどうなるかだな。
この日の夕食はいつもより短めに終わり、俺たちは部屋にひき上げて行った。
翌日。
朝食を宿の食堂で取った俺たちは、普段着に武器だけ下げて宿を引き払って昨日契約した倉庫に向かった。だいたいの位置は覚えていたので自動地図を見なくても30分ほど歩いて到着した。
さっそく通用口から倉庫の中に入って倉庫の真ん中になるようウーマを出したところ、けっこう余裕があった。
ウーマに入ってまずは預かっていた荷物を各人に配った。
荷物を寝室に片付けた面々を連れてウーマから降り、そこから領主城に向けて歩いて行った。
倉庫からも30分ほどで領主城前の橋にたどり着いたので、ゲルタ守備隊の隊長に言われた通り衛兵に感謝状を見せたところ、丁寧に城内に案内された。
橋を渡って城門から城内に入り、更に進んで館に案内された。そこは本棟と呼ばれる領主館とのことだった。
衛兵は本棟の前で、「このまま中に入ってください。ここから先は中の者が案内します」と、言って持ち場の方に帰っていった。
本棟の玄関ホールに入って、どうするのだろうと思っていたらすぐにお仕着せを着た男性がやってきた。
「5人いらっしゃるということは傭兵団『5人』の方々ですね。お待ちしていました。どうぞこちらに」
俺たちは待たれていたらしい。悪い気はしないが、ちょっと怖いような。超大企業の経営者に待たれていたセールスマンの心境のようなそうでもないような。
その男性のあとをついて廊下を歩いて行き、こちらの部屋でしばらくお待ちください。と、言われた部屋に入っていった。
部屋の中には応接セットが置いてあったので、各自で適当に席に着いたのだが、ドーラだけ立ったままだった。
「ドーラ、どうした? 立ってないで椅子に座ればいいじゃないか?」
「だってここ、領主さまのお屋敷なんでしょ? 勝手に座れないよー」
「そんなの気にするなよ。俺たちはゲルタの英雄なんだから、どっしり構えていればいいんだよ」
「ホントに?」
「ホント」
「分かった」
ドーラが席に座ったところで、侍女と言うのかメイドと言うのか分からないが、お仕着せの上に白いエプロンを着けた女性が『失礼します』と、言ってワゴンを押して入ってきた。ドーラは『失礼します』の声でいったん立ち上がったがまた座った。
彼女はそのままお茶の用意をしてくれて、お茶菓子と一緒に応接テーブルの上にお茶を置き一礼してワゴンはそのままにして部屋から出て行った。
エリカがさっそくお茶を一口。
「このお茶おいしい」
そして、クッキーに手を伸ばして一口。
「このクッキーもすごくおいしい。サクラダのパン屋で買ったクッキーより断然こっちの方が上だわ」
「俺たち、貴族なる前から貴族扱いされてるんじゃないか?」
「貴族の経験ないから分からないけれど、そんな感じがするわね」
「ねえ、エド。エドが貴族なったらわたし何て呼べばいいの?」
「妹よ。エドモンド兄さん。でいいぞ」
「そうなの?」
「冗談だよ。今までと変える必要なんてないから」
「なら、良かった」
ドーラのヤツ、妙に安心したような顔をするのだが、エドモンド兄さんと呼ぶのがそんなに嫌なのか?
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