第153話 ベルハイム


 商店街で見つけた魚屋で結構な量の魚介類を購入したが驚くほど安かった。

 その魚屋で空樽を売っている店と港の場所を教えてもらったので、まずは近い方の空樽を売っている木工品店に向かった。


 木工品店では桶も売っていたのでそれなりの数の桶と、空樽を4つ買っておいた。

「桶は分かるけど、樽は何に使うの」

「柱の2階層の真ん中に泉があっただろ? またあそこに行くことがあったらあの水を取っておこうと思ったんだ。キューブに入れておけば傷まないし」

「なるほど。それはいいわね。さすがはエドだわ」

 ほめられたんだよな。


「それじゃあ、港に行ってみよう」


 木工品店から歩いて20分ほどで港に到着した。ギルドからなら30分くらいの場所になる。

 港には中、小型の帆船が桟橋につながれ、沖の方には大型の帆船が停泊していた。

 主に軍船として使われるガレー船っぽい船が見えなかったので、ここは商業、漁業専門の港なのだろう。


 何十年かぶりに見る海は輝いていた。単純に西に傾いた太陽に照らされていただけだけど。

 潮の香りが心地よい。

「エド、どうしたの? いきなり大きく息を吸い込んで?」

 潮の香に深呼吸って普通じゃないの?

 そういえば、エリカは港のあるオストリンデン出身だから海なんてめずらしくも何ともないんだった。

「何でもない」

「そう。いつものことだものね」

 さようですね。


「それじゃあ、あそこにいる人にヨーネフリッツに行くにはどうすればいいかたずねてきますね」

 そう言ってケイちゃんが少し離れたところ歩いたいた人のところに駆けて行ってすぐに帰ってきた。


「港の事務所にいって、お金を払って船に乗るそうです。

 港からは毎朝8時に本土に向かって船が出るそうです」

「本土ということは、ここは本土じゃないって事だろうけど、ここはどこ?」

「ここはハグレアのベルハイムという島でした」

「ハグレア? ハグレアってドネスコの南の?」

「きっとそうでしょう」

「……」

「13階層で相当移動したけれど、ハグレアまで移動した感じじゃないわよね?」

「ダンジョンの中だから地上の距離とは関係ないってことなんだろうな」

「そうなんだ」

「ダンジョンに入って別の渦から出た人って俺たちが最初なんじゃないか? そう言う意味でダンジョン内の距離が地上の距離とあまり関係ないって知ってるのは俺たちだけということだろう」

「それはすごいことね。それが何の役に立つかは分からないけれど」

「まあな」

「これで大体のことがわかったから、そろそろ宿を探さない?」

「もういい時間だものな」

「宿をたずねてみます」

 ケイちゃんが道行く人を呼び止めて、宿への道を聞いてくれた。いつも思うんだけどケイちゃんがたずねると必ず一発でちゃんとした答えてもらえてるんだよな。人徳なのかなー?


「冒険者ギルドの近くで宿がないかたずねたら、それなりの宿があるようでした」

 いずれ冒険者ギルドの中の渦を通って帰らなくちゃいけないわけだから、妥当な判断だ。


 ケイちゃんに先導されて俺たちは冒険者ギルドの近くまで戻り、お勧めの宿に部屋を取った。

 部屋は4人部屋しかなかったので4人部屋を朝夕付きで1泊だけ取った。宿のおじさんが代金を受け取り鍵をくれた後、俺をじっと見るのだが何か言いたいのかな?


 部屋は2階の一番奥だった。

 階段を上り、廊下を突っ切って部屋の扉を開けたところ、部屋の中にはベッドが4つと4人掛けのテーブルが置いてあるだけだった。


 窓はガラス窓で、ガラス窓の外側には鎧窓も付いている。

 荷物は俺が預かっているので武器と防具を外し、おのおのテーブルの椅子ではなくベッドに腰かけて寛いだ。

 このところウーマのベッドで休んでいたので硬いワラのベッドが懐かしい。ってわけではなくものすごく座りにくかった。俺には魔力操作があるので睡眠不足になることだけはないだろうが、エリカたちはきっと寝にくいだろう。1日だけのことだから辛抱してもらうしかない。


 宿の夕食は6時からだが、昼が遅かったので今日は少し遅くしようということになった。

 それで結局、ペラをのぞいて3人ともベッドに横になってしまった。今日は色々あったものなー。ワラのベッド、横になったら別に寝にくいわけではなかった。体が覚えていたんだろう。


