第185話 ブルゲンオイスト3、ケストナー伯爵
カールが王都を脱出した馬車隊への追手の騎兵隊を撃退した二日ほど前。
国王を含む王族が一部の廷臣貴族を引きつれて王都を脱出するので、ヨルマン領で受け入れるよう王城からの使者がヨルマン辺境伯の領主城に到着し、王族一行の受け入れについてヨルマン辺境伯と重役たちとで会議が行なわれた。
「聞けば王家は一戦もすることなく都を投げ捨て逃げ出したとか。国を守る気概の無い王家に忠義立てする必要はないのではありませんか?」
「閣下からの先日の援助の減額の要請をにべもなく断ったばかりか、増額までするような国王を助ける義理はありません!」
「ヨーネフリッツの命運は尽きたも同然。われらはこの先降りかかる火の粉を単独で払わなければなりません。お荷物を背負い込む余裕などないのでは?」
「いっそ、国王以下全員を拘束して敵方に差し出してはどうでしょう?」
などなど、否定的な意見しか聞かれなかった。
そんな中で辺境伯が自分の考えを述べた。
「おそらく王都を陥としたドネスコないしフリシアはこのヨルマン領を領有せんと攻め寄せてくる。わが方は早急に領境のゲルタに兵を送り防衛体制の強化を図らなければならない。これは最優先だ。
国王の受け入れについてだが、先代国王にはわたしの父親が伯爵から辺境伯に陞爵させてもらった恩もある。
最低限の礼で十分だが、国王一行は受け入れよう」
ヨルマン辺境伯のその言葉で王族受け入れが決定され、一行の受け入れの準備と領境の城塞都市ゲルタの増強が進められることになった。
国王一行の受け入れの具体的内容は、いったん城内の別棟に受け入れたのち、本棟の数室を王族用に提供する。貴族たちについてはブルゲンオイスト市内の各所を借り上げ提供するというのもだった。
王族には使用人を付けるが、貴族に対してはそのような優遇は行なはない。
領境に位置するゲルタ城塞の兵力増強には、第1陣としてブルゲンオイストの第1、500人隊と王都へ派遣を予定していた派遣軍第3、第4、500人隊が未充足のまま送り出されることになった。
また領内各地から、合わせて3個500人隊がゲルタに向かった。
ゲルタ固有の兵は1個500人隊のため、全部隊が集合すれば名目上は7個500人隊3500人がゲルタの防衛にあたることになる。名目上というのは、各隊より相当数の兵が領軍派遣隊に抽出されているからで、実数は2800名程度になる。
また、王都に移動途中である領軍派遣隊第2、500人隊をヨルマン領に呼び戻すべく早馬の伝令を向かわせた。なお、カール・ライネッケの派遣隊第1、500人隊については既に王都に到着しており壊滅したものとして伝令を出してはいない。
ゲルタ城塞の増強により敵軍を1カ月拘束可能と領軍司令官ヘプナー伯爵は考えていた。1カ月のあいだに領内から
さらに、ヨルマン領への避難民の流入が予測されるため、彼らの一時滞留場所としてブルゲンオイスト郊外に野営地を設置することを決めた。ヨルマン領の防衛が成功し一段落したら、領内各所から引き抜いた兵の穴埋めに使っていく腹積もりである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カールの部隊がヨルマン領の領境の城塞都市ゲルタまで10日の位置を移動していたころ。
王族と貴族を乗せた馬車列は城塞都市ゲルタで一泊したのちヨルマン領の領都ブルゲンオイストに向けて移動していた。ゲルタにはブルゲンオイストから一行を迎えるため領軍騎兵20騎ほどが派遣されており、彼らは馬車列を先導した。禁軍騎兵隊はその後に続く形となっている。
予定ではこの日の3時過ぎブルゲンオイストに到着見込みである。
王族一行はゲルタからの移動中、何事もなく予定通りブルゲンオイストの領主城を囲む堀にかかる橋の前に到着した。橋の手前の路上には槍を持った領軍兵士が左右100名ずつ整列している。
ヨルマン辺境伯は重役を引き連れ城門前で橋を渡った国王一行を出迎え、当面の宿舎と考えている城壁内の別棟に案内した。
「ご不便をおかけしますが、当面はここでお過ごしください」
馬車に積まれていた王族一行の荷物は城の使用人たちの手により、別棟に運ばれていった。馬車などは、領軍騎馬隊に連れられ、禁軍騎兵隊ともども領主城に隣接する領軍駐屯地に移動していった。禁軍騎兵隊は王族と切り離されることを一時拒んだが、国王の指示に従い移動していった。
国王は小ぎれいではあるが華美さの欠片もない建物に不満な顔をしていたが、そこでは何も言わず案内の者に従って建物の中に入っていき、他の王族たち、貴族たちも建物の中に入っていった。
国王付の廷臣貴族の一人で国王の補佐を務めるケストナー伯爵に対してヨルマン辺境伯の重役の一人がこれからのことを説明した。
「この建物の警護は領軍が行ないます。
王族の方々につきましては、準備が整い次第、城内にしかるべきお部屋を用意し、お世話の者を付けいたしますが、貴族の方々については、領都内に住居を用意いたします。用意が整い次第城内からお移りいただきます」
「その住居は快適なのかね?」
「住居自体はそれ相応のものですが、快適かどうかは貴族の方々次第です」
「それはどういう意味なのかね?」
「文字通りの意味です。使用人をお雇いになるもよし、内装に贅を凝らすもよし」
「まさか、われらが自分でそのようなことを!?」
「ほかに誰が?」
「……」
これに対して、国王側は使用人を残したまま領主城を明け渡すようケストナー伯爵を通じてヨルマン辺境伯に要求した。ヨルマン辺境伯の重役のみならず、さすがのヨルマン辺境伯もこの要求には呆れてしまった。しかもその要求をしてきたのがあのケストナー伯爵だ。
ヨルマン辺境伯の命を受けた辺境伯の重役の一人が、別棟で仮住まい中の当のケストナー伯爵を呼び出し冷たく告げた。
「陛下の下知に従う者はわずか20騎ほどの騎兵のみ。お連れになられた貴族の方々はあなたを含めて何のお仕事もない身。それでこの城などは必要ありますまい。
当家のご当主さまはヨーゼフリッツ王家から爵位を賜った身なので国王陛下以下、王族の方々の身の回りの世話は致しますが、お連れの貴族たちは当家に縁もゆかりもない方々ばかり。当家があなたさまを含め面倒を見る筋合いはありません。明後日には貴族のみなさまの住居の用意も整いますから早めに城からお引き払い願います」
その通告にケストナー伯爵は唇をかみしめたが、王家として自由になる武力は今回護衛として同行した20騎ほどの騎兵のみ。しかも彼らとは切り離されているうえ、別棟は領軍の兵士で囲まれている。できることはない。ケストナー伯爵は黙って別棟の中に戻っていった。
それでも対ズーリ戦の開戦派というより主導した自分が、断罪されることもなく国王補佐という立場を利用して王都から脱出できたことは幸運だったと思っている。ただ、妻と3男だけはこの脱出行に連れてこられたが、惜しむらくは、長男、次男を今回の脱出行に連れてこられなかったことだ。
市内に家をあてがわれたことには憤慨したケストナー伯爵だが、市中に隠れ住んでいればこの街が敵の手に落ちた場合、領主城にいるより逃げやすいのは確かだ。まだまだ何とかできる。と、彼は前向きに考え始めていた。
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