第176話 赤の渦の先。カール・ライネッケ6
渦を抜けた先は真っ暗で、夜目の利いている俺ですらはっきりとは見えなかった。薄っすら見える周囲からどうも洞窟の中のような感じだ。
ざッと周囲を見回し危険がないことを確認した俺は、渦に入って危険がないことをみんなに伝えた。
「エド、外はどうだった?」
「外はどうも洞窟の中みたいだった。とにかく危険はないみたいだ。
俺が先に行っているから、順番に渦を抜けてくれ」
そう言って、再度渦を抜けて向こう側に出て、後ろから出てくる人間の邪魔にならないよう少し移動してみんなが出てくるのを待った。
次に出てきたのはエリカで予想通りのコメントがあった。
「なにここ、真っ暗じゃない!」
次にケイちゃん、そしてドーラにペラ。
全員渦から抜け出てきたところで俺はランタンを取り出して火を点けた。
やはり俺たちの建っているところは洞窟の中のようで、前方に坑道が続いていた。
「洞窟の中ってことはここはまだダンジョンの中なのかな?」
「今まで通りのダンジョンだったらもう少し明るかったから、やっぱりここはどこかの洞窟の奥なんじゃないか」
「そうか。そういうこともありえるわね」
「ここにいても仕方がないから、先に進んでみよう」
「うん」「「はい」」「うん」
ランタンを左手に持って洞窟を歩いて行ったところ、洞窟はまっすぐで枝道はなく、20分ほど歩いたら出口の明かりが見えてきた。
そこから10分ほど歩いて坑道から出たところ、そこは岩山の中腹だった。
俺たちが歩いてきたのはその岩山に空いた洞窟ということなのだが、路面はそれなりに歩きやすく洞窟というよりダンジョンの坑道に近かった。
肝心の洞窟の出口から見た景色なのだが、俺たちのいる場所はどうもどこかの山岳地帯らしく、見渡す限り岩山だらけで他に目立つものは前方のだいぶ傾いた太陽だけだった。
俺は無意識に渦の先はサクラダとかこの前のベルハイムのような街だろう。と、てっきり思っていた。
でもよく考えたら、ダンジョンって見つかってから人が集まって、それが発展して町になり街になるんだろうから、見つからなければそのままってことなんだろう。こんな山岳地帯の真ん中の岩山の中腹で、そのまた洞窟の奥の渦なんか見つかるはずないものな。
「これからどうする?」
「これじゃあ、どうしようもないわよね」
「めぼしいものは何もないみたいですし、道があるわけでもないので簡単に移動もできそうにありませんし」
「戻るしかないか。
ベルハイムの時は人がいたから分かったけど、ここどこなんだろう?」
「ねえ、ベルハイムって?」
「ちょっと前、似たような感じで別の階段を上ったんだよ。そしたら渦があって、抜けた先がベルハイムという街だった。それで、ベルハイムはハグレアの島だった。島だから魚介類はすごくおいしかったぞ。残念だけど魚介類は全部食べてしまってもうない」
「食べ物はいいけど、ハグレアって、ヨーネフリッツの南のドネスコの、そのまた南のハグレア?」
「うん。そのハグレア。よく知ってたな」
「それくらいわたしでも知ってるわよ。でもそんな遠くまで行ったんだ」
「まあな。どうもダンジョンの中と外では距離の感じが違うようなんだ。それでもかなり移動したけどな。ウーマに乗ってるだけだから数日で行けたけれど、ウーマがいなければ数十日はかかる距離だから、俺たち以外だとちょっと無理かもな」
「エドがロジナ村に帰ってきてからずーッと驚かされっぱなしなんだけど、これって全然普通じゃないよね?」
「まあな。理由がないわけじゃないんだけど、それはそのうちな」
「なんかちゃんとした理由があったの?」
「ドーラちゃん、人生いろいろだから」
男もいろいろなら、女だっていろいろだし。
「えっ?」
レメンゲンの話はドーラには教えたくはないという気持ちをエリカが察しての言葉だったのだろうが、エリカのその言葉でドーラは首を傾けた。
「そういうことだから、そのうちな」
俺もエリカの言葉に乗っかっておいた。
「さてと、ここにいても仕方ないから帰るか」
「うん」
そういうことで、今回の渦の先は俺たちにとってあまり意味がなかった。
洞窟を30分ほどかけて引き返していき、渦を抜けた。
「今午後の4時半くらいだけど、13階層までこのまま下りていくのはきついから、あと2、3階層下ったらそこで野営するか?」
「そうね。久しぶりの野営だけど、それもいいんじゃない」
「モンスターはいるのだろうが他の冒険者はいないはずなので2階層から3階層へ下りた階段下で野営しようか?」
「坑道は沢山あるから見張りが大変だけど、ペラが不寝番なんでしょうからそれでいいんじゃない」
「そうだな」
俺たちはそこから1時間ほどかけて、3階層に下り、階段下の空洞で野営準備を始めた。
単純に毛布を敷いたり、テーブルを出してテーブルの脚の下にボロ布を突っ込んでガタガタしないようにしただけで、後はキューブに入れていた料理を並べただけで準備は終わってしまった。
夕食後はペラを不寝番に残し早々にみんな毛布に横になった。ペラの加入で黄金の2番バッターから外れた上に、毛布の位置がエリカ、ケイちゃん、ドーラ、俺となった。ちょっと、おかしくないか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エドモンドたちが毛布に入ったころ。
こちらは夕食を終えたカール・ライネッケ。
馬には慣れているのでそれほど肉体的疲労はないのだが、精神的に疲れているらしく、早々に毛布に入った。目を閉じたらすぐに睡魔が襲ってきた。
翌日。
朝の点呼のあと、部隊は朝食を終え移動を開始した。
今朝の点呼では脱走者はいなかったので、カールは何かいいことがあるのではと少しだけ思ったのだが、当たり前のことで喜んでいる自分がちょっとだけ情けなくなってしまった。
馬上のカールを先頭とした部隊は野営地を出発し、とある宿場町を通過していった。
その宿場町で南から王都に向かう街道と、カールの部隊がやってきた東からの街道が合流している。
「隊長。人がいませんねー」
副官のヨゼフの言葉通り、通りに人はおらず、店なども締め切ったまま。中には出入り口が破壊された建物もある。
「おかしい。何があったんだ?