 この街でもヨーネフリッツと同じように2時間ごとに街の鐘が鳴るようで、鐘が聞こえて目が覚めた。鐘の回数は分からなかったけれど、体内時計は午後6時だ。

 あと1時間くらいしたらみんなを起こして下の食堂に下りて行こう。ということで俺はまた目をとじた。


 だいたい1時間経ったところで俺はベッドから起き上がり、エリカとケイちゃんを起こした。

 桶をひとつ出して水を水筒から入れてタオルを浸けて良く絞り、エリカとケイちゃんに渡した。

「エド、ありがとう」「ありがとう、エド」


 俺も絞ったタオルで顔を拭いてスッキリした。

「スッキリしたところで食堂に行こうか?」

「うん」「「はい」」


 4人で食堂に入ったところ、それなりの人が食事していたが、4人席がちょうど1つだけ空いていた。たいていというより必ず4人席が空いているのだが、そこはラッキーと思ってあまり気にしないでおこう。


 店の人が来たので部屋のカギを見せたらすぐに定食が運ばれてきた。そこで飲み物として4人分のエールを頼みその場で代金を支払った。エールの値段はサクラダと一緒だった。

 その代り運ばれてきたジョッキは小さかった。サクラダダンジョンギルドが異常なだけなので、これが普通の大きさのジョッキだと思う。


「お疲れさまー「かんぱーい!」」


 反省会ではないが、一応乾杯。いただきます。と同じ感覚だ。


 定食のメインはなんだかわからないが白身魚のフライだった。フライにはタルタルソースのようなものがかかっていた。ここでは玉子が手に入るということか!? 商店街では気付かなかった。盲点だった!


「この魚おいしい!」

「ホントにおいしい。それにこのソースが格別ですね」


 このフライなんだが、タルタルソースもいいし、魚の身もプリプリして実においしい。ヒラメだろうか? 身の感じはヒラメっぽくはないんだよな。

「この魚何かわかる?」

「分からないなー。今まで食べたことないと思う」

「わたしはもちろんわかりません」

 まあ、いいや。ここで食べられるということが分かっただけで。


「明日、朝食を食べたら帰るわけだけど、ここで何かやっておいた方がいいことって有るかな?」

「特にはないかな」

「そうですね」

「ペラは何かあるかい?」

「いえ、ありません」

「それじゃあ、そのまま帰るとしよう」


「そういえば、ハグレアとドネスコって戦争始めたって話だったろ?

 今どんな感じなんだろうな?」

「この街は島の港町だからかもしれないけれど、大きな戦争してるって感じではないわよね」

「そうですね。意外と早く戦争なんて終わっているかもしれませんけどね」


「ヨーネフリッツがズーリに攻め込んで苦戦中ってあの話はどうなったんだろうな?」

「あれ以来、聞かないわよね」

「ハグレアとドネスコの戦いが終わってたらマズくないか?」

「どういうこと?」

「ヨーネフリッツがズーリに攻め込んだのは、フリシアのごたごたをあてにした上、ドネスコがハグレアともめている間に一気に攻め取ろうとしたからだったんだろ?」

「そうね。ここでドネスコが南から自由になったら、ズーリに援軍を送るか、手薄になったヨーネフリッツとの国境を越えるかもしれないわよね」

「フリシアだってそろそろ落ち着くかもしれないし、そうなれば今度は西の国境が危なくなる。大変なことになるかもしれないぞ」

「でも、わたしたちのヨルマン領は南からも西からもからも遠いから安全なんじゃない?」

「そうならいいけどな」


 俺たちがそういった話をしていたら、隣のテーブルの客の話が聞こえてきた。

『今回のドネスコとの戦いは何とか勝てたな』

『取られていた街は取り返したが、ドネスコはほとんど戦わず逃げ出したって言う話だろ?』

『それでも勝ったことには違いない』

『そうだな。ハグレアの勝利を祝ってかんぱーい!』

『『かんぱーい!』』


 戦争は終わってたんだ。さっき俺たちの話していたことの半分が現実になりそうだ。

 これでフリシアが国をまとめてヨーネフリッツに攻め込んで来たら、ただじゃ済まないぞ。

 いくらヨルマン領がそういった場所から遠いと言っても2国からヨーネフリッツ本土が攻められたら、俺には具体的にどういった影響が出るかは分からないけど、少なくとも悪い影響が出るよな。


 俺たちは定食を食べ終わったら追加のエールを頼むことなくそのまま部屋に帰った。



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