第115話 12階層再び
ギルドの雄鶏亭で昼食を終えた俺たちは、窓口のエルマンさんに12階層で見つけた金貨の品位の測定結果を教えてもらった。
金貨は純金で、ギルドでの買い取り価格はフリッツ金貨3枚と小金貨1枚ということだった。
1割引きでこの価格。想定より高くなった。
一人頭、2万7000枚×3.5÷3=フリッツ金貨3万1500枚である。
これだけの枚数をギルドが一度に買い取ってくれるとはとても思えないが、小出しにしていけばどんどん買い取ってくれるだろう。
俺たちは明日にはまた12階層に向かうので、また金貨が増えてしまう。ポーションも増えてしまう。うれしい悲鳴を上げなければならなくなる。
ギルドから家に帰って来た俺たちは自由時間に入った。
俺とケイちゃんは水場で洗濯を、エリカはリュックを背負って柴刈りではなく支店に向かった。リュックには洗濯物が入っていると言っていた。
洗濯用の灰の上澄みを小瓶にとって汚れの目立つところにつけてもみ洗いして全体を水洗いする。灰の上澄みはアルカリなので手が荒れるのだろうが、そこまで気にするほど手が荒れるわけではない。15、6歳の俺たちの体ならすぐに元通りのピチピチの皮膚になる。もし気になるようならケガ用のポーションを飲めばすぐに治るだろう。
娯楽の乏しいこの世界。こういった洗濯さえもやっていれば楽しくなる。ことに美少女と一緒に手洗いだ。女子が何を洗っているのかチラ見しながら洗濯するのがこれほどワクワクするものだとは。想像はしていたが、想像以上だった。これまでも何回かギルドの水場でこういったシチュエーションはあったのだが、今日はそれをはるかに超えている。
これってある意味マズくないか? リーダーとしてここは気を引き締めなくては。
そうこうしているうちに、ケイちゃんは洗濯を終わったようで『お先に』と言って帰っていった。
洗濯物の量はそんなに差はなかったはずなのだが俺の手がおろそかになっていたようだ。
そのあと雑念の無くなったおかげで洗濯はすぐに終わってしまった。
外干し用に物干し台と物干し竿を用意するのを忘れていたので、今回も部屋干しだ。とはいえ、朝から洗濯すれば夕方までには乾く。それに明日以降留守にする以上、物干し竿で外干しはできないので部屋干ししかないのも確か。
この日もギルドで夕食を食べたが、反省会ではないのでおとなしいものだった。
そして翌朝。2回目の3泊4日、12階層の旅だ。
出撃準備を整えた俺たちは戸締りをして家を出てギルドに向かった。
白い防具で身を固めたエリカが、道の途中でも注目を浴びていた。
ギルドのホールに入ってからもエリカは男女問わず注目を浴びた。男女は問わないが男の目の方が多いのは確かだ。そしてエリカは明らかにそのことを意識している。
エリカがそちら向くと慌てて目を逸らすところなんかを見ていたら、むかーしむかしの自分のことを思い出してしまった。
俺も彼らのような顔をしてエリカを眺めていたのだと考えたらちょっと赤面してしまった。
雄鶏亭ではいつもの席がちゃんと空いていたので、荷物を下ろして席に着いた。
席に着いたらすぐに運ばれてきた朝の定食を食べ終え、外していた装備を整えて俺たちは颯爽と渦に向かった。
前回同様小休止を1回挟み5時間ほどかけて11階層に到着し、そこから30分かけて12階層に到着した。途中、泉に架けた橋は数カ所水没していたので12階層ではぎ取った床石を置いてかさ上げしている。
今回は12階層の最初の部屋で昼食を摂った。俺の体内時計によると時刻は12時半少し前。
ここで初めて昨日買った椅子を使ったが、やはり椅子に座って食事する方が楽だった。
家で立ち食いなどしないわけだ。
昼食を含めて1時間の昼休憩のあと、赤い点滅を避けて最初の石室から通路に出た。
通路でも赤い点滅を避け、まずは女神さまにあいさつしようと、女神像のあった部屋に行くことにした。
『3、2、1』で鉄の扉を回収し、女神さまの祭壇のある部屋まで行ったのだが、その部屋の中に祭壇はあったものの女神さまの像は見当たらなかった。
