第154話 帰還
ベルハイムの宿で夕食を摂っているとき、ハグレアとドネスコの戦争が終わったことを知った。ヨーネフリッツ国民の一人として不安な気持ちが芽生えたようで少し気持ちが沈んだというか胃が少し重くなったというか。
部屋に戻って天井から吊り下げられたランタンに火をともし、部屋のテーブルにバナナの房を出しておいた。
「これおいしいよね」
「いくらでも食べてくれ。すごい量がキューブに入っているから」
「そのキューブ、ホントに際限がないみたいですね」
「そうだよなー。今だって大きいままウーマを収納しているわけだし」
「一杯になったら、一杯になった時考えればいいんじゃない。今だって相当いろんな物が入っているんでしょ?」
「12階層の鉄の扉とかかなりの数入ってる。本当に必要な物の量はそんなにないかも知れない」
「でしょ。整理整頓すれば一杯になったとしてもまだまだたくさん入るんじゃない?」
「整頓はできないけど、整理はできるから。その時は倉庫でも用意すればいいしな」
「倉庫ならうちの倉庫を貸してあげられるから安心して」
「うん」
「しかし、ヨーネフリッツのことが心配ですね」
「そうだよな」
「だからと言って、わたしたちに何ができるわけじゃないし」
「エリカ、わたしたちその気になれば一つの国くらい亡ぼせるんじゃないですか? なにせ、リンガレングがいるわけですし、ウーマの中に入っていれば敵国の都まで誰にも妨げられず文字通り直進できるわけですし」
ワンマンアーミーという言葉があったが、俺たちは少なくともチームアーミーであることは確かだ。
「それに、俺たちにはペラまでいるからな。そう考えると、どこの国が攻めてきてもどうってことないな」
「そうよね」
「そうですね。
ねえ、エド。そう考えるとわたしたち、国を興そうと思えば興せるんじゃありませんか?」
「ケイちゃん、また急にすごいことを」
「いえ、どんなに小さな国であろうと、一国を亡ぼすことのできる力のある国を攻める国はありませんから。エドのロンド村が独立してロンド王国になることもできるし、わたしの開拓村グレンツドルフが独立してもいいし。
とはいえ、軍事力だけで国が成り立つわけじゃありませんから、無理は無理ですけどね。
でも、もしも大森林の中に自活できる世界があれば十分国として成り立つんじゃありませんか?」
ケイちゃんが真剣にそんな話をするのだが、何かに目覚めたのだろうか?
「そういうこともあり得るということにして、黄色いのを食べないか?」
「うん」「はい」
それからしばらく雑談をして、ランタンを消してベッドに入った。
ベッドに入った俺は、先ほどのケイちゃんの話に触発されて国家シミュレーション的なことをあれこれ考え始めた。
軍事力がいくら卓越していようが、少なくとも産業がなけれどうにもならない。ただ、リンガレングがいるのなら、軍事予算は大幅に縮小できるのは確かで、侵略戦争を仕掛けるのでない限り通常の国家運営に比べればかなり楽ができるはず。その金で殖産興業もいいし、減税し、周辺国から人を受け入れるのもいい。
順序とすれば殖産興業が先だよな。基本は農林水産業なんだろうけど、どうしても鉱山は必要だろう。つまりは1次産業全部。そして産業基盤としての道路整備。殖産興業が軌道に乗れば次は生活基盤として上下水整備。並行して治水、治山。減税は当分先になるか。国内の景気が良ければあえて減税しなくとも人は集まってくるだろうし。
などなど考えたら、ヨルマン領こそ理想的な立地であることに気づいてしまった。つまり、ヨルマン辺境伯についてこれまで何も考えたことはなかったのだが、当代を含め代々というかここ数代の辺境伯はかなりすごい人物であるような気がしてきた。21世紀の日本で高等教育を受けた俺が考えたことを既に実施しているわけだもの。
そんなことを考えているうちに俺は眠りについた。
翌朝。
朝の支度を終えた俺たちは食堂に下りていき朝食を摂り、部屋に戻って装備を整え冒険者ギルドに向かった。
