第183話 ブルゲンオイスト


 これは以前父さんに聞いた話なのだが、ブルゲンオイストも街全体が外壁で囲まれてはいないが領主の居城周辺は外壁に囲まれているそうだ。これは街が発達する過程で取り残されたもので、今では門もなく、今となっては外壁とは言えずタダの壁だ。その壁の内側は旧市街と言ってもいいだろう。


 俺の知識ではブルゲンオイストの人口は30万人だが、その知識は20年以上も前の父さんの知識なので今は40万、ひょっとしたら50万人くらいかもしれない。

 言いたいのは非常に人が多いということで、乗合馬車がブルゲンオイストの市街に入り、後方に見える通りを歩く人の数もサクラダとは比べられないほど多い。そして街並みも立派だ。


 ブルゲンオイストの駅舎に乗合馬車が到着したのはちょうど昼だったので、俺たちは馬車を降りてまずは食堂を探した。

 探したと言ってもケイちゃんが道行く人に聞いただけなので、簡単だった。


 食堂では昼食時だったのだが、ちょうど6人席が一つ空いていたので5人でその席に座って定食と飲み物を頼み代金を払った。


「食事が済んだら宿だな」

「いい宿があればいいんだけど。とは言ってもウーマより居心地のいい宿ってあるわけないわよね」

「それは仕方ないだろ。ここだと郊外に出ても人はいそうだからウーマは諦めるしかないだろ」

「残念だわよね」

「それで宿を取ったらどうします?」

「俺は、領主城に行って父さんのことを聞いてみる」

「わたしも一緒に行く」と、ドーラ。

「もちろんだ」

「じゃあ、わたしとケイちゃんは街の見物でもしない?」

「そうですね」

「それなら、領主城までは一緒に行こう」

「そうね」

「ペラはエリカとケイちゃんの護衛をしてくれ」

「エド、ペラはエドとドーラちゃんにつけた方がいいんじゃない?」

「いや、俺には本当にマズくなったらリンガレングがいるから」

「分かった」

「そういうことだから、ペラはエリカたちと一緒な」

「はい」


 食事が終わったところで店を出て、ケイちゃんが道行く人に宿屋を聞いたら、すぐ近くに宿屋があった。


 その宿屋は4階建ての大きな建物で、鎧窓が開けられた窓にはガラスがはまっていた。

 宿屋の受付で5人で泊れる部屋がないか聞いたところ、6人部屋が空いているということで、朝夕付いて3泊分取った。

 ベルハイムの時にはドーラはいなかったが男女混合の4人部屋だったし、このオストリンデンに来る途中の2泊も男女混合だったので、この世界はこういうものなのだろう。エリカもケイちゃんもドーラもいたって当然の顔をしてるし。そもそもウーマの中では混合だし。


 宿の人に案内されて階段を3階まで上り、少し廊下を歩いた先の部屋で、6人部屋という数からすれば広くはないがまずまずの部屋だった。

 窓を開ければ、俺たちが歩いてきた大通りも見えるし、その大通りの先の方に領主城も見えた。俺はこの世界に生まれて初めてこの世界の城を見たのだが、城の形はともかく思った以上に小さかった。これは日本の城でも言えることだが、現代人は高層ビルとか見慣れている弊害なのだろう。現にドーラは窓からお城を見て「大きいおっきー!」とか言ってる。


 荷物といっても個人のものまで含めてたいていの物はキューブに入れているので大したものはなかったのだが、荷物を部屋に置いて俺たちは宿を出た。いつ買い物をしてもいいように俺だけは空のリュックを背負っている。


 宿から通りに出て窓から見えたお城方向に歩いて行ったら立て看板が目に入った。

『     兵士募集

 希望者は領軍本部または各駐屯地へ』


「兵隊を募集してるのか」

「この看板、駅舎にもあったわよ」

「そうなんだ、気付かなかった」


 そんな話をしながら俺たちは道を歩いて行き、街の壁に空いたアーチを越えて旧市街に入っていった。


 建物自体は新しくはないが趣のある街並みが続き、領主城までやってきた。

 領主城は堀で囲まれたいて、堀の外から領主城の門前まで橋が架かっていた。


「それじゃあ、わたしたちは適当に見物してるから」

 そう言ってエリカとケイちゃんはお堀の回りの道を歩いて行った。


 俺は橋の前に立っていた衛兵に向かって、

「わたしたちは騎士カール・ライネッケの身内の者です。カールが城に召喚されたそうなので会いに来たんですが、面会できますか?」

 何だか、留置場の囚人への面会のような口上になってしまった。だってこういったあらたまったところでどういった言葉を使っていいのか分からないんだもの。

「カール・ライネッケ。そうか。カール・ライネッケ準男爵のことですね?」

「いえ、騎士のカール・ライネッケですが」

「カール・ライネッケ準男爵は先日騎士爵から陞爵され準男爵になられました」

 うぇ! なんと!