ヨゼフ、全隊停止だ」
「はい。
ヨゼフの声が後方に伝わっていき、部隊はゆっくりと停止した。
「ヨゼフ、何人か見繕って街の人間を見つけ、何があったのか調べさせてくれ」
「了解」
ヨゼフは後方の第1、100人隊の隊長にカールの命令を伝え5名ほどが隊列から離れてそこらの建物の中に入っていった。
数分後、先ほどの5名がカールの元に数名の街の人間を連れてきた。
「隊長。彼らはどこかの軍が攻めてきたと言っています」
「なにー!?」
馬から降りたカールは、見た目がそれなりの男に向かってどういうことか、何が起こったのかたずねた。
「俺たちはヨルマン辺境領の領軍部隊だ。
何があったのか詳しく話してくれ」
「はい。昨日午後、南の方から隊列を組んだ軍隊がこの町を通過していきました。
通過中、街の店から食べ物を根こそぎ持っていきました。抵抗する者は何人かいましたが彼らはそのまま連れていかれました」
「どこの軍隊なのか分からないか?」
「旗指物は掲げていましたが、それがどこのものかは分かりませんでした」
「人数は分かるか?」
「通り過ぎるのに1時間以上かかりました。
軍隊のあとは荷馬車で、100台以上連なっていました」
「兵隊たちは何列で歩いていたか分かるか?」
「確か4列だったともいます」
「だいたいのことは分かった。ありがとう」
「いいえ」
街の連中を開放し、街の連中を連れてきた5人も元の100人隊に返したカールは、麾下の5人の100人隊長に集合をかけた。
カールは集まった5人の100人隊長に状況を簡単に説明した後、自分の考えを話し、隊長たちの意見を聞くことにした。
「俺たちみたいに部隊が伸びきっていなければ、1万人の4列縦隊だと隊列の長さは2.5キロと考えていい。
陸兵の行軍速度は大体5キロ程度だから、1万人の部隊が通過するには30分かかる」
100人隊長たちはカールの説明にうなずいている。
「街の連中の話だと、軍隊が通過するのに1時間以上かかったそうだ」
「ということは、少なくとも2万!」
「そういうことになる。
ヨーネフリッツ軍ではないので、考えられるのは他所の国の軍隊しかない」
「他国の軍隊がこんなところに?」
「かなり奇妙なことではあるが、2万を超えるような大軍をヨーネフリッツに向けて送り込めるのはドネスコかフリシアしかないが、位置的に考えてドネスコ軍だろう」
「隊長、援軍ということはありませんか?」
「援軍なら略奪はしないだろうし、ドネスコがヨーネフリッツに援軍を送るとは考えられないぞ」
「そう言われれば」
「それでだ。その2万の軍隊が俺たちが進む方向に進んでいるわけだが俺たちはどうすればいいと思う?」
「その軍隊をドネスコ軍として、ドネスコ軍が今現在王都に向かっているってことですよね」
「そういうことになるな」
「われわれの受けた命令は王都まで移動して国軍の傘下には入れでしたよね」
「そうだ」
「ここで引き返すわけにはいかない以上、王都に向けてわれわれも移動を続けるしかないんじゃ」
「ドネスコ軍のあとを追ってか?」
「つかず離れず。って感じで」
「それも手ではあるな。
しかし、敵の物見が後方に放たれていた場合、俺たちのことに気づいて待ち伏せしてくるかもしれないぞ。何せ相手は、俺たちに戦意などないことを知らないわけだから、送りオオカミと考えるだろうし」
「ですよねー」
「ドネスコ軍のあとを追うのではなく、側道を通って王都に向かうのはどうでしょう?」
「それもいいな。
王都ではドネスコ軍と戦いが起こるはずだから、わが方が有利なら加勢に入り、不利なら傍観してそのままヨルマン領に帰ってしまおう。
勝ち戦なら俺たちもやる気は出るし、逆に負け戦で王都が陥落してしまえば俺たちが何をしようが勝手だしな」
「そうですよね」
「みんなそれでいいか?」
「「はい!」」
「少し引き返したところに王都への側道があったはずだ。そこまで戻って側道を進もう」
「「はい」」
カールの部隊はUターンを始め、手はず通り街道から外れ側道に入っていった。
4日後にドネスコ軍は王都に到達するだろうとカールは見当をつけていたので、自部隊は5日後に王都近くまで移動してそこで物見を放ち、王都戦の状況を探るつもりである。
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