ギルドに入ると朝方のせいか、ホールには結構人がいた。
それはそれでいいのだが、今までざわついていたホールの中が俺たちが渦に向かって歩いて行くのに連れて静かになっていき、俺たちの進路上の冒険者は俺たちを避けるように道を開けてくれる。
まさか、昨日のことが尾を引いているのか? 引いてないわけないか。
俺たちはそのまま渦の前まで歩いて行きそのまま渦を抜けた。
そこで渦から少しずれランタンに火を点けてリュックに吊るし、階段に向かって歩き始めた。
そこから11階層の小島の手前まで一度小休止を入れて5時間で到着。
10階層からここまで冒険者には出会っていないので、小島の手前でリンガレングをキューブから出しておいた。
小島の周りの泉はまだ凍っていた。これだけの量の氷だからそう簡単にはとけないだろうとは思っていたがその通りだった。
ここに帰って来るまで黒スライムのことはすっかり失念していたのだが、もし氷がとけていたら黒スライムから有毒ガスが漏れ出たろうからとけてなくて助かった。
氷がとけて毒ガスが漏れ出たころ誰かここにやってきたらかわいそうなので何とかしたいのだが何か良い手はないか?
「ここの氷がとけたらまた黒スライムの毒が湧いて出てくると思うんだけど、氷は少しずつとけるんだろうからかなり長く毒が湧き出ると思うんだ。そうすると、たまたまここまで冒険者が来てしまうと毒を吸ってアレに罹ってしまうだろ? そうなると可哀そうだから何とかしてやりたいんだが良い手はないかな?」
「焼けばいいと思うけど、氷じゃどうしようもないし、そもそも焼くと言っても焼きようもないし」
「そうだ。
リンガレング。ここの氷の中に黒スライムが砕けて入っているわけだが、氷がとけると毒になって湧き出てくるんだ。何とかできないかな?」
『この池ごと蒸発させましょう』
「そんなこともできるのか」
『はい。「神の怒り」で焼き払います。危険ですからマスターたちは階段を下りていてください』
「それって、なんとかレベルまで破壊とか言ってたアレじゃないのか?」
『はい。素粒子レベルまで破壊できますが、今回は蒸発させるだけですから極小の「神の怒り」で十分です』
「そうか。なら分かった。
ちなみに蒸発させたとき毒は分解されるんだよな」
『もちろんです』
「それはよかった。それで、蒸発させた後しばらくこの辺りは熱いんだろ?」
『はい。通常なら10日は近寄れませんが、ダンジョンの代謝機能によりもう少し早く温度が下がると思います』
「そうか。熱ければ人も近づかないからかえっていいかもな。それじゃあ俺たちは階段を下りていくから、5分したらやっちゃってくれ」
『了解しました』
「リンガレングが氷ごと焼き払ってくれることになったんだけど危険だから俺たちは階段を下りていよう」
俺たちは急いで階段を下りていった。12階層に到着して3分くらいしたところでリンガレングが階段から下りてきた。
『マスター、うまくいきました』
何の音もしなかったし熱気もここにやってこなかったが、うまくいったらしい。確かめに行かなくても報告だけで十分だろう。
12階層の階段部屋で昼食にしようかと思ったが、どうせならそのまま13階層まで下りてしまってウーマの中で食べようということになり、13階層への階段部屋に向かった。
階段部屋から300段の白い階段を下って13階層に下り立ちそこでウーマをキューブから取り出して俺たち4人はさっそく乗り込んだ。
行き先は大空洞の反対側の階段。一度山並みまでまっすぐ進んで今度は来た道を引き返すのではなく来た時と同じように左回りで山並みを貫通した穴の入り口まで進んでいき、そこから直角に右折して階段を目指すことにした。距離にして2000キロ、66時間、丸2日と18時間かかる。今の時刻が12時半なので階段下への到着は3日後の午前6時から7時ということになる。
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