第128話 洗剤。鳥が見えた。
壁の中央に空いた出入り口の先には雑貨倉庫があった。
まだ出入り口はありそうだ。
雑貨倉庫の出入り口を閉じて試しに壁の左側に向かって「開け!」と言ったら壁に出入り口が開きその先に部屋が出現した。中に入っていたのは予想通り各種の掃除道具だった。部屋はそれほど広くはなかったので納戸的扱いなのだろう。
掃除道具を一通り調べた俺たちは出入り口を閉じて、再度雑貨倉庫に入って行き、台所用スポンジと台布巾、ポンプ式の洗剤らしきもの数種類を持ちだして、台所で泡立ちを調べることにした。
「ねえ、エド、その入れ物の中には灰の上澄みが入っているの?」
「きっとそう。入れ物の色が分けて置いてあったところを見ると、使い方が違うかも知れないから試すつもりなんだ」
「ふーん。よくエドは思いつくよね。さすがはリーダー?」
「リーダー関係あるか分かりませんが、エドの好きにさせて試せばいいんじゃないですか」
「それはそうなんだけどね」
「それでその入れ物からどうやって中の液を出すの?」
ポンプ式容器を初めて見た以上なんとなく分かるような分からないような容器なので使い方がピンとこないのは当たり前だろう。
「おそらくだけど、この上のでっぱりを押すと手押しポンプのように、横のノズルから液が出てくると思う。やってみよう」
流しのシンクにポンプ式容器を置いて出っ張りを押したところ、びくともしなかった。おかしいなと思ってノズルの辺りを捻ったらいきなり出っ張りが長く伸びて、ポンプの可動域が広がった。そこで飛び出した出っ張りを押したらスムーズに押せて、ノズルの先から粘液が俺の広げた左手の上に垂れた。しばらくぶりにこういったものを使ったので自分でも使い方を半分忘れていたようだ。
「ウワー、何か出たー!」
そこまで驚くことはないだろう。中に液体が入っていたことは分かってたんだから。
その時、久しぶりに俺の左手の指輪が目に入った。抜けないだろうなー。
「これでヌルヌルしてたら灰の上澄みということだ」
手のひらをこすり合わせたらぬるぬるした。リンスでもぬるぬるするわけだから、蛇口からわずかに水を出して手のひらをこすり合わせたら泡が出た。洗剤確定だ。
「泡が出てる?」
「ヌルヌルだけでなく泡が出ることで灰の上澄みより汚れが落ちるんじゃないか? ウーマの中にあったものなんだから」
「はー。なるほど」
ウーマの中にあった。というだけで納得してくれたようだ。
手のひらで受けた液の臭いを嗅いでみたところ、何の臭いもしなかったので何に使っても良さそうだ。
そういった感じで全部のポンプ式容器の中身を試したところ、同じさわやかな香りがしたものがふたつだけあった。そのうち泡が立った方がシャンプーで泡が立たなかった方がリンスだかコンディショナーだろう。
今現在台所洗剤と思っているものと、もう一種類、若干匂いのある洗剤があったのだが、便宜的に匂いのある洗剤をボディーソープということにした。
俺はキューブの中から例の筆を取り出して容器に『台所』『体』『頭1』『頭2』と書いておいた。ものすごく薄い字なのだが、字が見えているうちに慣れてしまえばいいだけだ。
「ねえエド、その頭1と頭2というのはどういうこと?」
「頭1は上等な灰の上澄みだから最初に使って頭の汚れを落としてよく洗って、そのあと頭2を使って洗えば髪の毛にいい匂いが残ると思ったんだ」
「頭2は灰の上澄みじゃないんでしょ?」
「灰の上澄みって手が荒れるのは知ってるだろ?」
「うん」
「手が荒れるなら髪も荒れるだろ?」
「そう言われれば灰の上澄みで髪の毛を洗うとゴワゴワするわ」
「このウーマの中のものを使って髪の毛がゴワゴワのままってちょっと変だと思うんだ。きっと何か髪のゴワゴワを治す何かがあっていいと思わないか? それが頭2ってわけだ」
「うーん。よく分からないけれど、試してみればいいわね」
「そういうこと」
エリカはまだ納得はしていないようだが、これ以上俺も説明できない。ちゃんと説明するには俺が別の世界から転生してきたことを話さないといけない以上仕方がない。将来エリカにこのことを話すことがあるかもしれないが、今ではないだろう。
そんなことをしていたら、風呂場の洗濯機のことを思い出してしまった。
「二人とも風呂場で洗濯してたんじゃないか?」
「すっかり忘れてた」
「わたしもです。見てきます」
二人して風呂場に入っていき、しばらくして戻ってきた。二人とも洗濯物を持っていたがどう見ても乾いていた。
「エド、見てこれ! 乾いてるのよ!」
下着をこれ見よがしに俺に見せられても。いくらカボチャパンツで風情がないと言ってもうれしいぞ。雑貨倉庫の中にあった下着だったらもっと良かったのだが今は贅沢は言うまい。
ただ、エリカは俺のことは全く男と思っていないということがよく分かった。妙に意識されると逆に困るけどな。リーダーとして。
「そいつはよかった。
次回洗濯する時は灰の上澄みを入れればもっときれいになると思う」
「灰の上澄みを入れたらヌルヌルしない?」
「きっと何度も洗い流してヌルヌルを取るんじゃないか? 何せ俺たちの想像以上の機能満載なんだから」
「そう言われればそうね。わたしが考え付くことぐらいちゃんと対応してるはずだものね」
エリカの頭の中で何かがつながったようだ。妙な説明をひねり出さずに済んでよかった。
「次回の洗濯で試せばいいよ」
「その時はどの灰の上澄みを使うの?」
「前にコップが置いてあった容器があったろ? おそらくあれが洗濯用の灰の上澄みだ。あのコップに一杯になるようにあの容器から灰の上澄みを入れて、その分量をあの洗濯の箱に入れればいいはずだ」
「何だか、エドってすごくない? 何でも知ってるみたいに言うけど全部当たっているみたいだもの。これもレメンゲンの力だよね?」
「おそらく」
俺がエリカに話している間、ケイちゃんは黙って話を聞いていたからちゃんと理解してくれたのだろう。
ふー。レメンゲンをエリカから持ち出してくれて助かった。
「そういえば、エドはまだ洗濯してないんだから洗濯してきたら?」
「そうだな。ちょっと洗濯用の灰の上澄みを取ってきてそれで洗濯を試してみる」
一度雑貨倉庫に入って洗濯用の洗剤と軽量カップを持ちだし、今度は風呂場に入って下着やタオルなどの汚れ物をキューブから洗濯機の中にいれた。そして、洗剤を計量カップに入れて洗濯機に投入してフタをしたらすぐに洗濯機の中に水が入り始めた。まさに全自動洗濯機だ。
今まですっかりペラのことを忘れていたのだが、風呂場から出たときペラを見たら、ペラはちゃんと定位置を離れず監視の目を光らせてくれていた。
「ペラ、どうだ?」
「異常はありません。雨は止みました」
スリットを通して前方の空を見たら、わずかに青空ものぞいて遠くの方で数羽の鳥が舞っているのが見えた。
今の時刻は午後3時くらいなのでウーマが歩き始めて6時間は経っている。
ということはウーマの速さを時速30キロとして既に180キロ。かなりの距離進んでいるはずだ。
前方に見えていた山並みもかなり近づいてきている感じがする。もちろん正確には分からないが今夜中には山のふもとには到着するだろう。ウーマで山の中に突っ込んでいっていいのだろうか?
急斜面はさすがに登攀できないと思うが、ある程度の坂なら上れるだろう。
などと考えていたら、俺の隣りでスリットから前方を見ていたエリカ。
「あの鳥ってずいぶん遠くで飛んでるように見えるんだけど、あんなに良く見えるものなの?」
そう言われれば。トンビやタカくらいの鳥だって何十キロも離れたら粟粒ほどにも見えたいだろう。それが鳥の形っぽく見えているということは、尋常じゃないほど大きな鳥ということになる。
そいつが4、5匹ウーマの進行方向上空を舞っている。
ヤバくないか?
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