「知りませんでした。それで、父は?」

「現在部隊を率いて王都においでです」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「いえ、いえ」


 礼を言ってその衛兵から離れ、ドーラと相談した。

「父さん偉くなってたけど、王都なんかに行って大丈夫なのかな」

「しかも部隊を率いて行ったって話だったよ。それって戦争に行くってことじゃない?」

「そうだよな。ズーリ戦も苦戦してるっていうし、ヨルマン領から援軍として王都に向かったのかもしれないな」

「心配だなー」

「父さんはきっと大丈夫だよ」

「どうして?」

「父さんは俺より強いから」

「そうえばそうだったね」

「王都に行く前に会ってれば水薬を渡せたのにそこは残念だった」

「父さんには会えないし、どうする?」

「エリカたちはどこかに行っちゃったけど、俺たちも領都見物でもしよう」

「うん」

「ここは領都だからサクラダよりおいしいお菓子があるんじゃないか。そっちも探そうな」

「うん!」


 領都見物といっても観光案内本があるわけではないので、どこに行けばいいのか皆目見当はつかない。

 いちおうお城の周りのお堀に魚がいたとか、カメがいたとか言いながら一周してたらお城の裏側に出た。城の堀と道を挟んだ先は広い空き地になっていて、2階建ての建物がその先に何棟か建っていた。

「何だろうな。こんな一等地に空き地なんてもったいない」

「エド、ここって兵隊さんが住んでて訓練とかする場所じゃない?」

「確かに。ここは領軍の駐屯地だろう」


 何か出し物でもしてくれているなら見てて飽きないが、そんな様子は全くない。俺たちはそのまま歩いて行き堀を一周して元来た道を帰っていった。


 そこから少し旧市街の通りを歩いていたら、軽食屋があった。

「中を見てみようか」

「うん」


 店の中はこじゃれた感じで、二人席と4人席が半々だった。今まで食堂で二人席など見たことがない。つまりこの店は二人で来るような店ということだ。

 店内の客までどことなく上品に見える。これはプラシーボ効果なのか? 違うか。

 ドーラと向かい合って二人席に座ったら白いエプロンを着けた女子店員がやってきた。

「ご注文は?」

「メニューってあるのかな?」

「こちらでございます」

 そう言って女子店員は隣のテーブルの上に置いてあった厚紙メニューを渡してくれた。

 メニューにはお茶が数種類とお菓子類、軽食類が載っていた。ここはまごうかたなき喫茶店ではありませんか。

「ドーラ、お菓子が並んでるぞ。何食べる?」

「よく分からないからエドが選んで」

「そうだなー。パンケーキクリームイチゴ添えにしてみないか?」

「分かんないから、それでいいよ」

「お茶は適当でいいな?」

「うん」

「それじゃあ、パンケーキクリームイチゴ添え2つ、このお茶を2つ」

「かしこまりました」

 代金をその場で受け取った女子店員は一礼して奥の方に帰っていった。

 俺が店員に渡した硬貨を見てドーラが小声で「いいの?」と聞いてきた。

 ドーラのこの『いいの?』の意味ははっきりはしなかったが、恐らく、こんな高いものを頼んで大丈夫なの? そしておごってくれるの? の二つの意味があったのだろう。俺は黙ってうなずいておいた。


 10分ほど待っていたらトレイを持ってさっきの女子店員が戻ってきてテーブルの上に二人分のお菓子とナイフとフォークが載った小皿とお茶を置いて一礼して帰っていった。


 パンケーキクリームイチゴ添えは、2枚重ねの薄目のパンケーキの上に真っ白の生クリームがたっぷりかけられ、その生クリームの上にスライスしたイチゴがぐるりと輪を作っていた。

「うわー! こんなの初めて見た」

「きっとおいしいぞ」


 俺もナイフとフォークでパンケーキを一切れ切って口に入れた。

 こいつはちゃんとした生クリームだよ。イチゴも甘いよ。あまおうだよ。パンケーキのほんのりした甘味が上品だよ。


「なにこれー! お・い・し・いー」

 今回のドーラはうれしい悲鳴を越えて言葉まで味わっているようだ。

「ブルゲンオイストに来てよかったー。これもそれもエドについていったから。アララ神さま、ありがとうー!」

 神さまに感謝することはいいことだ。


 そういえば俺ってアララ神さまを信じていることになってるんだった。

 でも、俺は現在成り行きでミスル・シャフーさまのために働いてることになっている。つまり俺はミスル・シャフーさまの使徒ってことだ。使徒と言えば何となくカッコいいけど、別の言葉に代えると走狗だよ。一気に落ちるよな。


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