「どこかよそのダンジョンワーカーが持ってちゃったのかな?」
「いやー、あれはそう簡単に持ち運べないんじゃないか?」
「確かにそうだけど、何とかして割ってしまえば、数人で運べるんじゃない?」
「そうかもしれないけど、女神さまを分解してしまったら
「いくら金の像でもそんな力はないわよ」
「だって俺たち罠の位置がわかるようになったじゃないか?」
「それはそうだけど」
「これは俺の勘だけど、女神さまは自分でどこかに行ったんじゃないか? 自分を壊すようなよからぬ連中の前に現れたくないだろ」
「エドがそう言うならそう言うことにしておくわ」
エリカがそうする。そうしない。の問題ではないのだが、そこは敢えて突っ込まなかった。
「女神さまは13階層でわたしたちが来ることを待っているかもしれませんよ。
そこで祈ればまた何かの能力が貰えるかもしれません」
「ケイちゃんの言う通り。
今回はなんとしても下り階段を探しだそう」
「そうね。頑張りましょ」
「そうですね」
女神像にあいさつしてから12階層を巡ろうかと思ったのだが、そこは諦めて本来の探索に戻った。
とは言っても、今いるあたりは調べ尽くしているので、前回引き返した最前線あたりまで前進する必要がある。
モンスターに遭遇することなく4時間ほど歩いて何とか最前線に戻って来たところで、その日の探索を終えて野営することにした。
その間、俺が前回扉を回収した跡はどこにも残っておらず、どの出入り口も扉が締まっていた。ダンジョンが元気な証拠なのだろう。
エリカとケイちゃんが寝床を用意している間に、俺は夕食の準備を始めた。
キューブの中にスープの作り置きがあるので簡単便利だ。加熱板の上にスープの大鍋を置き、次にまな板でパンをスライス。漬物類を並べ、ボウルに入れたサイコロステーキ出した。並べ終わった食器に、スープをよそい、水を入れて出来上がり。
後は各自で取り皿に取り食事を始める。
サイコロステーキはこれで最後なので、明日の夕食時は肉を焼くとしよう。
食事しながら。
「ほかのダンジョンワーカーってエドの持ってる地図のような便利な道具を持っていないから以前のエドみたいに地図を自分で描いていかないといけないでしょ?」
「うん」
「それって結構大変だよね」
「地図も面倒ですが、それよりも床の罠が大変でしょう。最初の部屋でもいきなり落とし穴があるわけですから」
「確かに。
女神さまの部屋にたどり着くのも難しいだろうなー」
「そうね。誰だろうと落とし穴に落ちてしまえば助からないわけだから、一人欠けただけでもそれ以上進もうとは思わなくなるんじゃない?」
「そうだろーなー。俺たちは収納キューブのおかげで無事女神さまのところまでたどり着けたわけだから、本当に運がよかったよな」
「それもこれもレメンゲンの力なんでしょうね」
「そう考えると、少し怖いですね」
「いいんじゃないか。せいぜいレメンゲンを利用すれば」
「そうなんだけどね」
「分かっているんですけど」
その日のデザートは、お茶と焼き菓子にした。焼き菓子はバウムクーヘンだ。実際のところ名まえは知らないのだが、見た目はバウムクーヘンなのでバウムクーヘンなのだ。まさに何とか構文。
水筒から熱めの水をヤカンに入れ、大鍋を片付けた後の加熱板で沸騰させてからお茶っ葉を入れたポットに注いでしばらく待ってカップに注いでお茶は出来上がり。カップは各自の水用のマグカップなので雰囲気は出ないがそれでもお茶はお茶。
小皿に取ったバウムクーヘンを小型のフォークで突きさして口に運んだ。
甘味は薄いし、バターの風味もないのだが、妙においしい。
やや濃いめのお茶もおいしい。
ダンジョンの中。それも最前線だというのにこの文化生活。
ありがたやー。
エリカもにんまり笑っているし、やや表情の乏しいケイちゃんも目を細めている。
甘味は世界を丸くする。ってな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます