第160話 戦況2。カール・ライネッケ3、訓練
この世界では帆船技術が十分発達しておらず、軍船はガレー船(漕帆船)が主流である。
海軍を持つ各国の主力艦は500人近い兵員を乗せた大型ガレー船であることが多い。
もっとも一般的な大型ガレー船は艦首に敵艦に体当りするための
主力艦の他、各国は補助艦として40本オール艦を有している。40本オール艦は1段オールのガレー船で、衝角とマストを1本持つ。1本のオールを2名の漕手が漕ぎ、片舷20列、漕手80名、控え漕手80名に加え雑役夫、下士官、士官、合わせて20名ほど乗艦している。控え漕手は120本オール艦の控え漕手と同じ役割を持つ。漕手と控えの比率が同じであるため、120本オール艦に比べ長時間高速が発揮でき、漕手一人あたりの艦の重量が比較的軽いため最高速度も高い。こちらは、2艘の10人漕ぎボートを積み込んでいる。(注1)
もちろんこれら以外の艦もあるが、これら2種類の艦船が海戦の主力となる。
ドネスコ海軍でもこの120本オールの大型ガレーと、40本オールの標準ガレーを軍艦として採用しており、大型ガレーを20隻、小型ガレーを50隻擁していた。
またフリシア海軍も同程度の規模の艦船を有していた。
両国に対しヨーネフリッツ海軍は120本オール艦を30隻、40本オール艦を70隻擁していたが、それらはヨーネフリッツの東の南大洋を担当する東方艦隊と北の北大洋を担当する北方艦隊にそれぞれ振り分けられている。
従って、東方艦隊単独でドネスコ艦隊に対抗することは難しく、北方艦隊単独でフリシア艦隊と対抗することも難しい。しかも地形の関係で東方艦隊と北方艦隊は合流することはできない。もし合流できたとしても北方艦隊所属艦は波の荒い北の海に合わせ喫水が深く舷側も高く造られている関係で東方艦隊所属艦と比べ速力が劣っており、合戦時に統一した艦隊行動は難しい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヨーネフリッツの南部に西から東へ流れるハルハ河の河口にドロイセンという港湾都市があり、そこはヨーネフリッツ海軍東方艦隊の拠点でもあった。港に面した小高い丘の砦内に東方艦隊本部が置かれていたが、ドネスコが国境を犯したとの連絡が王都もたらされた当日。距離的には王都よりも近い東方艦隊本部にその情報は届いていなかった。
そして当日午後10時。
砦の見張り員が多数のかがり火をドロイセンの沖合に発見し上司に報告した。見張り台に登った上司はかがり火が明らかに港に向かっていることを確認し緊急を知らせる鐘を部下に鳴らさせ自分は上司へ報告に急いだ。
その報が寝室で寝ていた東方艦隊本部長に届いたのは港への海からの襲撃が始まって数分後のことだった。
この襲撃により、港に係留されていた艦船の実に7割が焼かれ、事実上東方艦隊は壊滅した。もちろんこの襲撃はドネスコ海軍による夜襲である。
同時刻、北方艦隊の拠点港もフリシア海軍の襲撃を受け、北方艦隊も事実上壊滅している。
翌日早朝。
二つの拠点港に対し、それぞれ陸兵が無血揚陸された。実は、国境を侵したドネスコ、フリシア両国軍部隊はどちらも陽動部隊であり、こちらが主力部隊だった。
揚陸地点は、どちらもヨーネフリッツの王都ハルネシアまで、陸兵の進軍速度として15日程度の距離でしかなかった。
海軍が両拠点を失い艦隊も壊滅したとの報は二日後王都にもたらされたが、これにより王宮内はさらに混乱した。
海軍の壊滅の報は王宮に届けられてはいたが、残念なことに無傷の陸兵が翌朝多数揚陸されたとの情報は王都にもたらされていない。従って当初の防衛計画である渡河可能地点への戦力集中が見直されることなく、ヨーネフリッツの軍の主力は敵の陽動部隊へ吸引されて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こちらはヨルマン領の領都に呼び出され、準男爵に陞爵した上500人隊の第1隊長に抜擢されたエドモンドの父カール・ライネッケ。
隊の予定人員が7割がた駐屯地に集合したことを受け部隊訓練を開始した。隊がある程度集団としての動きができるようになれば、ボーア子爵を総指揮官とした派遣部隊の第1陣2個500人隊の一つとして王都に移動し、国軍の傘下に入る予定となっている。
現在カールは練兵場で麾下部隊の行進訓練を見守っている。カールは副官として自身の従者としてロジナ村から同行させたヨゼフ・シュミットを指名しており、二人並んで部隊の行進訓練を眺めていた。ヨゼフ・シュミットはエドモンドの幼馴染
「隊長。あまりよくはないですね」
「まあな。それでも並んで歩いているだけましと思おうじゃないか」
「各部隊の余り者部隊ですから仕方ないですけど。自分たちは生きて帰れるんでしょうか?」
「必ず生きて帰る。俺もお前も、兵隊たちも。その気概だけは持っていよう」
「そうですね」
「それに、もうすぐお前のところの上の娘さんが婿を取るんだろ? 孫の顔を見ないとな」
「それまでは死んでも死に切れませんでしたね」
「そういうもんだ」
「ところで、派遣隊隊長のボーア子爵ってどんな方ですか?」
「一度お会いしただけで、こう言ってはアレだが人当たりはいいんだが訳の分からない人物って感じだ」
「この練兵場に一度も顔を見せていませんものね」
「そうだな。軍歴はないそうだから軍については全くの素人だろう」
「そんなのでいいんですか?」
「なんでも国軍のお偉方の親戚らしい。俺たちは国軍の傘下に入るわけだから、国軍とうまくやっていける人物であることが一番大事だろう。そういう人選なんじゃないか? 訓練についても適当にやっておけ。訓練状況の報告は不要だ。そうだ。軍のことはそれぞれの隊長に任せているところは自分の役割を十分理解しているってことだろ?」
「なるほど。
しっかし、行進、揃いませんねー」
「だな。時間がない以上厳しくしたところでいいことは何もない。妥協しよう」
「そうですね」
注1:
ガレー船の説明は『キーン・アービス』とほぼ同じ、丸パクリしちゃいました。
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